表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の部屋の台所を、  作者: 水色うさぎ
その後の二人
13/13

契約更新4(完結)



 話を聞いた恵美は爆笑した。

 ええー? 笑うようなこと?

「ごめんごめん。いや、夏目氏の気持ち考えるとね、つい」

「笑いながら言われても」

「えー。だって、会えなくて寂しいって言われてきゅんときた後に、で、引越すの? でしょー。何このジェットコースター的なアップダウン。心中お察ししますと伝えといて」

 きゅん、って。

「まあそれはおいといて。大変だったのね」

「大変……かどうかはよくわからないかな。私は部外者よろしく側で話を聞いてただけだし」

「彼氏としては隣にいてくれるだけで嬉しかったんじゃないかな」

「……それは、まあ、秀人さんも言ってた」

 それから迷惑かけてごめん、とも。

「圭にとっては、考えるいいきっかけかもね」

 不思議なもので。

 同じ名前を呼ばれるのでも、恵美と秀人さんでは響きが全然違う。

 秀人さんに名前を呼ばれるのが好き。まるでガラス細工の壊れ物みたいに、いつだって大切に呼んでくれるから。実際の私はそこまで繊細じゃない……というか三十という年相応には図太い。

 だからこそ、大切に、大切にされると少し照れくさくてくすぐったいけれど、嬉しいのだ。秀人さんにとって大事な存在だよって教えてくれるから。

 恵美だと、同性の友人だから、親しさが強くでる。まさか会社でここまでなんでも話せる友人が出来ると思わなかったので、この親しさも手放せないものだ。

 どちらの響きも、私にはもったいないぐらい。

「考えるって、何を」

「彼氏との将来」

 しょうらい。

 声に出さず口の中で単語をころがす。

「私たちが二十代前半以下なら、今が楽しければいいじゃない的な付き合い方もあるけど、もう三十だからね。今のことだけ考えているわけにはいかないでしょう」

「……耳が痛い……。けど、どうしてきっかけなの」

「だって、会ったんでしょ。彼氏の家族に。一人の人間としてどうの前に、義姉としてどうよ」

「う……」

 強烈な印象を残した人だった。でも悪い人ではない。仮に同い年だったら恵美とは別の交遊が出来ただろう。会社の先輩なら頼れるだろう。でも、義姉か……。ちょっと悩む。それは私が一人っ子だから、兄妹姉妹との接し方がイマイチよく分からない、というのもある。そこがいきなり義理の姉だ。どういう距離感で接していいのだろうか。

「結婚は死ぬ前までいつでも出来るけど。私達女は自分の子供が欲しいって思ったら年齢考えないとね。リミットはまだ先だけど、案外あっという間よ。ハタチになった時、三十なんてまだまだ先って思ったでしょ。それと同じよ」

 ですよねー。

「半年でしょ。ちょっと早いけど、考えてみるいい機会じゃないかしらって私は思うのよ。結婚は何よりも本人たちの意思が大事だけど、家族が増えるわけだから、本人たちだけの問題でもないからね」

 結婚した人の言葉は重みが違う。正直、重すぎるぐらいだ。

「今の状態をずっと続けたいでも、良い意味でも悪い意味でも関係をかわりたいでも。考えすぎない程度に、一度考えてみたらどう?」





 考えてみたら、と言われても。

 なんだか現実味がない。

「圭?」

「あ、ごめんなさい」

 声をかけられて、我に返る。

 久しぶりに週末に秀人さんと会えたのに、ぼーっとしてるなんてもったいない。

 特に秀人さんは平日の疲れがあるので、おうちでまったりデートだ。私の部屋に来てもらっている。今日のために秀人さんはDVDを借りてきてくれた。前に私が見たいって言った映画のシリーズを三作。その一作目が終わったのに、DVDを取り換えようと動く気配がなかったので訝しんだらしい。シリーズものだから、一作目をもう一回見るかと聞かれたのには首を横にふった。

