その後7 大人
結果的に言うと、声をかけない判断は正解だった。
何故なら、巧が外に出た直後に……子供が二人、外に出てきたからだ。
しかも、年齢は……十代半ばくらいか? 小学生か中学生くらいの男女が、巧の後ろについてきた。
巧は、結婚していた。しかも、二十代前半には子供を産んでいたようだ。
「パパ! 今日はどこで食べるの? わたし、ファミレスがいいっ。パフェが食べたいなぁ」
「お父さん、今日は焼肉にするって言ってただろ! ファミレスなんかじゃ足りないからっ」
「あはは。そうかそうか……じゃあ、間を取ってラーメンにしよう!」
「「ラーメンはやだ! 先週も行ったじゃん!」」
「えぇ……そ、そんなに嫌かなぁ? じゃあ、二人のママに決めてもらおうか。ほら、うちではママがルールだからね」
「「……はーい」」
「二人とも、ママには逆らわないなぁ。うんうん、それは正解だよ……怒らせたら怖いからね。それで、ママの準備はまだかな?」
……子供との仲も、良好そうだ。
親子の温かいやり取りは、見ていてすごく……心が苦しくなった。
金で買えるものは、すべて手に入れた。
でも、そこにあるものは……金では買えないものだったのである。
邪魔はできなかった。
しかし、巧たちはこれから出かけるようで……このチャンスを逃すと、いつ帰ってくるか分からない。
聞くなら早い方がいいだろう。
子供たちの前なので少し躊躇いはあるが、お母さんと一華のことを巧からさっさと聞き出して帰ろう。
そう思って、顔を出したのだが……ふと、子供たちの顔を見て、足が止まった。
面影を、感じたのだ。
ずっと一緒に暮らしていた、あの二人の面影を……子供たちから、感じたのである。
(……まさかっ)
息をのんで、動きを止めた。
バレないように、その場にとどまって……巧の妻の登場を、待った。
そして、数分後……現れたのは、予想していた通り――あの子だった。
(一華と、結婚したのか……!)
まぎれもなく、一華だった。
昔よりも随分と綺麗になったあの子を見て、息が詰まった。
俺は言った。
巧だけは、恋人にするなと……と。
それを無視して、あの子は巧を選んだ。
そのことで、俺は――なぜか安堵していた。
悔しいとか、憎いとか、そういう感情ではなく……不思議と、安心していたのだ。
良かった。
一華は、本当に好きな人と愛し合えたんだ。
その相手が、巧であったとしても……義理の妹が正しい選択をしたことに、強く安堵していたのだ。
それに、巧なら決して一華を不幸になんてしないだろう。
俺みたいな人間に引っかからなくて良かった……と。
それと、同時に――こうも思った。
(俺が現れたら、あの幸せを壊すかもしれない)
絵に描いたような、家族の幸せな光景がそこには広がっている。
その光景を、壊すことなんてできない。
俺が現れたら、きっと一華は怯えてしまう。
それだけのことを、俺はやってきてしまっているのだから。
……あの頃みたいに気付かなければ良かった。
自分の横暴さや、愚かさが分かっていなければ、無神経に話しかけることもできただろう。
昔のように無知であれば、それを言い訳に好き勝手できたかもしれない。
でも、そうするには少し年齢を重ねすぎた。色々なことを知りすぎてしまった。
もう俺は、子供じゃない。
成熟した『大人』になってしまっているせいで……他人のことを考えられる人間になったせいで、動くことはできなかった――。




