近隣の村々
「ソーリャは住んでいる人間、街の人間には優しい。でもそれ以外には冷たいんだ。俺とじいちゃんは、運良く結界の中に入る事ができた。そうじゃないやつは、みんな外で死んでいく。ずっとそうだった。冬は大勢の悲鳴が聞こえた。でも誰も助けられなかった」
違う、とセレフィアムは言いたかった。
「大人も、子どもも、年寄りも、赤ん坊も、みんなみんな死んだ。魔獣に喰われたやつもいた。お腹が空いたって泣いてるやつもいた。みんな死んだ。中に入れなかったから」
違う、違う、そんな事ない。
セレフィアムは小さく頭を振る。
母は、神殿のみんなは、そんな事しない。
「俺たちも、ずっと街に入れないままだ。でも、外よりはマシなんだ。みんな、外よりはマシだから街にやってくる。ソーリャは、その中でも1番豊かな場所だ。だからみんなソーリャにやってくる。ソーリャに着きさえすれななんとかなる、そう思ってるんだ」
そしてウォーダンは小さく笑ってセレフィアムを見た。
「勝手だよな」
その瞳が悲しくて、何を言いたいのかわからないまま、セレフィアムはぶんぶんと首を振る。
ウォーダンはその頭をぐりぐりと撫でた。
そうだ、みんな勝手なのだ。
勝手に希望を抱いて、勝手に理想を夢見て、勝手に救いを求めている。確信している。
救ってもらえて当然だと。
自分ではない誰かに救いを求めて、救われなければ勝手に怒る。
お前にはその力があるだろう、なぜ救わない、なぜ、なぜ、なぜ。
それは神だったり国のトップだったり親だったり、漠然とした何かだったりする。ソーリャのように。
ウォーダンは結界の外の避難民たちを哀れむと同時に、己の醜さをそこに重ねて気分が悪くなった。
彼もまた、ソーリャに着きさえすればどうにかなると思っていたのだ。
確かに、ソーリャは街の外でも結界の中なら暮らしやすい。
彼と祖父は魔法が使えるから、今のままでも何の問題もないほどだ。
自分たち2人だけでなく、周囲の人々も助けて生きていける。
けれど、結界の外で死んでいく人の悲鳴を聞き続けるのはこたえた。
あの声をずっと聞き続けなければならないとしたら、ソーリャを出て行く方がずっとマシかもしれない。
この数日、ウォーダンは祖父と話し合っていた。
ここから出ていくかどうか。
魔法が使える彼らはどこへ行ってもやっていけるし、危険ではあるが旅を続けることもできた。
だが答えはまだ出ていない。
ウォーダンはちらり、と自分にしがみつく少女を見る。
セレ。
彼女と離れる決心が、彼にはついていなかった。
「なあ、セレ、もし……」
ざわり、と周囲が騒がしくなった。
結界近くには、運良く逃げ込めた人々が、友人知人を探して集まってきている。
中へ入れてやることはできなくても、水や食料をわずかなり分けてやれれば。
あるいは家族の消息を知ることができれば、と。
その人波の視線が集中していた。
誰かが、いや、1人ではなく集団が整然と列を作ってやってくる。
それは神殿の神官たちだった。
紫の神官服を着た人物を先頭に、その両端には兵士を従え、後ろには何人もの青や緑の神官服の人物が続く。
ピリピリとした空気の中、結界のそばまでやってきた紫の神官に、避難民たちは我に返ると口々に助けを求めた。
それを紫の神官は片手をあげて無表情に制する。
「カロナ村、ヤルシャ村、ニルヴァ村の村長はいますか」
それに応えて、3人の人物が手を上げ、慌てて結界へと近寄る。
「中で詳しい話を伺いましょう」
おずおずと村長たちは口を開く。
「あの、怪我人と病人がいるのです」
「子どもたちだけでも保護していただけないでしょうか」
「妊娠中の者や、授乳中の母子もできれば……」
「この先にテント村の準備をしています。話し合いのあとそちらへ動いてもらいますので、移動の準備をしながら待ってもらっていてください」
青の神官の1人が淡々と告げると、紫の神官は3人の村長を連れてその場を離れた。
残された避難民たちは、嬉しそうに動き出す者もいれば、肩を落として落ち込む者もいたが、どの顔にもわずかに希望の色が見える。
「みんな、助かるといいね」
ぽつりと言ったセレフィアムに、ウォーダンは何か考え込むような様子で「そうだな……」と小さくうなずいた。
「どうかしたの?」
「なんでもないよ。ただ、これからもどんどん結界の外の人は増えるんだろうな、と思ってさ」
「そうなの?」
外を旅したことのない、街の外のことを知らないセレフィアムには思いもよらない。
結界の外にはソーリャ以外にもたくさんの街や村があり、砦や壁を築いて人々は身を守っている。
大きな都市もあれば、国家の形態を取っているところもあった。
地震がどれほどの規模で、どれだけの被害が出ているかは分からないが、きっと人々はソーリャを目指してやってくる。
救われた者がいるとなれば尚更だ。
多くの人々に寄りかかられてソーリャは持つのだろうか。
そんな事に考えを巡らせ始めたウォーダンは、セレフィアムに街を出るかもしれないと伝えるのをやめた。
まだ、何も決まっていなかったから。
まだ、彼女とこうして日々を過ごしていたかったから。




