勝敗
物語のように無血開城とはいかなかった。
どんなに作戦が上手く行っていても、戦争である以上、血は流れずにはすまない。
ましてや作戦らしい作戦などなく、結界を解除したらソーリャ側の準備が整わないうちに一気に攻め込む予定だったのだ。
それが前聖女アナスタシアの手配で歓迎……いや大歓迎の体で入場することになり、それゆえにゆっくりと進まざるを得なくなった。
ここまでは市民に被害を与えずにすみ、余計な恨みを買う必要もなくなったと喜ぶべきなのだろうが、そのおかげで都市側に抵抗の準備の時間を与えたことは事実だ。
ウォーダンは皇帝から預かった兵を無駄に失いたくはなく、念入りに防御のための結界を張ったが、大口径の銃や重火器などを使用されれば絶対ではない。
その昔、アナスタシアにインストールでもするように教え込まれた情報によれば、都市の機能と完全に結びつきでもしない限り、それらを個人の能力で完全に防ぎきることは難しいそうだ。
どんなことにも万が一という事がある。
ウォーダンは慎重に軍を進めるよう指示を出し、再び小型無人機で呼びかけた。
『ソーリャの都市兵の諸君、帝国はソーリャの民である君たちを傷つける意図はない。大人しく投降してくれたまえ。罪なき民を、帝国は傷つけない。兵士諸君、武器を置きたまえ。そうすれば君たちと君たちの家族の安全を保証しよう……』
だが、都市の兵らは指揮官を失って混乱していた。
そもそもが従軍経験などない彼らは、口の上手い人間によっていいように踊らされただけに過ぎなかったのだ。
彼らは動揺するままにおろおろと互いを見合って武器を捨てない。
見かねたエドガーがウォーダンに声をかけた。
「わたしに説得させてください」
エドガーはウォーダンが「話せ」とうなずくのを確認して、まっすぐ前方の兵へ向けて語った。
『都市兵の皆さん。わたしは神官のエドガーです』
この街に彼を知らない者はいない。
兵たちの視線が集まるのを感じて、エドガーは続けた。
『神殿ではしばらく前に託宣を出しました。ソーリャを治めるに相応しい都市王が現れると。それが彼です。武器を捨てなさい。ソーリャは彼のもとで新しく生まれ変わります。無駄に血を流す必要はないのです。投降してください』
信じるべきか否か。
だが、帝国を受け入れるという事はソーリャが滅びるという事だ。
自分たちの愛する生まれ故郷、世界にその名を知られる無防備都市ソーリャが。
「俺は嫌だ」
1人が小声で震えながら言った。
「俺も嫌だ」
「俺もだ」
「あいつらが本当に何もしないなんてあり得るのか」
それは、半ば嫉妬だった。
ある日突然やって来た知らない男が、この美しいソーリャを丸ごと手に入れる。
これまで自分たちが仕方なくとはいえ従ってきた上流階級の人間や旧家の議員たちではなく。
昨日今日、ソーリャにやって来たばかりの見も知らない人間が。
そんな人間が善であるなどと、絶対に信じたくはなかった。
だから、武器を手放せない。
家族を守るため、自分を守るため、この街を守るため。
ああ、でも。
眼前に迫る帝国軍。
その強力な結界。
長年、街の中で結界に守られてきた彼らだから分かる。
あれは、あの結界は生半可な攻撃では破れない。
また一歩、帝国軍が近づいてくる。
その緊張感。
また一歩、また一歩。
「う……うわああああああ!!」
誰かが悲鳴を上げた。
「うああああああ!」
「ああああ!」
次々と声が上がる。
反応は様々だ。
恐怖に耐えられず逃げ出す者。
簡易な小銃のみで無謀な突撃をする者。
震えて動けぬ者……。
そしてソーリャの兵が先に銃を撃ったことでウォーダンも覚悟を決めなければいけなくなった。
「突撃! 登降する者は殺すな!」
「とつげえぇぇぇき!!」
「かかれえええ!」
そして上がる鬨の声。
帝国軍が馬を走らせる、
都市兵たちは銃を撃ちながら走る。
大通りでぶつかり合った両者の勝敗は、戦が始まる前からすでに決しているようなものだった。




