顕微鏡にめちゃくちゃ変な生物が映ってた件
小学6年生の香里奈は理科の授業が大好きだ。特に理科室での実験が大好きで、実技の授業がある日の香里奈は朝からずっと機嫌が良い。
「ふんふふ〜ん。ピュ〜」
朝の通学路。香里奈は口笛を吹きながら上機嫌で歩いていた。
「ピュ〜! ピュピュピュピュ〜♫」
ちなみに、これは緊急地震速報の音である。香里奈は悪趣味なのだった。
「理科の授業、楽しみだなぁ」
そして時間は流れ、待ちに待った4時間目。教室を移動した香里奈は理科室へと入り、木製の椅子へと腰を下ろした。
この、どこかバランスの悪いガタついた椅子もまた、普段の授業とは異なる雰囲気を感じさせる。
そうして座って待っているうちチャイムが鳴り、理科室に入ってきた先生が大きなスライド式黒板の前で、抑揚のない声で授業を始めた。
「えー、今日は、微生物についての授業をします」
先生は40代くらいの、白髪が混じった細身の男性で、いつも白衣をまとっている。
みんなからは『爆弾』と呼ばれている。爆弾を作ってそうな顔だからである。
そんな爆弾が手元のリモコンのスイッチを押すと、天井からスクリーンが、黒板を隠すようにゆっくりと降りてきた。
先生は教室の電気を消し、窓の近くに座る生徒にカーテンを閉めるよう指示する。
そうして薄暗くなった教室で、先生は手元に置かれたPCのエンターキーを叩く。スクリーンに一枚の画像が表示された。
それは、誰もがよく知るミジンコだった。『可愛い!』香里奈は心の中で喜んだ。
香里奈は猫よりミジンコのほうが、犬よりボルボックスの方が可愛いと感じるのであった。
「えー、今から、顕微鏡で微生物を観察してもらいます。で、その前に、最近の研究で発見された、新種のミジンコについて授業を行いたいと思います」
それを聞き、香里奈の胸は高鳴った。香里奈は生物に深い興味があり、特に微生物や深海魚などに魅了されている。
「えー、みなさん知らないかもしれませんが、ミジンコは最近、たくさんの新種が発見されています。まずはこれですね」
先生がキーを叩く。スクリーンに視線を向けると、そこには香里奈が見たことのないミジンコが表示されていた。
スクリーンに映し出されていたのは、頭に2つの突起物を持つミジンコだった。先生は説明を続ける。
「このミジンコは、耳のような大きな突起物があることから、『ミミミジンコ』と呼ばれています」
「ほえ~」
香里奈は心の中で感嘆の声を漏らした。ただでさえ可愛らしいミジンコが、ますます可愛くなっている。
「そして次に発見されたのがこちら」
そう言い、先生は再びエンターキーを叩く。スクリーンに新しい画像が表示された。
そこには突起の小さなミジンコが表示されていた。
「ミミミジンコより小さな、つまり微塵なサイズのミミがあるミミミジンコのため、ミジンミミのミミミジンコ、つまり『ミジンミミミミミジンコ』と呼ばれています」
「はえ~……」
香里奈はまたも感心する。感心するのだが、なんだか『ミ』が多すぎる気がした。もう少しやりようがあったんじゃないか。香里奈は思った。
「次はこれ」
そんな香里奈の疑念など伝わるわけもなく、先生は続いてエンターキーを押し、新たな画像を表示させる。
「これはネズミのような耳のあるミミミジンコです。なので、『ネズミミミミミミジンコ』と呼ばれています」
「......」
香里奈はまるで早口言葉でも聞かされているような気持ちになった。
「で、次がこれ」
香里奈が話についていけないうちに、先生がエンターキーを押す。すぐに次の写真が現れた。
そこには、耳の小さな『ネズミミミミミミジンコ』が表示されていた。先生は教室を見回すような様子を見せる。
「それじゃあ、今日は今年で一番気持ちの良い風が吹いているので、出席番号1番の安達!」
そう言い、先生が安達を指名した。風の気持ちよさは先生の気持ち次第だろ。香里奈は思った。
「このミジンコの名前が分かりますか?」
一方、いきなり指名された安達は焦ったような表情を浮かべる。そうしてしどろもどろに回答した。
「えっと……、ネズミ......ミミミジンコ?」
「おい、違うぞ! ちゃんと集中して聞いていれば分かるはずだ!」
先生が異常に厳しい口調になる。
「そんなんだから! お前はいつも対物レンズでプレパラートを割るんだよ!」
どうやら対物レンズでプレパラートを割られた恨みを晴らすために当てたらしかった。一通り安達を叱ると、先生は気を取り直して言う。
「正解は『ネズミジンミミミミミジンコ』です」
長すぎる! 香里奈は心の中でツッコミを入れた。
「次はこの、体の全体が変わった形のミジンコです」
続けて、先生がそう言いエンターキーを叩くと、星型のミジンコがスクリーンに映し出された。
「このミジンコはこう呼ばれています」
そう言い、先生がもう一度キーを叩く。すると、スライドに文字が大きく表示された。
「はい。」
どう読むんだよ!
