表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

101/105

その後6 権利

 何をしても何も感じなくなったのは、後悔を感じ始めた頃からだった。

 自分の過去を忘れたくて、快楽よりも逃避を優先したのは、後悔を忘れたいからだった。


 思い出したくなかった。

 でも、香里のせいで……我慢できなくなった。


 会いたい。

 そして、謝りたい。


 元気だろうか。

 病気にはなっていないだろうか。


 一華のことも気になる。

 あの子は、どんな人生を歩んでいるのだろうか。


 困っていたら、助けてあげたい。

 そして二人に、謝りたい。


 傷つけたことを。

 苦しめたことを。

 怖い思いをさせたことを。


 裏切ったことを、全部……全部。


 許してほしい。

 そして、また……家族として、受け入れてほしい。


 どんなにお金があっても、手に入らない。

 あの温もりを、ずっと求めている。


 家族と、一緒にいたい。

 その一心で、向かった先は――かつて、俺たちの家があった場所だった。


 同窓会は地元だったので、この家ともそこまで離れていない。なので、タクシーで向かえば、そんなに時間はかからなかった。


(……何も建ってないんだな)


 タクシーから降りてまず、自分の家があった土地を見てみると……そこは何も建設されていない、更地となっていた。


 大学を卒業して、事業を立ち上げる際の資金源としてこの土地は売り払った。

 もう別の家が建っていると思ったが、そうでもないらしい。


 この場所に来たのは大学を卒業して以来なので、あったはずの家がない光景は、なんだか不思議な感覚だった。


 失敗だった……あのお金があったからこそ事業は成功した。でも、売らなければよかったと、今は後悔している。


 だって、家族と過ごした思い出の残る、大切な場所だったから。

 資金繰り、もう少し考えればよかった……俺なら幾らでも集められたはずだ。俺の能力なら、もっと別の手段を使うこともできたはずなのに。


 後悔が、膨らんでいる。

 耐えられないほどに、胸が苦しい。


 久しぶりの感覚だった。

 でも、こんな感覚は不要だ……苦しいだけである。


 早く、楽になりたい。

 お母さんと、一華に、会いたい。


 だから俺は、かつての自宅の隣……巧の家に、足をすすめた。


 良かった。ここは、まだ昔のままだ。

 お母さんと一華は一時期ここに住んでいた。あれから引っ越しをしただろうが、いつ転出したのか、どこに引っ越したのか、俺は知らない。


 だから、聞こう。

 もし、この家にまだ巧がいたら……お袋と一華の所在を、教えてもらおう。


 頭を下げてでもいい。

 金が欲しいのなら、いくらでもくれてやる。


 謝罪だって、喜んでする。


 ……そういえば、俺はあいつを見返すために色々と頑張っていたような気がする。

 でも、そんな闘争心はすぐに消えて、いつしか忘れていた。


 復讐なんて、時間が経てば忘れてしまうような、くだらない感情だった。


 勝ち組とか、負け組とか、そんなものに拘っていた自分が愚かだった。


 いくら金があろうと、地位を築こうと、称賛を浴びようと……満たされることなど、永遠にない。上には上がいる。誰かと比較してしまうことに、意味などない。


 自分が幸せであるのかどうか。

 自分が、満足できているかどうか。

 それが一番、大切なことだった。


 たぶん、巧はそのことに最初から気付いていた。だからあいつは、勝敗に拘らない人生を選んだのだろう。


 俺も、そうすれば良かった。

 ありふれた幸せを、ちゃんと噛みしめておけばよかった。


 ……もう、後悔はしたくない。

 プライドなんてとうに折れている。


 だから、巧を頼ろうとして……ちょうど、その時だった。


『ガチャッ』


 玄関の扉が、開いた。

 その瞬間に俺は、電柱の陰に身を隠した。


 無意識だった。

 まだ心の準備ができてなかったのである。


 そして、現れたのは……俺と同世代くらいの、成人男性。

 そいつは、間違いなく――巧だった。


 少し太っただろうか。ふくよかな体形のあいつは、そのせいか昔よりも更に柔らかい雰囲気を醸し出している。


(住んでる世界が、違う……っ)


 俺と同じ人間だとは、思えないくらいに。

 巧は、とても穏やかな表情をしていた。


 勝ち負けが目まぐるしく入れ替わり、常に誰かが足元を掬いたくて目を光らせている、そういう世界で生きている俺にとって……巧のように無防備な姿をさらしているのは、とても奇妙で……同時に、羨ましく思った。


 だから、動けなかった。

 こんな俺が、巧みたいな人間に関わる『権利』があるのかと、不安になったのである――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