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アンクレットの休日

「ここの角か」

 ブツブツと呟きながら角を曲がれば、リガロに教えてもらった通りの色の屋根が見える。宿から少し離れたその場所は数年前まで剣聖が住んでいたと思えぬほど地味な外観だった。だがイーディスが住む予定だったと言われれば思わず納得してしまうような、そんな屋敷である。間違いないと地図をポケットに突っ込んだ。


 イーディスに少しずつ仕事を引き継ぎ、今では彼女一人で領主の仕事をこなせるようになった。アンクレットとしては死ぬまでサポートをしていくつもりだったのだが、はっきりと断られてしまった。ちゃんと休んでくれと。最近のイーディスは労働時間改革を行っている。真っ先にその対象に入ったのはアンクレットだった。だがいきなり休めと大量の休暇を与えられても、仕事終わりの時間に趣味をこなすということに慣れすぎてしまっている。休日なんて数日あれば必要な道具の買い出しは済む。必要ないと突っぱねれば、ならシンドレアに行ってリガロの父に会ってくればいいと言われてしまった。どうやら数年前のアンクレットの言葉を覚えていたらしい。アンクレット自身、今さら会わせる顔がないなんて考えている訳ではなく、なんとなく時間があれば、と伸ばし伸ばしにしてしまっていた。

 こんな機会もなければ会うこともないだろうと手紙を出せば、思ったよりも早く返事がきた。

『いつ来るんだ。日程を書け』と、とても短い文章だけ書かれた返事が。

 まるでこの数十年間の空白が嘘のようだ。思わず笑いがこみ上げて、なるべく早い日程を書いたらこれまたすぐに返事が来て今に至る。


 待ち合わせ場所として指定されたのはフライド屋敷、ではなく、かつてリガロが報酬としてもらった屋敷だった。リガロに書いてもらった地図を頼りにして、時間きっかりに到着すると屋敷の前には従兄弟がむすっとした顔で立っていた。


「元気にしていたか?」

「ああ。……お前はもうとっくにくたばってると思ってた」

「そんな簡単に死なねえよ」


 軽く笑ってみせたが、先代領主がいなければアンクレットはとっくに死んでいたことだろう。いや、昔に限ったことではなく、彼の次の領主がイーディスでさえなければ何かしらの理由を付けてこの世を去っていたと思う。今となっては一日でも長く生きてやる! と意気込んでいるが、少し前まではこの世への執着が極端に薄かった。死んでも次に行く場所が決まっているというのも大きな理由だろう。この世を去ることで失うもののことなんて考えてもいなかった。


「まぁいい。入れ」

「案外綺麗にしてるのな」

「別邸として使っているからな。それで、今日は何の用だ」

「何の用って四、五十年ぶりに会ったっていうのに冷たいな」

「長年連絡も寄越さなかった奴が何を言う」

「お前は俺を恨んでると思ってたから」

「恨んでたさ。勝手に死にやがってって。お前が残れば良かったのに、お前ならもっと上手くやれたはずだって。あの時怪我をしていたのが俺ならってずっと考えてた」

「……悪い」


 先を歩く彼の表情は見えない。けれど吐き捨てられた恨み言はアンクレットの胸にグサリと突き刺さる。何十年と目を逸らし続けても消えることはないのだと、もっと早く向き合えていればと唇を噛みしめた。けれど彼の言葉には続きがあった。


「なのにお前と来たらあっちで好き放題やってるみたいで……ずっと悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか」

「好き放題ってこれでも先代の時は馬車馬の如く働かされて、あの人がいなくなった後もバランスを取るの大変だったんだぞ!?」

「前はそうかもな。だが今はどうせ毎月毎月新しい服作ってんだろ。仕事に趣味に、こっちにいた頃より充実した生活を送ってるみたいじゃねえか」


 俺の気持ちも考えろ! と叫ぶ従兄弟の顔にはアンクレットが長年思い描いていたような暗さはなかった。むしろ言葉で恨み言を並べながらも、アンクレットの幸せを喜んでいるようにさえ見える。記憶の中の彼はいつだって重圧に押しつぶされないようにグッと何かをこらえていたのに、会わない間にすっかりと変わったようだ。


