十六話 似た者親子
時刻は二十三時に迫っていた。
もう夜は遅い。少なくとも中学生の一華ちゃんは、帰宅していなければならない時間帯だ。
そのことを、彼女も理解はしているのだろう。ふとした拍子に壁掛けの時計を見ている……しかし帰ろうとしないのは、まだ一華ちゃんの気持ちが整理できていないから、なのかもしれない。
(……何を言ってあげればいいんだろう?)
正直なところ、武史と香里が二度目の浮気をしていたところで、傷の深さは変わらない。現場に居合わせた昨日の方が、ショックとしては何倍も大きかったので当然だ。
だから、今の状況において傷ついているのは、むしろ一華ちゃんの方である。年上の先輩として、それから近所のお兄さんとして、この子を慰めてあげたいところだが……残念ながら、何をしていいかは思いついていなかった。
気にしていないと、笑い飛ばせばいいのか?
でも、俺が嘘をついていることを一華ちゃんはすぐに見抜くだろう。
一華ちゃんには関係ないことだから、と突き放せばいいのか?
でも、彼女は少なからず兄の失態を……身内の恥を我が事のように恥じている。加えて、意図的に俺と疎遠になったことも後悔している。そんな状態で関係ないと言ったところで、彼女自身がそう思っていないのだから、無意味だと思う。
じゃあ、どうすればいい?
一華ちゃんを楽にしてあげるには、何をすればいい?
そんなことを考えていると……俺の代わりに、彼女がこんな提案をしてくれた。
「わたしが、責任をとってもいい?」
「……責任って?」
「たくみにぃが不幸になった責任、だよ」
そう言って一華ちゃんは、ソファから立ち上がって……かと思ったら、今度は床に正座した。
俺は今、正座する女性を見下ろしている。
……つい最近も見たことのある、記憶に新しい姿勢だった。
「ちょ、そこまでしなくてもっ」
慌てて止めようとしたが、もう遅い。
もうすでに、一華ちゃんは深々と頭を下げていた。
「わたしに、たくみにぃが幸せにあるお手伝いをさせてください……そうしないと、きっとわたしは――自分が許せないの」
その提案は、俺のためというのも当然あるだろう。
しかし、彼女自身のために、という意味もあるようだ。
「わたしね、たくみにぃのこと……ずっと、好きだったの」
そして始まったのは、唐突な告白だった。
ゆっくりと頭を上げて、俺をまっすぐ見つめて彼女は語りだす。
「もちろん『男性として好きという意味』じゃないよ? あの頃はまだ子供だったから『近所のかっこいいお兄さん』くらいにしか思ってなかった」
「……そ、そういうことか」
「びっくりさせちゃった? いきなりごめんね……でも、あのまま仲良くしていたら、きっと恋愛的な意味でも好きになっちゃいそうだったから、身を引いたの」
たぶん、その時期は俺が彼女に香里の話をしたタイミングと重なるのだろう。俺の恋心と、自分の気持ちに気付いたからこそ、一華ちゃんは俺と距離を空けるという決断をしたのかもしれない。
「たくみにぃを困らせたくなかった。幸せになってほしかった……あと、そばにいる勇気が出なかったから、逃げた」
「逃げたって……そんなことないと思う。一華ちゃんが俺のことを思ってくれていたことは、ちゃんと伝わってるから」
「えへへ。ありがとう、そう言ってくれて嬉しい。でも、逃げたいって気持ちがあったのも本当なの。だから今、わたしは――すごく後悔しているんだよ」
そう言って、一華ちゃんは唇をかみしめる。心から悔やんでいるような……それでいて、どこか怒っているような顔つきを見て、ふと昔のことを思い出した。
そういえば一華ちゃんは、意外と負けず嫌いな少女だった――と。




