三十話 天使のマッサージ
帰宅する直前に、教室で香里と話したせいだろうか。
「…………」
気分が重く、なかなかテンションが上がらない。
これから一華ちゃんが来るというのに、また彼女の前で暗い顔をしてしまいそうだ。
あまり心配はかけたくないのだが……空元気は昨日みたいに見破られてしまうだろう。
だから、今日はウソをつかないようにしよう。
「たくみにぃ、いる? 今日は早めに来れたよ~」
もうすっかりお馴染みになった庭からの登場。なんとなく玄関からは来ない予感がしていたので、今日は驚かずにすんだ。
「いらっしゃい」
「……あれ? たくみにぃ、ちょっと顔色が悪いね」
「うん。学校でちょっと疲れちゃって……」
疲労感は隠せない。気分を取り繕ったところで一華ちゃんには気づかれると思ったので直に打ち明けると、彼女はニッコリと笑った。
「じゃあ、わたしがマッサージしてあげるねっ。たくみにぃ、こっちで寝て?」
天使のような、無邪気な笑顔である。
武史や香里の嘲笑とは違う、心からの笑顔になんだか頬が緩んだ。
一緒にいて、オシャベリするだけで、癒してくれるような……一華ちゃんはそういう存在なのかもしれない。
「じゃあ、よろしくね」
「任せて♪ よくお母さんにも褒められるから、自信はあるのっ」
言われた通り、ソファにうつ伏せになってみる。
そうすると、一華ちゃんが覆いかぶさるように背中の上にまたがって、肩や首元を指圧してくれた。
「ごめんね、たくみにぃ。ちょっと重いかもしれないけど我慢してね?」
「全然重くないよ。むしろ軽いから、もっと食べた方がいいんじゃない?」
「そ、そうかなぁ? えへへ~♪」
別にお世辞を言ったつもりはない。
本当に軽いと思ったから伝えた言葉なのだが、一華ちゃんはとても嬉しそうだった。
「たくみにぃ……結構、凝ってるね。お母さんほどじゃないけど、肩がすっごく固いよ? ちゃんとほぐしてあげるね」
そう言って、丁寧に何度も揉んでくれる一華ちゃん。
花菜さんに褒められているだけあって、かなり上手だ……想像よりも気持ち良い。
今日はずっと緊張しっぱなしだった。武史と香里がいるせいで体も強張っていたのだろう……でも、一華ちゃんのおかげで体も心も、少しずつ緩んできたような気がした。
「よーし! 背中側は終わりだから、今度は仰向けになってくれる?」
「うん、分かった」
指示に従い、寝返りを打つようにして仰向けになる。
すると、またしても一華ちゃんは俺の上にまたがって、お腹の上に座った。
「えっと……」
正直、ちょっと戸惑った。
この体勢、はたして本当に大丈夫なのだろうか?
なんだか、いけないことをしているような構図だ……と、俺は変なことを考えてしまったのだが。
「め、目が合うと、ちょっと照れちゃうね」
一方、一華ちゃんはなおも純粋だった。
いかがわしい体勢かもしれないと考えた自分が恥ずかしくなるくらい、初々しい反応である。
「……ごめん」
「え? 何で謝るの? たくみにぃは悪くないよっ……むしろ、目が合ってありがとうって感じだもん」
いや、違う。
別の意味で謝ったのだが、それを説明すると一華ちゃんに変な意識をさせてしまいそうなので、黙っておくことにしよう。
「な、なんでもないよ。とりあえず、続きをお願いしようかな」
「うんっ。あ、あんまり見ないでね……今、顔が真っ赤だから、恥ずかしいし」
そう言って、マッサージを再開する一華ちゃん。
言葉通り、顔が真っ赤で……その表情があまりにも可愛らしくて、ついつい眺めてしまった。
その視線に、彼女は気付いているようで。
「うぅ……み、見ないでほしいけど、たくみにぃが見てくれるのはちょっと嬉しいから、反応に困るよっ」
そして更にかわいい反応をするものだから、俺はついつい笑ってしまうのだった。
やっぱり、一華ちゃんと一緒にいると心が元気になる。
香里とは違って、彼女はとても優しい存在だった――。
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