香里奈はまたも心の中でだけツッコミを入れた。
こんなの、流れ星の絵文字だろ。☆ミ
「それじゃあ、次」
そんな香里奈の心情に気付くわけもなく、先生はエンターキーを押し、次の画像をスライドに表示させる。
「こちらは世にも珍しい、アフロ頭っぽく見えるミジンコです」
「へぇ......」
香里奈は画像を見て小さく声を上げる。体細胞がアフロ状になっているのかな。名前はアフロミジンコだろうか。
「じゃあ、今年は木星と土星が過去20年で一番接近する年だから、1番の安達! このミジンコの名前は?」
「うえっ、えー。髪......カミミジンコ?」
変な当て方をされた安達はしどろもどろに答える。
『今年』とか言い始めたら、これから全部安達のターンになっちゃうだろ。香里奈は思った。
もちろんカミミジンコは間違っていたらしく、先生はまたも厳しい口調になる。
「違う! そんなんだから、安達はいつも湯を突沸させるんだ!」
今回の授業と全く関係のない説教だった。沸騰石を入れてくれ。香里奈は思った。
再び説教が終わると、先生は全員に向き直る。
「答え合わせ。このミジンコの名前は『ミミミーミ・ミーミミ』でした」
『ミミミーミ・ミーミミ!!!???』
香里奈は思わず叫びそうになった。が、ギリギリ頭の中で叫ぶだけに留める。ボーボボの影響が強すぎるだろ。香里奈は思った。絶対に正解できない。
「そして皆さんもう、このミジンコの名前は分かりますね?」
そう言い、先生は新たなスライドを表示させる。
「みんなでせーので言いましょう」
一呼吸置き、先生が口を開いた。
「せーの、『ネズミミミミミミーミ・ミーミミ』!」
「......」
誰も一緒に答えられなかった。完全に置いてけぼりである。そんな香里奈を突き放すように、先生は話し続ける。
「そしてここからが......驚きの新種の連続です」
先生は声を潜め、間をとって言う。そうして意気揚々とエンターキーを叩いた。新たな画像が表示される。
「1円玉サイズのミジンコ、デカミジンコです」
「微生物じゃなくない??????」
香里奈は思わず小さく声を上げた。顕微鏡いらないだろコレ。
しかし、そんな香里奈の声には気づいていないらしく、先生は話を続ける。
「これで驚くのはまだ早い。次のミジンコもすごいですよ」
言って、先生はエンターキーを叩き、新たなスライドを表示させた。
「すごくデカい、ギガントミジンコです」
「微生物じゃねーだろ!!!!!」
香里奈は思わず叫んだ。なんだよギガントって。化け物だろこんなの。もしくは、微生物みたいに小さい猫がいるのか????
しかし、そんな香里奈の声が聞こえているのかいないのか、「さて」と気を取り直すように先生が言う。
「それでは最後に、皆さんが今日の授業をちゃんと聞いていたかを試します」
言って、先生はエンターキーを叩き新たな画像を表示させた。
そこには正直言って気持ちの悪い、異形過ぎるミジンコが映っていた。香里奈はなんだか、すごく嫌な気持ちになった。
「じゃあこれを......。理科の成績がこのクラスで一番良い香里奈さん。名前を答えられますか?」
「へっ?」
まさかここで白羽の矢が立つとは思わず、香里奈の思考が停止する。今日は木星と土星が過去20年で一番接近する年なんだから、1番の安達を当ててくれよ。
「えーっと、……............分かりません」
しばらく無言の間をおいて、香里奈は力無く言った。
「あらら、少し難しかったかな?」
先生は少し笑って言う。安達と違い、香里奈には優しかった。理科の成績、高くてよかった〜。
全然はごほんと咳払いし口を開く。
「正解は『ネズミジンミミミミミーミ・ミーミミミ☆』です」
「……はぁ」
香里奈は心底どうでも良いなと思った。
あと『ミ☆』をティンクルと読むことが分かったのもなんかムカついた。文句を言いたいから、命名者を呼んで来て欲しい。
そんな香里奈の心情など知らず、先生はパンと手を叩き言う。
「はい! これで座学はおしまい!みなさんお待ちかね、顕微鏡を使って微生物を観察しましょう!」
それを合図に、各机で児童たちが接眼レンズに顔を近づけ、調節ネジを回して微生物を観察する。そして安達はプレパラートを割る。
「......」
香里奈は腑に落ちない心持ちのまま、他のクラスメイトたちに倣って顕微鏡を覗き込んだ。授業で扱った新種のミジンコは、一匹たりとも見えなかった。
そうして数十分後。キンコンカンコンと授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いたのだった。
「......」
今までで一番、モヤモヤの残る理科の授業だった。
ちなみに、この授業で習った新種のミジンコが全て先生がAI生成した大嘘画像だと分かったのは、その2日後のことであった。
先生は懲戒処分となった。あと、先生は逮捕された。なんか、家で普通に爆弾も作っていたらしかった。
香里奈は先生を可哀想だとはミジンコ、いや、微塵も思わなかった。




