11.死人
「また数値が増えていて……なんか良い方法ありません?」
雑誌にイーディスの名前が登場しなくなってからも、リガロの魔量は上昇し続けている。なぜか。何度も話し合ったし、マントに織り込む退魔核の量だって少しでも多く出来るようにと調整を頑張ってもらっている。上昇が緩やかになっていることだけが救いだが、それでも減りはしない。泣き言を言いたくないと頑張ってきたが、職員達も疲弊の色が見え始めている。一部、未確認生命体に挑む探索隊のように爛々としている者もいるが長引かせたくはない。
大幅に減らすとまではいかずとも、せめて上昇を抑えられれば。
イーディスは何か知らないかと魔王に問いかける。だがこの質問はすでに十回以上している。魔王はその度にデータを見ながら首を捻って一緒に考えてくれるが、そう簡単に案がポンポンと浮かぶはずもない。何度も羽根男や他の住人にも聞いてくれたが何の手がかりもなかった。
気分転換にお菓子を作ったから。
羊肉が手に入ったから。
パンを焼いてみたから。
そんな適当な理由と食べ物を引っさげてやって来るイーディスを魔王はいつだって文句一つ言わずに受け入れてくれる。そして今日も。
「良い方法って言ってもな~。魔界でもいろんな奴測定してみたが、それほどの数値出たことがない。測定器が壊れている可能性は?」
「リガロ様以外、普通に測定出来ているので測定器に問題はないと思います」
「彼が測定時に妨害する何かを発しているとか?」
「否定は出来ませんが、回収するマントにもオーブにも大量の魔が含まれているので、他より多いのは確実です」
「でもシンドレアの各地に分散させたオーブはちゃんと稼働して、シンドレア内の数値自体は下がっているんだろ?」
「はい。オーブ導入以降、少しずつですが子ども達の魔量や王城内での数値も減少傾向にあります」
「ということは効果は証明されているわけだ。だがリガロの分だけ上がっている、と……」
大会の会場はもちろん、王家主催の夜会にだって置いてもらって平民・貴族共に魔量が減少していることは確認済みだ。またカルバスの原理を応用した本も商業ルートに流してあり、原本に集まった魔から正常に機能していることも把握している。メリーズとマリア、ザイルの負担も確実に減っている。残るはリガロだけ。なぜ彼だけなのか。イーディスは無意識に机をトントンと叩いていたことに気づき、慌ててお菓子に手を伸ばす。今日の理由付けはアップルパイである。大口で頬張って、シナモンを入れすぎたと後悔する。何度も作っているというのに、焦りがお菓子作りにもでてしまっている。本当に、自分でも嫌になる。
「なら集めているだけじゃなく、リガロ本人が大量の魔を生成してるんじゃないか?」
「こんな短期間で取り除いた量よりも多くの魔を生成していると?」
「象徴の役割を果たしているとはいえ、彼もまた一人の人間。いや、重責を背負っているからこそストレスは人の何倍も感じているだろうし、それが魔に変わっていても不思議ではない」
「気軽に相談出来る相手はいないし、パートナーもいないから余計溜まっていく一方ということですか。でも魔が減らない分にはパートナーとなる女性も見つけづらいし……」
趣味で少しでもストレスを発散させられれば、と思うが、残念ながら誰も彼の趣味を知らなかったのだ。真っ先に頭に上がった剣術は剣聖として腕を磨くためで、乗馬は必要にかられてだろう。アンクレットのような馬好きには見えなかった。
そんな彼の休日の過ごし方は剣聖としての活動をしているか、鍛錬をしているか寝ているか。魔が減れば気分も晴れて女性に気が向くかもしれないが、今の状況では難しいのだろう。最悪のループだ。いっそ魔に耐性を持つ女性をパートナーとすれば解決するのではなかろうか。そんな考えが頭を過る。だがすぐにブンブンと首を振り、誰にもそんな役目を頼めやしないと思い直した。
「とりあえず、イーディスが彼と会って話してみればいいんじゃないか?」
「今さら突然来てお話ししましょうなんて応じてもらえるはずがないです」
「そんなことはないだろう」
「あります。リガロ様からすれば私は死人みたいなものです。家族ならまだしも、とっくに婚約消滅した婚約者が会いに来たところで気持ち悪いでしょ」
「気持ち悪いって……」
ハッと鼻で笑えば、魔王は眉を潜める。だがリガロの婚約者であったイーディス=フランシカはもういないのだ。今さらどんな顔で会いに行けば良いのか。話題だってない。会ったところで喉の奥に苦みが残るだけだ。
「彼に会うことはないにしても、もう一度シンドレアに行って自分の目でリガロ様やオーブの様子を見てみるっていうのはいいですよね。日程を調整して行ってきます」
残りのパイを全て平らげた後、羽根男の分まで食べてしまったことに気付く。今は席を外しているようだが、もう少ししたら帰ってくると聞いていたのに……。まぁ食べてしまったものは仕方ない。今度またお菓子を焼いてくればいいだろう。そういえばピーナッツクリームもそろそろなくなりそうだし、買い足しておかないとと考えながら帰り支度をする。水筒を軽く振ればまた少しばかり水の音がする。何も告げず、目の前で空になっているカップに注ぐと魔王は深刻そうな声を漏らす。
「都合の悪いことから目を背けていたら、大事な事まで見逃すぞ」
「渋くなりすぎてます?」
「そうじゃない。……答え、もう気付いているんだろ」
「あ、牛乳も残っているのでこれも飲んじゃいましょうか。入れます?」
「……もらおう」
魔王は大きなため息を溢し、たっぷりとミルクを注いだお茶をすする。
答えなんて分からない。分からないから困っている。その、はずなのだ。いや、答えにかかった靄から目を背けるだけかもしれない。認めてしまえば楽になれるのに、それが嫌で、他に方法があるはずだと別方向に進み続けているのだろうか。イーディスは自分のことが分からなくなる。こんな時、誰かを頼れればいいのだが、イーディスが頼った魔王は『答え』までは与えてくれないのだ。




