三十三話 『好き』の違い
そんなこんなで、一華ちゃんのマッサージがようやく終わった。
時間にして二時間くらいだろうか。本当は最初のニ十分くらいで十分だったけど、その後も一華ちゃんがなかなかやめてくれず、今に至るというわけだ。
「……ぐぬぬ。もう、マッサージするところがないっ」
ただ、彼女はまだまだ続けたそうだ。
罰ゲームのくすぐりが終わると同時に頭のマッサージを終えたところで、彼女は残念そうに肩を落とした。
「合法的にたくみにぃとスキンシップできるいいチャンスなのにっ」
独り言のつもりかな?
それにしては大きいというか、俺にも聞こえているわけで……素直な好意に、心が温かくなった。
「スキンシップくらい、いつでも遠慮しなくていいよ」
むしろ大歓迎だ。
彼女に触れていると、心が自然と明るくなっていく。
たぶん、元気を分けてもらえているのだと思う。それくらい、彼女とのふれあいは多幸感に満ちていたのだから。
「え? 本当に? やったー♪ たくみにぃ、ありがとっ」
そう言いながら、彼女は早速俺の隣に腰を下ろしてぎゅーっと抱き着いてきた。
胸が当たっていることも気にしていない。力いっぱいの抱き着きからは、痛いほどの好意を感じた。
……香里にはまったく感じなかった『好き』という感情が、一華ちゃんの言動には宿っている。
俺の隣にいるだけで、彼女は顔を赤くする。目もうるんでいて、視線はずっとこちらに向いている上に、発する声もいつもより高くなっているように感じるのだ。
勘違いしようがないほどの好意が、彼女から溢れている。
それが分からないほど、俺は鈍感じゃない。
でも、だからこそ、今は罪悪感もあった。
この好意に応えるには、まだ時間が足りない。
だって、さっきもそうだったのだが……俺は、ふとした拍子に香里のことを思い出してしまう。
あいつに未練があるわけじゃない。でも、やっぱりずっと片思いしていたので、なかなか忘れられないのだろう。
そんな状態で、一華ちゃんの思いに応えるのは失礼な気がする。
それくらい、彼女の思いは純粋だった。
だからこそ、ちゃんと誠実に対応するべきなのだろうか。
一華ちゃんの好意に甘えている現状は、誠実と言えるのだろうか。
……と、俺が迷っている時だった。
「――ずっと、こうやってたくみにぃの隣にいたいと思ってた」
一華ちゃんが、唐突にそんなことを呟いた。
まるで、俺の心を読んでいるかのように……迷いを、振り払うかのように。
「わたしは今、とっても幸せなのっ。だから、たくみにぃは何も考えなくていいからね? わたしの気持ちとか、自分の状態とか、そういうことは忘れていいの……ただ、一緒にいてくれることだけが、わたしにとっては一番の望みだから」
さっきまでは、子供っぽく振舞っていたのに。
ふとした拍子に、一華ちゃんの成長を感じる。
ああ、この子も大人の女性になりつつあるんだ……と、実感させられる。
「前にも言ったでしょ? 付き合いたいとか、恋人になりたいとか、そんなことは考えてないの。ただ、たくみにぃの隣にいて、元気にしてあげたいって……それが、わたしの一番やりたいことで、幸せなことなんだよ?」
無理に応える必要はない。
むしろ、誠実さばかり優先する方が、彼女は失礼なのだと言っている気がした。
「わたし、たくみにぃのこと大好きなの。この気持ちを、勘違いしないでね?」
――香里は言った。俺のことを『好きか嫌いかで言えば、好きなんじゃないの?』と。
その言葉と比較して、一華ちゃんの『大好き』というセリフに込められた意味は、大きく違った。
言葉に宿る思いの深さや大きさが、全く違う。
温かい……いや、熱いと言っても差し支えないほどの思いに触れて、不意に瞳が潤んだ。
「ありがとう、一華ちゃん……」
香里の冷たくて素っ気ない態度は、もしかしたら俺が思っている以上にショックだったのかもしれない。
だからこそ、一華ちゃんの優しい思いに感動していた。
ただとにかく、彼女の気持ちが嬉しかった――。