「それはまぁ……。というかなんで俺の趣味知ってんだよ」

「何でって、まさかお前、その趣味バレてないとでも思ってたのか?」

「人前でそんなの言ったことなかったと思うが」

「言われなくとも、お前が剣を握っている時よりもスケッチブックに何か描いている時の方が楽しそうにしていることくらいすぐに気付く。それに彼女の服だって、たまにお前が作ってるんだろうなってのも見れば分かる」


 話しているうちに客間まで案内され、彼はお茶を用意するからと席を立った。

 彼はすぐに気付くというが、アンクレットの両親も兄弟も気付いてなどいなかった。見たいところばかりを見て、従兄弟と比べては優越感に浸っていた。些細な表情にすら気付いたのは従兄弟がアンクレットをよく見ていたから。周りはよくザイルと彼は似ていないと言っていたが、こういうところはそっくりだ。変な方向に暴走することはあるし、盲目なところはある。けれど、なぜか変なところは覚えているのだ。そういうところが憎めない。


「……俺のデザイン、そんなにわかりやすいか?」

 カップを二つ、トレイに載せて戻ってきた彼にそう問えば、何を当然な事を聞くのかと目を丸くした。

「お前の服はどれも剣を振ることを前提とした作りになってるから見る奴が見れば分かる」

「いや、だが動きやすさを重視した服は他にもあるぞ?」

「それはデザインで分かる」


 過去に見ていたとしてもそれはもう何十年と前の、鍛錬の合間に書いていたものである。特段服飾に興味があったわけではない従兄弟が覚えているものだろうか。首を捻れば、困ったように彼は頭を掻いた。そして観念したように小さくその訳を打ち明けてくれた。


「似てるんだよ、息子のデザインと」

「ああ、そういえばマリッド伯爵家に婿入りしたんだってな。次の当主はどうするんだ? 分家から養子でも取るのか?」

「孫を当主にすることで、マリッド家とも話し合いがついている」

「親戚連中が騒がないか?」

「毎日のように家に来ては好きなこと言って帰っている。お前の弟なんて週に一度くらいのペースで来る」

「あいつも変わってないな……」

「あっちからすれば、お前がいなくなりさえしなければ今頃二代目剣聖の家系として公爵家に格上げされていたとでも思っているんだろう」

「あれはリガロの活躍を認めるという形でザイル様の家格をあげたかっただけだ。剣の腕が優れているだけでなれるはずがないのにな」


 才能を持った人間の側で育ったからだろうか。

 アンクレットの父は些細なきっかけさえあれば自分たちもその光を掴めると思っている節がある。ザイルと彼との間には越えられない、確かな溝があることに気付いていないのだ。まさか弟までもが未だにザイルの築いたものに執着しているとは思わなかった。愚かすぎてため息すら出ない。


「お前から言ってやれ」

「会いたくない。お前も分かっているからこっち連れてきてくれたんだろ?」

「お前の用件が分からなかったから連れてきただけだ。ここなら防音で、人に聞かれたくない話をするのに適しているからな。で、本当の用件はなんだ。こんな話するためにきたんじゃないんだろ?」

「いや、普通に話に来ただけだ」

「はぁ!?」

「こっちに来る用事があったから会っとくかと思って。俺たちだってそんな長くはないからな」

「その見た目で言われてもいまいち実感がないんだが」

「止めていた分、この十年で一気に老けている。案外お前よりも先に死ぬかもな」


 アンクレットは時間を止める魔法道具を持った職員に魔法をかけてもらっていた。人体にも有効か調べるための実験として。

 その職員が息を引き取るまでその魔法は継続し続け、なくなってからはその時間を取り戻すかのように老け続けている。今は大体五十代後半くらいだろうか。それでもまだまだ実際の年齢には届かないが、このまま人よりも早く時間が経過し続ければそう遠くないうちに彼の身体年齢を越すことになるだろう。止めていた時間を思えば軽い代償ではあるし、一切後悔はしていないが。


