四十話 マザコン気質だからこそ
こいつの言う通り俺は嘘をつくのが下手だ。
逆に武史は嘘をつくのが上手である。幼い頃は二人で一緒にイタズラをして、あいつは言い逃れたのに俺だけが怒られた――なんてこともよくあった。
あの頃からずっと、こいつと一緒にいると理不尽だと思うことが多い。
「何を隠してる? 言えよ、巧……俺のお袋と何してた? 場合によっては、許さねぇからな」
今だって別に俺は何も悪くないのに……なんで俺が、こうやって怒鳴られなければならないのか。
……ああ、ダメだ。
苛立ちが、膨らんでいく。
せっかく、花菜さんと一華ちゃんに落ち着かせてもらったのに……心の奥底に押し込んでいた怒りの感情が、再び大きくなりかけていた。
だから、俺も言い返してしまった。
「荷物持ちしてただけって言ってるだろ」
「俺が聞きたいのはそこじゃねぇ」
「うるせぇな……もう離せよ。めんどくせぇ」
「言えば離してやる。離してもらいたかったら、白状しろよ」
「別にどうでもいいだろ。ってか、仮に俺が花菜さんと何かあったからって、お前に何の関係あるんだよ」
まずい。
このままではいけない。
それは分かっている。
でも、自分が抑えられない。
この、クズ野郎にいいようにされている現状に、怒りが抑えられない。
もう俺は、冷静じゃなかった。
そのせいで、ついついこんなことを言ってしまったのである。
「そんなに母親を独り占めしたいのか? 相変わらずマザコンだ――」
マザコンだな。
そう、言い切ることもできなかった。
「――クソが!!」
武史が、思いっきり俺を殴りつけた。
胸倉をつかまれた状態だったので、回避もできず……顔面に拳を叩きこまれた。
「――――」
あまりの痛みに声も出なかった。
目の前が真っ白になって、何も見えない。
脳が揺れたのか、意識も明滅している。
微かに感じたのは、一瞬の浮遊感と……地面に背中を打ち付けた痛み。
たぶん俺は、殴られて吹き飛ばされた。
容赦ない一撃を受けたのだろう。
こいつ、マジか……自分は一方的に怒鳴ってきたくせに、少し言い返したら逆上して、殴るのかよ。
「くっ……ぁ」
とはいえ、当たり所はそこまで悪くなかったのだろう……視界の揺れも一瞬で終わり、すぐに意識は戻ってきた。
良かった。殴られた箇所は痛むものの、大事には至らなそうだ。
ひとまずそのことに安堵して、次に思い浮かんだのは……花菜さんの顔だった。
(……やってしまった)
花菜さんと悲しませたくなかったのに。
怒りに支配されて、最悪な結果になってしまった。
とりあえず、呆然としているであろう花菜さんを安心させよう――そう思って、花菜さんの方に視線を移す。
そして見えたのは、俺に涙を浮かべながら俺に駆け寄る花菜さんだった。
「巧くん!?」
慌てた様子で倒れこむ俺に寄り添い、殴られた箇所を確認する花菜さん。
「ご、め……だいじょ、っ」
ごめんなさい。大丈夫です。
そう伝えたいのに、口の中が腫れていてうまく呂律が回らない。
あと、このタイミングで武史まで詰め寄ってきたものだから、まともに喋ることなんてできなかった。
「お袋、どけ。これは男の喧嘩なんだよ、口出しすんな」
なおも、俺に向かって拳を振り上げている。
二撃目はまずい。さすがにこれは、応戦しないと……命の危険すら感じる。
本能的な恐怖すら覚える武史の行動に、俺は仕方なく立ち向かおうとして……でも、それよりも早く、花菜さんが立ち上がった。
「……いいかげんにしなさい!」
――初めてだった。
俺は初めて、花菜さんが怒鳴っているところを見た。
しかも、その上。
『パチン!』
乾いた音が、響いた。
それは、花菜さんの手が武史の頬を打った音だった――。
※39話と40話が抜けていたので、39~42話まで再投稿しております。
しおりのズレなどありましたら申し訳ございません。
本当にごめんなさい。(2024/03/11/19:45修正済み)