「いや、いいけど。その……あまり力になれるか分からないけど、悩みがあるなら聞くぞ」

 あなたのお嫁さんになったらどんな感じかなぁとか考えてました、と言ったらどんな顔するだろうか。

「ちょっと、お姉さんのこと思い出してました」

 完全に嘘ではない逃げ方をすると、秀人さんは思いっきり嫌そうな顔をした。

「天災だと思って忘れた方がいい」

「いやいや、そうもいかないでしょう」

 誤魔化しがてら立ち上がって、冷蔵庫から飲み物を取り出す。

 戻る先は定位置な秀人さんの正面ではなく隣に座ると、かすかに体が強張ったのが伝わった。

 ……結婚したら、強張らせることなく触ってもらえるのだろうか。

「ええと……無理に聞くつもりはないんですが、ご家族のことは聞いても?」

 この流れなら自然なはず。

 私の感覚だと、平日にあるとか仕事が急にどうしても、という訳でなければ、身内の……祖父の法事は出席するものだ。時期は変えようがないのだし、お寺に予約をいれる関係上、土壇場に決まるものでもない。遅くても半年前には日程が決まっているから仕事の調整はある程度つけられる。新幹線や飛行機を使わなきゃ、って距離だと話は違ってくる。でもそこまで遠いとは聞いたことがない。それなのに今まで出席するって返事をしないのは、なんだかおかしな気がした。

「普通の家庭だぞ。両親とあれの、四人家族。両親とは別に不仲でもなんでもない」

 あれって、お姉さんのこと……だよねぇ。

「普通なら、なんでお姉さんをそういう呼び方するんですか?」

「……あれの名前知ってるか?」

「はい。免許証みせてもらいましたから。夏目優子さん、ですよね」

「そう」

 秀人さんは、重々しく頷いた。

「優しい子と書いて、優子だ。あれほど名前と実態がそぐわないものはないだろ」

「えー……」

 名前は親の願いがこめられたものだから、いいじゃない。それに名前で呼ばなくても「姉さん」……男性だったら「姉貴」呼び? とかあるのに。

「妙にこだわるけど、何か変なこと言われたか? だったら後で抗議しとく」

「違いますってば」

 まあ、からかわれたりはしたけれど。

「だって気になるじゃないですか」

 心臓がドキドキした。

「あの人が、私の義姉になるのかも、って考えたら」

 怖くて隣を見れない。

 隣の秀人さんは、呼吸すら止まってるんじゃないかってレベルで固まっているような気がする……これはあれか。やはりそこまで考えてなかったパターン……だよねぇ。ああ、もう。しくじった。

「って、私の考え、暴走し過ぎですよねー。すみません。DVD、続き見ましょうか!」

 いやちょっと待て私。この空気のままDVD見るって、耐えられるの!? 何を言っているのか。

「待ってくれ。その、それは……」

 立ち上がりかけた私の手を、秀人さんが掴んだ。

 そう強い力をこめられた訳じゃないのに、全身から力がぬけて、そのまま元の位置に座る……というかへたりこむ。

「結婚を前提とした付き合いにしてくれるか?」

 てんぱって、いっぱいいっぱいになりすぎたので多分だけど。

 この時の……小さく頷く私の顔は真っ赤になっていたに違いない。






 私は賃貸契約をそのまま更新する。

 秀人さんも、同じところに住み続ける。

 タイミングが合えば平日の夕食は一緒にとるし、週末も会えたら会う。


 これまでと何も変わってなんかいない。

 ただ一つ、私たちの気持ちを除いては。




 いつか、そう遠くないタイミングで、私たちはこの建物から引っ越すだろう。

 その時は、引越し先の住所は二人一緒だ。

 一通のお知らせと秀人さんのお姉さんという(ある意味での)台風は、そういう『契約更新』を私たちにもたらした。


これにて完結です。おかしいな、プロポーズまでしてもらおうと頑張ったのに、どうしてもそこまで辿りつきませんでした。でも時間の問題かと。

番外編含めて、これで完結です。長い間ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