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無防備都市  作者: 昼咲月見草
アリョーシア村

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閑話 独り

 セレフィアムは目を覚まして魔女と会話したのち、すぐにソーリャへと向かった。


 今、ソーリャはどうなっているのか、アナスタシアはまだ無事でいるのか。


 たどり着いたソーリャは、結界のすぐ内側に巨大な壁を作っている最中だった。

 エドガーら高位の神官たちが、長年求め続けていた壁の建設。


 その光景にセレフィアムは胸がいっぱいになった。


 エドガーたちの願いが叶っている。

 議会があれだけ力をつけていたのに、一体どうやったのだろう。


 見慣れない鎧を着た兵士が大勢いた。


 あれはどこの兵士だろう。

 なぜあんなにたくさんいるのだろう。


 分からない事ばかりだ。


 セレフィアムの姿を見る事ができる神官、おそらくはエドガーのみとなってしまっている可能性のあるその神官を探して、セレフィアムはソーリャの上空を飛び、神殿を見下ろす位置でとどまった。



 眼下には神殿の門。

 そしてその先の広場。


 あの広場で、セレフィアムは何度も人々とともに祈ったのだ。


 今日も広場は多くの人で溢れかえっている。


 けれど、その中にセレフィアムを見る事ができる人物はいなかった。


 きょろきょろとエドガーや神官たちを探して飛び回り、神官を見つけてはその目の前に降りてみるが、誰も彼女に気がつく様子はない。

 霊体となった聖女の姿を見る事ができる者はなぜか非常に少なかった。

 それは魔力が多く、その扱いにも長けており、かつ聖女との相性がいい者に限られている。

 魔力が多ければ誰でもというわけにはいかず、彼女たちの姿を見る事ができることが最も重要な紫の神官の要件だと言っていい。


 また、この他にもソーリャの結界の中では『神殿に所属している者』という縛りが加えられるが、これは誰にでも精神体となった聖女の姿が見えると問題が生じるからであった。


 今、神殿にはどうやら彼女を見る事ができる人間がいないようだ。


 それどころかエドガーの姿すら見えない、とセレフィアムは肩を落とした。



 エドガーの執務室には、彼女の知らない人物がいた。

 もしかしたらもうエドガーは神殿にいないのかもしれない。


 それでも、と彼女は聖女の間へ向かってみた。


 エドガーは眠っているアナスタシアを見るのが嫌いで、聖女の間にはあまり近づかなかったが、もしかしたら。

 そう一縷の望みをかけて。



 そして、そこにいたのは。



 ウォーダン。


 成長し、体も大きくなって、無愛想でしかめっつらになってしまったが、そこにいたのは間違いなくウォーダンだった。

 ウォーダンが聖女の間にいて、祈るように目を閉じ、冷凍睡眠の透明な装置に額を当てている。


 

『ウォル』



 震える声で呼びかけてみる。


 ウォーダンが目を開けた。



「セレ」


『ウォル』



 だがウォーダンの目は装置の中のセレフィアムに向けられている。



「セレ、エドガーから知らせがあったよ。君の家族を見つけたそうだ。母方の祖父母だそうだよ。今も元気で他の子どもや孫たちと仲良く暮らしているそうだ。君のことは……伝えなかったと言っていた。会わせてあげられたら良かったのに。エドガーは次はアナスタシアの生まれ故郷を探してみるそうだ。滅んだ村らしいが、ひとまず行ってみると言っていた。……彼がいないと、神殿のことが上手く回らない。早く帰ってきてくれるといいんだが」



 セレフィアムは彼の頬に手を伸ばした。

 ずっと会いたかった、大切な、大切な人が目の前にいる。



『ウォル、ウォル、わたしここよ。お願い、見て。ウォル』



 セレフィアムの手はウォーダンの頬をすり抜けた。

 彼は彼女に気づかない。


 ウォーダンは厳密には神殿に所属してはいない。

 彼はアナスタシアによってソーリャの都市システムの権限を与えられているが、それは本来神殿とは関係がないものだ。

 『都市王』という名称そのものも、アナスタシアが市民に分かりやすく伝えるために勝手に作り上げたものに過ぎない。

 そのため、ソーリャの結界に加えられた『神殿に所属していない限り、その能力を有していても聖女の精神体を見る事ができない』という条件が、ウォーダンの目にフィルターをかける。


 そんなものがあるという事すら知らない結界の作用に、ウォーダンは無抵抗だった。


 

『ウォル!』



 声の限りに叫んで、だがそれに応える者はどこにもいなかった。


 もう少し早く帰ってこれたら。

 いっそ、魔女を起こしに行かなければ。


 代々の聖女の多くは魔女が約束を守る事を信じていた。


 彼女は必ず戻ってきてくれると。


 懐疑的な聖女もいるにはいたが、それでもみな心のどこかで期待していた。

 長い、あまりに長い年月が過ぎても、それでも魔女は約束を守って戻ってきてくれると。

 アナスタシアでさえ、魔女への期待を捨てきれずにいたのだ。

 だからセレフィアムは魔女のところへ行った。


 眠り続けていると知ったあとも、何か情報を持ち帰り、みんなで話し合って解決できないかと探りを入れようとして失敗した。


 失敗してばかりだ。

 何もかも失敗してばかり。


 冷凍睡眠装置から出され、人工知能機能からはずれたアナスタシアの声はもう聞こえない。


 自分が議会の選ぶ婚約者を受け入れていれば、こんな事にはならなかったのに。


 ウォーダンが報告を済ませて聖女の間を出て行く。

 自動扉が閉じて、セレフィアムは1人になった。


 いや、眠り続ける自分の体はそこにある。


 これは2人と言っていいのだろうか?

 そう考えてバカみたいだとおかしくなった。


 バカみたい。

 バカみたいだ。

 こんな自分が嫌で嫌で仕方がない。


 そのとき、暖かい何かが背後から彼女を抱きしめたような、そんな気が一瞬だけした。

 ふわりと、暖かいものに包まれたような。



『お母さん』



 顔を上げるが、誰もいない。

 セレフィアムは誰もいない部屋の中で、誰にも聞こえない声で泣いた。



『お母さん、お母さん』



 熱はもうない。

 暗い部屋の中、冷凍睡眠装置のわずかな明かりが辺りを照らしていた。









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