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無防備都市  作者: 昼咲月見草
侵略

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34/89

 ソーリャの都市は、神殿を中心に市民の住む塔が立ち並ぶ市街区、そしてその外が農地、移民希望者のテント地区、結界との間の草原やその中に点在する小さな森、最後に結界の順で広がっている。


 帝国軍は消えてしまった結界のあった草原を越え、テント地区と農地を進み、いよいよ都市へと入場する手前まで来た。


 都市へ入れば大通りをまっすぐ行けば神殿へとたどり着く。


 ここまで戦闘らしい戦闘もなくやってきた帝国軍だが、ソーリャ市街へと入る前に都市の兵士たちにその進軍を妨げられた。


 ずらりと横一列に並ぶ灰色の大型車両。

 それらは全て旧時代、科学が万能で一強だった時代に開発された戦闘用車両だ。

 装甲戦闘車、そして戦車。


 それらが帝国軍へと武器を向ける後ろには、兵士たちと、一台の大型装甲車が控えていた。

 

 帝国軍の後ろには見物気分で出てきていた市民たちがいる。


 この状況で攻撃を仕掛けてくるのかという疑問と、目の前の完璧な状態のソーリャにをできれば無傷のまま手に入れたいという思いが帝国兵の中にわずかに動揺を誘う。


 

 ウォーダンは表情を変える事なく騎乗する軍馬の足を止めた。


 と、ソーリャの都市兵の後ろ、ひときわ守りを固くした大型装甲車の拡声器から声が発せられる。



『帝国兵の諸君、君たちは我がソーリャの誇る砲台の射程に入っている。大人しく回れ右をしてこのままうちへ帰りたまえ。ソーリャは帝国の侵略を受け入れない』



 それは通りの良い、自信に満ちた男の声だ。

 己の正義を信じ、他者を意のままにする事が当然の、支配者側の声。


 だがウォーダンはそれを歯牙にもかけなかった。

 彼はもう何年も、大陸をひとつ支配する男の声をそばで聞いている。

 それと比べれば、その拡声器から響く声は実に薄っぺらで、その正義が自己満足にしか過ぎない、子どもの無知な傲慢さと変わらないものである事が感じ取れた。


 大体、兵士たちの一番後ろで、それも特別堅固な装甲車両の中で声を上げる人間の何が素晴らしいというのか。


 ウォーダンは体内で魔力を練り上げる。

 正しく学んでいない魔力やわずかな力では自然の力しか扱えない。

 過去のウォーダンがそうであった。

 土・水・火・風。

 それらを操る程度で精一杯。


 だがきちんと学べば空間を理解して操り転移する事も、天候を変える事もできる。

 それら複数を組み合わせて一見奇跡にしか見えないような出来事を起こす事も。

 魔法とは世界を理解することで世界を自在に変えるものなのだ。


 ウォーダンは練り上げた魔力で防御壁を軍の前に作り上げる。


 それと同時に都市の機能へアクセスした。


 

『お帰りなさい、ウォーダン。お出迎え(サプライズ)は気に入ってもらえたかしら?』



 実に10年ぶりに頭の中でアナスタシアの声が響く。

 ウォーダンは小さく苦笑して口にせずに返事をした。



『大袈裟過ぎて落ち着かない』



 アナスタシアはくすくす笑うと続ける。



『あなたはきっと律儀に返事をしてくれてるでしょうけど、ごめんなさい、これ記録音声なの。あなたが戻ってきて都市機能にアクセスしたら流れるようになってるわ』



 ウォーダンは思わず口元を歪めた。

 それに目ざとく気がついたエドガーが眉をひそめてのぞき込む。



「どうかしましたか?」


「なんでもない。それより、あの後ろの装甲車で話してる男は誰だ」


「あれはハーレイ・アバノーシアの声ですね。若手のソーリャ議員の中で改革派と呼ばれている人物です。それにしても、装甲車なんてよくご存知でしたね?」


「以前、アナスタシアにソーリャの旧時代の科学や機械のことは散々教えられた」


「なるほど、ではあれらの危険性もよく理解できているということで間違いありませんか?」


「ああ。だが問題ない。あれらはほとんどが自動化され、動かすのにもソーリャの機能が必要だ。完全に手動の銃でもない限りこちらへ攻撃するどころかあそこから動かす事もできない」


「なるほど。ではなぜあそこへ並べることができたんでしょう……まさかそれもアナスタシアですか?」



 ウォーダンの脳内ではまさにそのアナスタシアが得意げにしゃべり続けている。



『あなたが都市機能にアクセスするまでは、これまで通りにさまざまな事が動くようになっているわ。生活基盤に必要なものだけでなく、軍備に関わるものも全て。こちらの忠告を無視してソーリャを我が物にしようと動く輩が、土壇場になって戦闘に必要な車両機器や武器のほとんどが使えなくなっていることに気がついたら、一体どんな顔をするんでしょうね。この目で見ることができないのがほんとに残念』


 

 そしてまた楽しそうに笑った。



「アナスタシアは本当に性格が悪い……」


「あの方も、昔はそこまでではなかったらしいんですよ。ただ、政治家たちが身勝手に振る舞うのを見続ける中で、ちょっと歪んでしまったと、そう聞いています……」


 申し訳なさそうにアナスタシアを庇うエドガーに、ウォーダンは少しばかり好感を抱いた。

 紫の神官という神殿の最高位にいる彼は、なんだかとても苦労しているように見える。


 

 正面では大型装甲車の中から男が己の正当性を声高に言い募り、脳内では先代聖女が楽しげに様々な仕掛けを説明してくる。


 頭が痛い、とウォーダンは小さくため息をついた。

 そしてそれは気のせいではない。


 ガンガンと響く拡声器の雑音と自分に酔った声。

 その声はさらに続ける。



『ソーリャは決して帝国の理不尽な暴力には屈しない。わたしは聖女セレフィアムの婚約者であった身として、今も祈り続ける彼女を守るためにも、帝国の策略に操られはしない!』



 その言葉にウォーダンの眉がぴくりと上がった。



「あの男はセレフィアムの婚約者なのか?」


「違います。正確には婚約者候補の1人でした。それもセレフィアム様が冷凍睡眠(コールド・スリーブ)に入ったために消えた話です。おそらく、ここで自分の主張を正当化し、既成事実とすることで今後の立場を固めたいのでしょう」


「候補」



 それだけでも不快になるには十分だった。



『あなたが許可しない限り、都市の軍備は一切使用できないわ。でも旧時代のものの中でもさらに旧式のマニュアルタイプのものには気をつけて。それから、旧時代の機械はほとんどが遠隔操作できるから。好きなように使えばいいわ。ソーリャを壊すのも、支配して隷属させるのもあなたの自由。それでも、ソーリャは決してあなたを傷つけないわ』



 遠隔操作。


 あの戦車がぐるりと背後を向いて砲撃を始めたら、あの男はどんな顔をするだろうか。

 そう考えて、装甲車の中では顔が見えないな、と思う。


 ウォーダンは首を振り、自分もアナスタシアに毒されているのかもしれない、と全てを性格の悪い聖女のせいにしたのだった。





















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