その後8 家族
本当は、話しかけたい。
わがままが許されるなら、一華に謝りたいし、許しを乞いたい。
だが、そんなことをする権利は、今の俺にはない。
散々、傷つけてきたのである……今更、俺にだけに都合のいいことが、許されていいわけがない。
だから、話しかけることは諦めた。
そのまま巧たちがどこかに行ってから、帰ろう。
せめて、邪魔だけはしないように……。
「え? 何を食べるか決まってないの? じゃあ……回転寿司にしよっか。あそこならお肉もスイーツもラーメンもあるから」
「えー。回転寿司に焼肉はないのにっ」
「スイーツって、パフェはないのにぃ~」
「一華ちゃん、俺は豚骨のこってりラーメンが食べたいのに!」
「……文句あるの?」
「「「な、ないですっ」」」
コミカルなやり取りは、まるでファミリードラマのワンシーンみたいで……俺が一生味わえないであろう幸せが、そこにはあった。
耳をふさぎたくなった。
これ以上、聞きたくない。
羨ましいと、思ってしまうから。
でも、目を離すことはできない。
だって……一華に続いて扉から現れたのは――あの人だったから。
「うふふ。一華ったら、すっかり立派な母親になって……お母さん、嬉しいわ」
年齢的には、もう初老だ。
見た目も少し変わってはいる。だが、あの人は間違いなく……俺の、母親だった。
五味花菜が、そこにいる。
どうやら、巧の家で一華たちと暮らしているらしい。
もしかして……引っ越しは、してないのだろうか。
俺が高校生のころからずっと、巧たちは同棲していたのかもしれない。
今では本当の『家族』になったと、そういうことか。
(お母さん……っ)
顔を見て、胸が激しく痛んだ。
しわの増えた顔。白髪の増えた髪。少し前かがみになった姿勢……年齢を重ねた立ち姿を見て、強烈にそばに駆け寄りたくなった。
お母さんは、いつまでも生きているわけじゃない。
その容姿を見て、気付かされた。
油断すると、電柱の陰から出ていきそうな精神状態である。
それでも足を止められていたのは、巧とその子供たちがいるおかげだった。
我慢しろ。
俺にはもう、会う権利なんてない。
お母さんと一華の幸せを、これ以上壊すな……!
だから、耐えた。
会いたいという衝動を我慢して、必死にその場に留まった。
それからも、成り行きを見守っていたのである。
「それじゃあ、花菜さん。いってきます、お土産は買ってくるから」
「はーい。いってらっしゃい、巧くん」
「……ねぇ、お母さんも一緒に行こうよっ」
「一華ったら……私はもうおばあちゃんなのよ? お寿司なんてあんまり食べれないわよ。私の事は気にせず、家族水入らずで楽しんできなさい?」
……どうやら、お母さんは留守番するらしい。
まぁ、どうせ俺は声をかけずに帰るので関係ない。
関係ない、はずなのに……!
(なんで俺は、チャンスだと思ってるんだよっ)
お母さんに会える。
お母さんと話せる。
お母さんに謝れる。
そう思ってしまう、自分がいて……抑えることは、できなかった。
そしてついに、一華たちが出かけた。
車で遠くに行ったことを確認して、それを見送っている一人きりのお母さんを見て、つい……俺は、電柱の陰から出てしまったのだ――。




