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華の降る丘で  作者: 行見 八雲
第4章
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8.敵地への第一歩は前転で。



 その後も何度か魔物の襲撃があったけど、私は砂ゴキの時ほどの圧倒的な力は使わず、個別にちょこちょこ倒したり、討伐隊の兵士達が戦うのを補助したり、という役割に徹した。さっきみたいな大きな魔術を使っておいてあれだが、あまり魔術に頼られ過ぎるのもなんだし、他の魔物が砂ゴキのように近づくのも嫌! という見た目をしていなかったのもある。また、ジオリア君が「僕の力を見せてやる!」と張り切っていたのも理由の一つだ。やる気があるならやらせてあげるべきかと。でもジオリア君は一国の王子だし、何より年下なので、怪我をさせないようにこっそりフォローも欠かしませんでしたよ。


 そうして、砂漠の真ん中や、時々ある小さなオアシスにテントを張ったりしながら進むこと数日。風景が砂の海と空だけという大自然っぷりにいい加減人工物が恋しくなってきた頃、ようやく視界に入ってきたのが、巨大な半球形の真っ黒な結界だった。一つの都市を丸々覆っているだけのことはあってその大きさは半端ではなく、近づけば近づくほど視界は結界の黒で埋め尽くされていく。

 外からは結界の内部は見えないけど、結界の境目からこちら側は他に人の手が加えられたようなものは何もないただの砂漠だ。雄大に横たわる砂の海に、雲一つない真っ青な空、その間をくり抜くかのように存在する漆黒のドームは、まるで空に大きく開いた穴のようで、ひどい違和感を感じさせる。



 魔王の攻撃に警戒しつつ、恐る恐る結界に近づいて行く。結界に触れる寸前まで顔を近づけてじっと観察してみると、この結界……。


「闇の魔術による結界ですね」


 結界を上から下、右から左と眺め、ちょいと触ってみながら、私はそう声を漏らした。


「見た感じかなり強固な結界のようです。私の光魔術で穴を開けられても、すぐに修復して閉じてしまいそうです」


 私の話を黙って聞いていた討伐隊の兵士さん達とジオリア君が、確認するようにお嬢様の方を見れば、執事さんと何やら話していたらしいお嬢様も、「そのようね」と頷いた。


「どうにかならないのか?」


 不服そうに眉根を寄せていたジオリア君の問いかけに、私はしばし考え込むようなふりをして。


「一時的に光魔術で穴を開けて入るしかないですね。でも、結界が修復されてしまうまでに通れる人数は、私の力では二人が限界です。また穴を開ける際に使用するであろう魔力量を考えると、行と帰りで二回しか開けることが出来そうにありません。リザーリス様はいかがですか?」


 あ、リザーリス様とはお嬢様のことですよ。私も危うく名前を忘れそうになってましたが。でも名字は忘れました! ごめんなさい!  

 私の問いかけに、お嬢様、もといリザーリス嬢はふんっと顔を横に背けて。


「まあ、魔王を倒すことまでを考えれば、そのくらいが妥当でしょうね!」


 と、語気も荒く返してくる。態度はぶっきらぼうだけど、状況や自分の力量などは冷静に判断しているようで、乗ってきてくれたことに安堵した。これまでの砂漠の中の野宿でもあまり我が儘を言うこともなかったし、実はこういった魔物退治によく駆り出されているのかもしれない。執事さんには当り散らしていたけどね。


 そこで私はさらに言葉を重ね。


「帰りのことを考えれば、術者も向こうへ行った方がよいでしょう。となると、私とリザーリス様以外にあと二人」


 そう言いながらピースサインを出した私に、その場がざわつき出す。先ほど大々的な風の精霊の力――と彼らは思っている――を見せつけた私の言葉を疑っている者はいないようだ。今の私の説明を聞いたうえで、誰が行くべきかを話している。くくく、さあ踊れ踊れ、私の手の上で! マリオネットのように! 気分はすっかり暗躍者だ。何を隠そう我こそが魔王陛下側近の四天王が一人、進撃の異界人カーヤ…………あ、スンマセン! 嘘です、よ?


