二十七話 コンビニ弁当と手作り弁当
――昼食は毎日、屋上で食べていた。
今は六月。ちょうど梅雨の季節で蒸し暑く、冷房の効いた校内の方が涼しくて居心地がいいのは分かっている。
実際、安全対策も万全で一般生徒に開放されているにもかかわらず、屋上は不人気スポットだ。来るたびに数人程度しか利用していない。
しかしながら、人が少ないからこそ、俺と武史は屋上を好んでいた。
周囲に気を遣うことなく、くだらない話を二人でする毎日を楽しく思っていたのである。
まぁ……それも昔の話なのだが。
「おっ。武史君、それってコンビニの新商品でしょ? 美味しそ~」
「だろ? 巨大ハンバーグ弁当、うまそうだよな……まぁ、結構高かったんだが」
「あれ? 武史君、お金ないんじゃなかったの?」
「最近はお袋が弁当代をくれんだよ」
横から聞こえてくる会話が、食欲を萎えさせる。
楽しいという気持ちは当然なかった。それよりも、久しぶりに香里と並んで座っているせいか、少し気分が悪くなってきていた。
今、俺たちはベンチに横並びに座っている。
端から武史、香里、俺という順番だ。そこまで大きくないベンチなので、高校生が三人も座ると少し狭い。そのせいで距離が近く……香里のむせ返るような甘ったるい匂いが漂ってきていた。
そういえば、一華ちゃんが武史の浮気を確信したのは、あいつに『甘ったるい女性の匂い』がこびりついていたからだっけ?
なるほど……彼女のことが好きだった前まではあまり気にしなかったけど、感情が冷めた今なら分かる。香里って、香水の匂いが結構きついな。
少なくとも、昼食時にかぎたい匂いではなかった。
「ってか、最近は連続でコンビニの弁当だね。あたしと一緒♪」
「そうなんだよ……まぁ、もう高校生だしな。そろそろ親の手作り弁当とかだせぇし、ちょうどいいタイミングだろw」
「わかるー♪ うちも親がうるさいから作るなって怒鳴ったw いつも大変って文句言うくらいなら作らなくていいんですけどって感じ」
……これが親のいる子供としては普通の反応なのか。
俺なら、弁当を作ってくれる人がいることに、心から感謝するけどなぁ。
まぁ、このあたりの感覚は両親がいない俺にはよく分からない。
そもそもこの二人が何を思おうがどうでもいいか。
それよりも……そういえば、今日の俺の弁当はいつもと違うことを今やっと思い出した。
(昨日、花菜さんがおかずを作ってくれてたんだった)
夕食の残りを利用して作り置きしてくれていたのは、小さめのハンバーグが二つに、ウィンナー、ブロッコリーなどの定番メニュー。朝にそれを温めてから、プラスチックの使い捨て容器に移しておいた。
見た目は、弁当屋さんの弁当みたいである。
いつもコンビニ弁当なので、余計に美味しそうに見えた。
これなら、香里の匂いに負けずに食べられそうだ。
(いただきます)
心の中で作ってくれた花菜さんに感謝して、一口食べてみる。
昨日の夜も食べたハンバーグ……花菜さんは『残り物でごめんね。明日はちゃんと作るから』と言ってくれたけど、やっぱり美味しかった。俺としては、残り物でも手作りなだけでとても嬉しい。
先ほどの二人が言っていた『親がうるさい』というのは、永遠に共感できそうにない。
それくらい、作ってくれたごはんはありがたいと思った。
「ん? そういえば、巧……今日はお前、コンビニ弁当じゃねぇのかよ」
ちょうど、俺が食べ始めたタイミングだった。
隣にいる香里は武史に夢中でこちらの様子に気付いてなかったが……武史の方は、目ざとく俺の変化を見つけた。
「やけに美味そうだなw 俺にもちょっと食わせろ」
そして、俺の返事も待たずに二つあるうちの一つのハンバーグを奪って、食べてしまった。
(……困ったな)
見た目は弁当屋さんの商品っぽいとはいえ、中身は花菜さんの手作り弁当。
息子の武史なら味で気付くかもしれない――。




