24.とりあえずお茶でも
「寒っ」
そよそよと吹く風が冷たい。寒さを感じるということはすでに遺跡の外に出たのだろう。出される時に何かしらの衝撃で目が覚めると思っていたが、そんなことはなかったようだ。ケトラも待ちくたびれたことだろう。愛馬に詫びなければと眠い目を擦ったイーディスは、次の瞬間言葉を失った。
「どこ、ここ……」
乙女ゲームの世界に転生し、そこから似たような世界に飛ばされ、寝ている間にカルドレッドに移動させられたイーディスだったが、今度は寝ている間に異界に飛ばされていたらしい。
薄紫色の空にはぽっかりと黒い穴が空いている。カルドレッドでもこんな光景みたことがない。まるで魔界にでも迷いこんでしまったよう。これも試練の一環なのだろうか。とりあえず息苦しさはないので酸素はあるのだろう。心なしか少し身体が軽いような気もする。見える範囲での外傷はなし。打ち付けたような場所もない。敷き布の下にあるキノコがクッションになってくれたのかもしれない。少し身体を揺らしただけでぽよんぽよんと跳ねる。端っこまで寄って地上を見下ろせばかなりの高さがある。二階建ての家くらい。周りにはイーディスが載っているキノコよりも小さめのものがちらほらと並んでいる。どれもピンクや緑、黄色とカラフルなものばかり。ゆらゆらと揺れる度に胞子のようなものが出ているが、それらに毒性はないと信じたいところだ。
「それより、これからどうしよう」
どのような行動を取るのが正解なのか。
すでにイーディスが遺跡に入ってから一刻は経過しているはずだ。時間制限システムはどこにいったのか。
何かしらのアクションを取らなければ遺跡の外に出ることは出来ないのだろうか。
悶々と考え、一つの結論に至る。
「とりあえずお茶のも」
イーディスはカルドレッドにやってきた日に、無駄に動いて混乱を招いてしまった。それに前世で与えられた『迷子になったらその場で待機』というありがたい教えが頭の中で繰り返される。焦れば焦るほど冷静な判断が出来なくなる。そして悪い結果を引き起こすのだ。誰かと連絡を取る手段もなく、捜索が来るとも限らない。それでも焦らずに、イーディスはバッグの中から水筒を取り出してホッと一息つく。思えばこんなにのんびりと出来たのは久しぶりかもしれない。暇はあったが、何かしなきゃと自分を追い詰めていたように思う。眠れなかったのはそんな焦燥感があったから。イーディスは図太いようで繊細で、けれどやっぱり図太いのだ。ぎゅるるるると腹の虫が大きな音を立て、再びバッグに手を伸ばす。急いで作ってきたサンドイッチだが、いつもの何倍も美味しい。
今度から定期的にお外ご飯を決行しよう。参加者はイーディスとケトラだけだが、屋敷で空腹感のないお腹に義務感と一緒に詰め込むよりずっと楽しいはずだ。
「あんた、なにしてんだ?」
「ん?」
サンドイッチをいっぱいに詰め込んだ口をもごもごと動かしていると、聞き覚えのない声がすぐ近くから聞こえる。誰かいるのだろうか? 周りのキノコを見渡しても誰も居ない。ならば下かと見下ろしたがやはり人影は見えない。一体どこからと首を捻り、空耳かと結論づけて新たなサンドイッチに手を伸ばす。
「おい! 呑気にパンなんか食ってんじゃねえ!」
けれど再び声が聞こえる。そして声に被るようにバッサバッサと鳥が羽ばたくような音も聞こえてくる。まさか上!? だがここにはキノコ以外、人が乗れるような場所はない。鳥が話すとでも言うのか。そんな馬鹿なと一蹴したいが、よくよく考えれば魔法に似た力のある世界で鳥が話すことのどこがおかしいのか。ファンタジー世界にしゃべる使い魔がいるというのは前世ではよくある設定だった。自分の中の記憶との折り合いを付けるべく、ウンウンと頷いているとますます羽根音が大きくなっていく。
「無視すんな、イーディス=フランシカ!」
「す、すみません」
その名前を知っているということはカルドレッドからの迎えなのだろう。迎えに来てみたら、呑気にランチタイムに突入していたことにひどく苛ついているようだ。急いでご飯と水筒、敷き布をバッグの中に詰め込み、声の主を探す。けれどやっと見つけた彼はイーディスの想像していた人物とは大きく異なった。目を大きく見開き、人と呼べるか怪しい相手を凝視する。バサバサと音を立てて空を切っていたのは背中に生えた立派な黒い羽根で、おそらく尾てい骨の辺りからは長い尻尾が生えている。その上、おでこからは太めの角が生えている。まるで『悪魔』だ。カルドレッドからの迎えだと思ったら、実は地獄からの迎えでした、と。前世の死もいきなりだったが、今回もかなり急だ。暇潰しなんかで気軽に足を踏み入れて良い場所ではなかったのだろう。頭を押さえながら大きなため息を吐く。
「何してんだ、ほら行くぞ」
「地獄へ?」
「地獄? なんだそれ」
変なこと言ってんじゃねえと一喝し、男はイーディスの脇に手を入れる。そしてそのまま持ち上げ、ふよふよと空中を移動する。運び方は雑だが、不思議と落とされる心配はしていない。足をぶらんぶらんと揺らしていれば「落ち着け!」と一喝された。それだけで人ではない者に出会った恐怖感も薄らいでいく。
「ねぇあなたって悪魔なの?」
「俺は魔人だ。生前、強い魔に犯された人間がなる種族」
悪魔と魔人の違いはよく分からないが、この男は元々人間だったらしいことは把握した。理解、はまだ出来ないけれどなんとなく悪いようにはならないのではないかという気はする。
「私もそれになるの?」
「死んだらなるだろうな。だがまだ先だ」
「え?」
「まぁ詳しいことは魔王から教えてもらえ」
魔人の次は魔王か。となればここは魔界なのではないだろうか。カルドレッドはギルバート領と似ているようだし、こちらにもゲートと同じような場所があってもおかしくはないのかな。ぼんやりと地上を見下ろしながらしばし魔界空中ツアーを楽しむのだった。




