三十七話 偽りの親子関係
――帰り道は、来た時よりもペースが遅かった。
「巧くん、重たい? やっぱり2リットルのお水を二本は調子に乗っちゃったかしら」
「な、なんの……これくらいっ」
重い。本当はめちゃくちゃ重い。
両手にパンパンの袋をそれぞれ持っていて、ついでに筋肉もパンパンだ。
でも、これはこれでいい運動になっている気がした。不健康に痩せている身なので、こうやって筋トレするのはいいことだと思う。
「おばさんが一つ持つ?」
「おばさんならなおさら、持たせたくないです。あと、おばさんじゃなくてまだまだ若いです」
「あらあら……巧くんったら、そんな扱いされたら照れちゃうからやめてよ。もうっ」
とか言いながらも、花菜さんはやっぱり嬉しそうだ。
前々から感じているのだが……花菜さんは自己評価が低い。自分のことを過小評価しているので、そのあたりは訂正していきたかった。
まぁ、素直に褒めると珍しく照れるので、その反応が見たいだけというのはさておき。
「うふふ♪ 男の子って、やっぱり強がりなのね」
往路とは一転、今度は花菜さんが俺にペースを合わせてゆっくりと歩く。
その間、重量から気を紛らわそうとしているのか……あるいは、今の俺に過去を重ねたからなのか、花菜さんはこんなことを呟いた。
「……昔は、こうやってよくお買い物したわ」
誰と、という部分はない。
でも、文脈からあいつのことを意味していることは、ハッキリと分かる。
武史のことを、花菜さんは思い出しているみたいだ。
「ま、まぁ、昔の話よ? もうだいぶ前のことだからっ。それでね、えっと――」
それから、慌てた様子で話題を変えようとする花菜さん。
武史のことを失言だと思ったのかな?
でも、これくらいなら何とも思わないくらいには、メンタルが回復しているわけで。
「武史って、小学生くらいまでは花菜さんにべったりでしたよね」
武史のことも、少しずつ乗り越えていきたい。
あいつの名前を出しても何も感じないくらいには、無関心になりたい。
そうなる期待も込めて、俺はあえて自らあいつの名前を口にした。決して、武史のことは禁句でもないし、失言もでもないと示したのだ。
俺が武史の名を自ら口にしたことで、花菜さんも少し安心したみたいで。
「……ええ。小学生のころはね、買い物に毎回ついてきてくれたわ。重たい荷物でも一生懸命持ってくれるけど、行くと毎回のようにお菓子とかねだってきて……」
幼い頃も、武史はナマイキなクソガキだった。
しかし、今のようなクズさとは違って、可愛げがあるというか……少なくとも花菜さんにはとても甘えていて、愛らしい息子だったと思う。
でもそれは――思春期を迎える前の話だ。
「中学生になってからは、もう一緒に行ってくれなくなったわ。私に甘えることもなくなって、ことあるごとによく文句を言うようになって……親離れが思ったよりも早く来たから、寂しかったなぁ」
武史は、中学生以降になって性格が荒々しくなっていった。
よく言えば男らしくなった、と表現できるのだが……小学生のころに持っていた素直さがなくなったことは、事実だ。
それを何よりも悲しんでいたのは、花菜さんだったようだ。
「ごめんなさいね。巧くんの前で言うべきじゃないとは分かっているのだけれど……やっぱり、嬉しかったの。こうやって、子供と一緒にお買い物できて楽しかったから」
……だから、やけに機嫌が良かったのか。
子煩悩な花菜さんは、年を重ねてもまだ子供たちのことをずっと大切に思っている。故に、こういうコミュニケーションを、何よりも重んじているのかもしれない。
俺に対しても、同じように喜びを感じているみたいだ。
「また、行きましょう。買い物、俺も色々と勉強になって楽しかったです」
「……いいの? じゃあ、また――絶対に、行きましょうねっ?」
次を約束すると、花菜さんはとても幸せそうに微笑んだ。
その笑みを見て、俺はやっぱり……嬉しかった。
たとえ、今の俺に過去の武史を重ねていただけだとしても。
両親のいない俺にとって、母のように接してくれる花菜さんはかけがえのない存在なのである。
これが、偽りの親子関係だというのは分かっている。
でも、それだけでも十分、幸せを感じてしまうくらいには……俺は、肉親の愛に飢えているのかもしれない――。




