三十八話 遭遇
――今日の夕食は、昨日よりも豪勢だった。
「ごちそうさまでした。ステーキ、めちゃくちゃ美味しかったです」
花菜さんが用意してくれたのは、分厚いステーキだった。
賞味期限が近いこともあってなのか半額のシールが貼られていたものだが、味は本当に良かった。
たぶん、花菜さんの調理が上手だったおかげだろう。荷物持ちで疲れていたので、濃い目に味付けされたステーキにはとても満足した。
「お粗末様です。本当はもう少し手のかかるお料理を作ってあげたかったんだけど、時間が遅かったものだから」
「むしろ、毎日ステーキでいいくらいです」
「あらあら。男の子はお肉が好きよね……でも、毎日はダメよ。明日はもう少し時間もあるはずだから、手が込んだものを作ってあげるからね」
花菜さんからすると、ステーキは簡単な料理に分類されるようだ。
本人曰く『お肉を焼くだけだもの』ということだが、俺が同じように焼いてもここまで美味しくはできないと思う。
やっぱり、料理は覚えた方がいいのかなぁ。
今までは教えてくれる人も、自ら調べる意欲もなかったので、料理はさじを投げていたけれど……花菜さんにお願いしたら、もしかしたら教えてくれるかもしれない。
まぁ、それはまた今度考えよう。
「余りは冷蔵庫に入れておくから、明日のお弁当にしてね」
「ありがとうございます……あ、花菜さん? そろそろ帰る時間ですよね?」
一緒に買い物に行って、夕食を作ってもらって、食べ終えて――そして時刻は二十二時を過ぎていた。
「ええ、そうね……うーん、もう少し巧くんとオシャベリしたかったれど、残念だわ」
「お気持ちだけでも嬉しいです。また明日、お願いします」
そう言って、俺は花菜さんがスーパーで買った五味家用の食材の入った袋を持ち上げた。
「重いので、玄関の前までは持って行きますよ」
「いいの? 巧くんは優しいのね……ありがとう」
優しいだなんて、とんでもない。
ちょっとの気遣いだというのに、たったこれだけで花菜さんが嬉しそうにしてくれるのだ。そのリアクションが見られるのなら、些細なことである。
「よいしょっ……と」
玄関で、一旦袋を下ろして靴を履くためにかがむ。花菜さんはすでに靴を履き終えていて、すぐ目の前で俺を待っていた。
「お礼に撫でてあげるわ。よしよし」
「は、恥ずかしいですから」
俺が座っているからなのか、花菜さんはここぞとばかりに頭を撫でまわしてくる。行為自体は嬉しいのだが、高校生にもなって幼い子供扱いされるとやっぱり恥ずかしい。
でも、花菜さんはお構いなしだ。
「うふふ♪ ついでにぎゅーってしちゃおうかしら」
「してますっ。もうやっちゃってます!」
思いっきり抱きしめられて、顔が胸にうずまっていた。
薄いシャツ越しに感じる柔らかい感触は、一華ちゃんよりもやっぱりボリュームがあって、ドキドキしてしまう。
不意のスキンシップはやめてほしい。心臓がびっくりしていた。
「巧くんはかわいいわね。ついつい構いたくなっちゃうわ」
「それでも、もう少し自重してくださいっ」
「でも、おばさんに抱きしめられても何も思わないでしょう?」
「その顔でおばさんって言うのは無理がありますからね?」
一通りもみくちゃにされた後。
そんな会話を交わしながら、玄関を出て……隣の家まで、荷物を運んでいた。
時間にして一分も満たないい移動だ。
すぐにお別れになるので、誰かに見られるかなんて気にも留めていなかった。
だからこそ、油断していたのだ。
「おい――何、してんだよ」
背後から、声をかけられた。
怒気を孕んで震えるそれは、聞き覚えのあるあいつの声だった。
「っ……武史?」
ハッとして振り返る。
そこにいたのは……殺意に満ちた目で俺を見る、武史だった――。
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