二十五話 さげる人
武史が以前よりもクズになっている。
前々からその片鱗はあったのだが……今はより顕著だ。
その原因は――もしかしたら、彼女なのかもしれない。
「武史君、おっはよ♪ 今日もいい顔してるじゃん……って、巧も来てたの?」
現れたのは、長い黒髪がよく似合っている清楚な少女――円城香里だった。
俺の恋人だった存在……いや、形式上は今も恋人ではあるのか。
もう、香里への愛情は欠片もなくなっている。
あっちも武史と浮気してたわけで、俺のことは何とも思ってないようだし……そう考えると、なかなか複雑な関係なのかもしれない。
「二日も休むとか、ウケるw」
……あっちはいつも通り接してきていた。
清楚な見た目に反して性格は意外と軽いタイプなのである。
そのギャップが好きだったわけだが……つくづく俺は、見る目がないと思った。
だって、今……一応は彼氏の前であるにも関わらず、他人の男と肩を組むような軽い女なのだ。
こういうところも親しみやすいと思っていた俺は、本当にバカだった。
「武史君は元気に毎日登校してるんだから、巧も見習えば? ほら、無駄にいい体格してるし、あんたも鍛えてよw 細い体だから病弱なんじゃないの?」
「おい、やめろよ香里w あんまり言ってやるな。巧はもやしなんだよ」
「も・や・しw 確かに栄養なさそうだもんね~。武史くん、お笑いのセンスもあって最高! ちょー面白いっ」
「そうだろ? 俺、ユーモアもあるからなw」
……なんだろう、この会話は。
聞いていて鳥肌が立ちそうになるくらい、中身が空っぽだ。
武史が香里を我が物顔で抱き寄せているところは、今に至っては何も感じないのだが……それよりも、香里の適当な口車が気がかりだった。
そういえば、前々から適当に褒める人だなぁとは思ってた。
無責任に相手を肯定して懐に入るというか……俺は自己肯定感が高くないのであまり真に受けなかったが、それが逆に良かったのかもしれない。
武史みたいに、自信過剰な奴が香里の口車に乗ると――プライドが肥大化する。
なるほど、だから武史の発言や行動が過剰になっていたのか。
その原因は、香里だ。
この女と一緒にいる時間が長いせいで、武史は自分はすごいと勘違いして偉そうになっていた。
(花菜さんや一華ちゃんとは違う……パートナーを『堕落』させるタイプの人だ)
香里のことは、浮気された気持ち悪さよりも――恐怖の感情が勝っている。
この人と関わったら危険だ。俺も、あのまま浮気に気付かないまま付き合っていたら……好きのままでいたら、人格が歪まされていたかもしれない。
そう考えて、なんだかゾッとしたのである。
やっぱり、こいつらを触発するようなことは避けよう。
どこかでタイミングを見て、香里とは関係を疎遠にして……武史とは、来年のクラス替えまで適当にやりすごす。
それが、俺にとっては最善の学校生活だと思った。
「あ、もうそろそろSHR始まるじゃんっ。武史くん、また後でね? 巧はちゃんと勉強しろよーw」
「おう。香里、また後でな」
そして、二人はようやく自分の席に戻って行った。
香里とはまったく話してないのだが、まったく気にしてないのだろう。あるいは、武史とオシャベリして楽しかった、くらいにしか思っていないのか。
まぁ、あいつらのことなんてなんでもいい。
(ふぅ……)
ようやく一人になれて、息をついた。
学校生活は、意外と大丈夫そうだ。
でも、予想よりも疲れそうでもあって、なんだか気がめいりそうだった。
早く帰りたい。そして、花菜さんや一華ちゃんに会いたかった――。




