二十八話 母の味と不義理な息子
正直なところ、武史にはまだ花菜さんと俺の関係を知られたくない。
いや、もちろん分かっている。武史を傷つけることが目的なら、花菜さんとの関係を知らせた方がいいだろう。
武史は意外とマザコン気質なので、俺が花菜さんと親しくしていることに少なからずダメージを負うはずだ。
そしてきっと、武史は花菜さんを責めるだろう。そうなったら親子喧嘩へと発展して、花菜さんは傷ついてしまうはずだ。
しかし、それはまだ……できればもっと後にしたい。
もう少しだけでいいから、花菜さんとの平穏な日々を楽しみたい。
せめて、この傷が癒えてからがいい。
俺にとっても、花菜さんにとっても、こいつらのことを数日で乗り越えるのは難しい。時間という薬がまだ足りていない。
だから、バレたくなかった。
しかし……武史は生まれた時からずっと、花菜さんの手作り料理を食べているわけで。
「……おい、巧。この弁当、どうした? いつもと違うじゃねぇか」
美味いとも、不味いとも言わない。
ただ、何かを思い出そうとしているように見えた。
さすがに気付いたか?
いや、しかしまだ核心には迫っていないので、可能な限りはぐらかそう。
「今日は弁当屋さんで買ったんだ。意外と美味しくて俺もびっくりしてるよ」
「弁当屋? お前が作ったんじゃないのか?」
「俺が? いやいや、弁当なんて作れるわけないだろ」
「それもそうか……でも、うーん。どっかで食ったことある味なんだが」
明らかに疑われている。
花菜さんの手作り弁当、とまでは流石に予想されてはいないだろうが……このまま言及されると、どこかでボロが出そうだ。
武史は意外と頭がいい。こういうノリなのでバカに思われがちだが、要領が良くて機転が利くタイプなのである。
「おい、これどこで買ったのか言えよ。俺も買いに行くから……ちなみにいくらしたかも教えろ」
やっぱり、痛いところを突いてきた。
適当な場所を言うことは可能だが、容器やメニューなどの違いでウソがバレそうである。
ここはもう、諦めるべきだろうか?
どのみち、バレるのは時間の問題である……とりあえずウソの弁当屋さんの名前を出して、時間を稼ごう。そして花菜さんに今日のことを伝えて心の準備をしてもらって――と、後の算段を立てていた、そんな時だった。
「そんなに美味しいの? どれどれ、ふーん……そんなに美味しい? 別に普通でしょw 味が家庭的っていうか……弁当屋にしてはしょぼいじゃん」
武史の食べかけのハンバーグを一口食べた香里が、薄ら笑いを浮かべながら感想を俺たちに伝えてきた。
「わざわざ買いに行く必要なくない? え、武史君ってこういう家庭的な味が好きなん? なんか意外でウケるーw」
俺にとっては温かい家庭の味。
武史にとっては母の味。
しかし、香里にとっては他人の家庭料理にすぎないわけで。
こっちの方が感想としては客観的なのだろうか……色眼鏡のない感想を聞いて、武史はハッとしたように目を見開いた。
「――た、たしかにな。こんなの買う必要ねぇか……どっかで食ったことあるだけで、別に美味しくはねぇし。普通すぎるから、これならコンビニでいいか」
……よくもまぁ、母親の料理をこうやって言えるものだ。
知らないとはいえ、不義理だと思う。いつも作ってくれることに感謝は伝えられないにしても、ありがたくは思っていてもいいはずなのに。
香里の手前だからなのか、強がりも含めてなかなか酷いことを言っていた。
女性の前でかっこつけたがる武史らしいな。変なプライドが邪魔をして、素直に『美味しい』とも言えないらしい。
(それにしても、香里って本当に……怖いな)
無意識ではあるのだろう。
しかし、だからこそ怖い。男のプライドをくすぐるような発言が恐ろしい。
そのせいで、武史が冷静な判断をできなくなっている。香里さえいなければ俺のウソを見破れただろうが……彼女に煽られたことによって、思考が遮られてしまっている。
でも、まぁ……バレずには済んだようなので、良かった。
「コンビニの弁当……少し、味が濃いな」
「それが美味しいんでしょw」
「まぁな。俺にとってはちょうどいいけどな!」
そんな会話をしながら武史と香里は食事を再開した。
二人はまだ知らないのだろう。
コンビニの味も、外食の味も、すぐに飽きてしまうことなんて。
そして、何よりも食べたい家庭料理こそ、実は食べるのが難しいことなんて……知っているわけ、ないか。
と、そんなことを考えながら、俺もゆっくりと箸を進める。
(うん……やっぱり、美味しい)
一つしか残っていないハンバーグを、少しずつ味わうのだった――。
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