「よく分からん」

「まぁこれは俺たちカルドレッドの領分だ。魔に触れなくて済むならそれが一番だ」

「それで、その用事ってなんだ?」

「青の花嫁に依頼に来た」

「あいつの店に? なんだ、今さら結婚する気にでもなったのか」

「俺のじゃない。あの子達のだ。そろそろリガロの七回忌だろ? だからなんかお祝いでもしようと思って」

「もうそんなに経ったか……」

「早いよな」

「あいつなら今、上にいるから呼んでくる」

「ん? ああ、明日店の方に行くからいいよ」

「早いほうがいいだろ。お前も、あいつも」


 彼はそう告げるとアンクレットを残して二階へと向かっていった。


 アンクレットが祝いの品としてウェディング衣装を用意しようと思ったのには理由がある。

 先日、イーディスが「このネクタイに似合う服を作って欲しい」と青いネクタイを持ってきたのだ。なんでもずっと前にリガロに渡そうとしたのだが、いろいろあって渡せなかった品らしい。だが今さらプレゼントとして渡すのも……と考えて、服と一緒に贈ってしまおうと考えたのだという。

 彼女から大切な品を受け取ったアンクレットは、ならばネクタイに劣らないような特別な服を仕上げようと考えた。どんな服がいいかと考えている時にふと頭に浮かんだのは、ウェディング絵を見ているリガロの姿だった。

 イーディスの家の玄関に飾られているそれは彼女が魔道書の力で作り出したものの一つである。イーディスとマリアが描かれたそれを誰に描いてもらったのかを彼女が明らかにすることはない。リガロも聞こうとはせず、ただごくたまにそれの前でぼおっと立っているのだ。


 絵の中にいるのは二人の花嫁で、新郎の姿はない。

 リガロは中に混じることも許されずにそれの前で立ち尽くしている。

 羨ましいのかと思えばそうでもないらしい。数年前、メリーズ達がウェディング写真を撮らないかと提案したことがあるが、彼自身が断ったのである。だからイーディスの友人もアンクレットも無理に用意することはなかったが、以降もリガロがその絵の前に立つ姿を何度と目にしてきた。


 いっそ用意してしまえば着るのではないか。


 そんな考えに至ったのは彼が死んでからもうかなり経つからだろう。妻も子どももいないアンクレットにとってイーディスは恩人であると同時に姪のようなものである。死ぬ前に絵ではなく、直接彼女の晴れ姿を見たいと思うのは親心のようなものなのだろう。幸いにもアンクレットの手元にはイーディスから託された品がある。適当に丸め込んで二人にウェディング衣装を着せるには絶好のチャンスである。これを逃す手はない。


 早速作ろうと決めたアンクレットだったが、ウェディングカタログを見ているうちにリガロの弟が『青の花嫁』という店を出していることを知った。そしてその店が、今は亡き兄夫婦の結婚衣装を作りたいとの願いから出来たことも。


 こうしてネクタイが託されたのも何かの縁だろう、とシンドレアにやってきた次第である。


「連れてきたぞ」

「兄さん達の結婚衣装を作らせてもらえるって本当ですか!?」

 リガロの弟は興奮気味にアンクレットに詰めよってくる。それだけで彼の熱量は十分に伝わってくる。やはり来て良かった。アンクレットは安心してバッグからイーディスから託された品を取り出した。


「デザインは任せるが、彼の衣装はこのネクタイに似合うものを作って欲しい」

「任せてください。絶対に最高のものを作って見せます!」


 彼は拳を固めて宣言する。

 玄関に飾られた絵に勝るとも劣らない素敵な花嫁衣装と、その隣に立つに相応しい花婿衣装を作ってくれることだろう。

 当日は写真を撮って、リガロの屋敷の方の玄関に飾るのもいいかもしれない。

 アンクレットはウェディング衣装作りを甥に託し、自身は大きな額縁を探すために王都に繰り出すのだった。

これにて番外編も終了となります。

最後までお付き合い頂きありがとうございました!

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