表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/105

四十二話 戻れない道

『パチン!』


 その音が響くのは、二度目だった。

 花菜さんの手が、武史の頬を打つ音だ。


『生まれてこなければよかった』


 その一言に、花菜さんはどれだけ傷ついたのだろう?


「花菜さんっ」


 思わず立ち上がって、花菜さんのそばに駆け寄った。

 その表情を見てみると、やっぱり……花菜さんは、とても苦しそうだった。


「私がっ……どんな思いで、あなたを育てたのかっ。どんな気持ちで、あなたを引き取ったのか……どれだけ苦しい思いをしても、私は――!」


 息は荒い。肩も大きく上下していて、過呼吸を起こしかけているように見えた。そのせいで発する言葉がたどたどしくなっている。

 しかしそれでも、花菜さんは何かを伝えようとしていた。


「私は――武史を、愛していたのに」


 心からの叫びに見えた。

 血がつながっていなくても、関係ない。

 武史のことを、我が子のように愛していた。


 他人である俺が見ても、疑いようがない。

 花菜さんは武史のことを、昔からずっと大切に思っていた。

 実は血がつながってなかった、なんて……本人から知らされるまで、思いもしなかったくらいには、正真正銘の『親子』だったのである。


 今だってそうだ。

 生まれてこなければよかった、というセリフに花菜さんは心から傷ついていた。


 それはきっと、武史が生まれてきてくれて良かったと、心から思っているからこそなのだ。

 でも、それを武史は否定したのだ。


「……母親なら、もっと優しくしろよ。いい息子、してただろ? 自慢の息子でいてやっただろ? 血がつながってなくても、ちゃんと普通の子供らしくしてたんだぞ? だったら、俺を否定すんなよ。それくらい、ちゃんとやれよ!」


 そして今も、武史は花菜さんを否定している。


「この――!」


「……っ!?」


 怒鳴り、あろうことか拳まで振り上げていた。

 武史が花菜さんを殴ろうとしている。花菜さんも、拳を振り上げた武史を見て、目を大きく見開いていた。


 でも、その時にはもう、俺が武史の腕をつかんでいた。


「それ以上はやめろ」


 一言、静かに告げた。

 人としての道を踏み外すぞ――と。


 俺を殴るのと、花菜さんを殴るのとでは、意味合いが大きく異なる。

 この先を進むのであれば、たとえ花菜さんが悲しむことになっても……しかるべき手段として、警察に即座に連絡するだろう。


 そうしないと、花菜さんの命すら危うい。

 俺たちはもう、体の成熟した高校生だ。女性の花菜さんに手を上げて、無事じゃない可能性の方が高いのだから。


「……ちっ」


 きっと、武史も本能的に理解はしているのだろう。

 花菜さんに手を上げると、もう人として戻れないということに。


 だから、舌打ちをこぼしながらも拳を下ろして、俺の胸を突き飛ばした。


「触んな!」


 怒りはまだ消えていない。

 だが、その矛先を花菜さんに向けるのはやめたらしい。


「ふざけんなよ、クソがっ」


 悪態をつきながらも、武史はフラフラと歩きだす。

 家とは反対方向に向かって進み、やがて曲がり角に消えていった。


 もう、あいつは戻ってこない。


「…………」


 呆然とする花菜さんを置いて、どこかに歩き去って行ったのだ。

 最悪だ。なんであそこで怒って殴ろうとするんだ?


 反省して謝れば、ここまで花菜さんを悲しませることなんてなかったのに。

 まぁ、いい。あいつのことなんてどうでもいい。


 今はとにかく、花菜さんのメンタルが心配だ。


「花菜さん? 大丈夫ですか?」


 武史に殴られかけて、それ以降何も言わなくなった花菜さんに声をかけてみる。

 すると、花菜さんは……小さな声で、こう言った。


「巧くん――ごめんね」


 こんな時でさえ、花菜さんは真っ先に俺に謝ろうとする。

 子供の罪を少しでも軽くしようとするかのように……。


 恐らくは、無意識なのだ。

 子のために何かしてあげようという母の思いに、俺は胸がいっぱいだった。


 本当にこの人は、優しい人だ。

 だけど、優しすぎるが故に花菜さんは……いつまでも、救われないのかもしれない――


※39話と40話が抜けていたので、39~42話まで再投稿しております。

しおりのズレなどありましたら申し訳ございません。

本当にごめんなさい。(2024/03/11/19:45修正済み)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 武史がピエロ 周囲は寝取ったの知ってるから自分だけバレてると夢にも思ってない。ここで愛情を訴えても、お前が裏切ってるから無意味
[気になる点] >舌打ちをこぼしながらも拳を下ろして、俺の胸を突き飛ばした。 ここまでされても何もしない・できないヘタレであることが武史をクズ化させてしまった原因の1つではないかと……。
[良い点] 何がいい息子だ。屑野郎が 屑がザマーになるの楽しみにしてます。 苦しんで死んで欲しい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