「わたしはリザーリス様にどこまでもお供いたします」


 先にそう発言したのは執事さんだった。胸元に手を添え、恭しくリザーリス嬢を見つめている。リザーリス嬢も満更でもないようで、「構わないわ」と抑揚に頷く。てか、執事さんが喋ったのを聞いたのって、これが初めてかも。


「僕も行くぞ! 魔王を倒せるのは僕しかいないからな!」


 案の定そう声を上げたのはジオリア君だった。また聖剣とやらを鞘から抜き放って空へと掲げている。あれを自分の決めポーズに決めたようだ。ここぞというときの決めポーズ。この先ジオリア君の銅像が建てられるとしたら、全部あのポーズになるに違いない。いつか雰囲気的に許される時が来たら、バックで光を出すなり、音楽を流すなりしてあげるからね。


 そんなジオリア君の言葉に、討伐隊の兵士さん達が困ったように顔を見合わせている。まあ、確かに、一国の王子をしっかりとした護衛もなくそんな危険な場所へ行かせるなんて、とか、ジオリア君の力量で魔王が倒せるのか、だとかそう易々と承諾できるものでもないだろう。


 あまり長い時間ここに居るわけにもいかないけど、それなりに討伐隊の皆さんが納得した形で突入したいと、私はしばらく兵士さん達とジオリア君とで話合いをおススメした。

 待っている間に結界の周りを少し歩いてみる。と、結界のこちら側の砂の中に、人の手によって形が整えられたと思われる石が埋まっているのが見えた。しゃがみ込んでその石を掘り出そうとするも、風に流された砂がさらさらと降りかかり、掘った分をあっという間に帳消しにしてしまう。ああっ、砂が、砂が私の苦労を水の泡に! 何とも言えない無力感を味わいながら、早々に掘るのを諦めた。


 まだ決まんないのかな~と、討伐隊の集まっている方を見れば、お嬢様は討伐隊から僅かに離れた所で、レジャーシートを敷き、日傘を差したままお茶を飲んでいた。傍にはポットを持った執事が。観光客向けのポスターになりそうな、ある意味絵になる光景だった。



 さて、結局残る一人はジオリア君で決まったらしい。王族の権限で我が儘を通したのかと思いきや、意外と決定打だったのがあの聖剣らしきものらしい。つまりは、聖剣を扱える者が勇者で、魔王を倒せるのも勇者だけだという刷り込み(?)が討伐隊の皆さんの間にもあったようだ。なので、やはりジオリア君が行くのが最良なのではないかと。

 う~ん、でも私からすると、あの聖剣らしきものって、剣に光の魔術がかかってるだけだから誰でも使えると思うのよね。さすがにジオリア君から剣を奪って使ってみようとする人もいなかったようだし、おそらく使えないだろうという思い込みもあるのかもしれない。個人的にはもっと実践に慣れた人が良かったけど、そのためにどうやら国としても重要な“聖剣”の真実を教えるのも後々大変だと思うし、夢と希望溢れる少年のそれらを打ち砕くのもどうかと思い、あえて何も言わないことにした。


 残りの一人が誰になったとしても全力で守る気でいたので、ジオリア君に決まったことに特に異を唱えることはしなかった。お嬢様や執事さんも同様のようだ。


「さて、じゃあ、行きましょうか」


 両手を真っ黒な結界に当て、光の魔術を込める。すると、私の手の周囲から、黒い結界が、まるで黒いごみ袋が熱で溶けるかのようにじわじわと溶け出し、やがて人一人が何とか潜れるほどの穴がぽっかりと開いた。穴の向こうに見える街並みに、ちゃんと結界が破れていることが分かる。

 慌てて頭を突っ込み、前転の要領で転がり抜ける。背中を地面に打ち付けた後で、しまったこんなことならもっと地面ぎりぎりに開けりゃよかった、と悔やんでいる間にも、結界の穴は端の用からゆっくりと修復を開始していた。思った以上に早く塞がっていく穴に、ジオリア君も急いで頭を突っ込み、両手がこちらに出たところで、穴がジオリア君の胴体ぎりぎりまで塞がっていたので、私がジオリア君の腕を引っ張って引きずり込む。


 ジオリア君が転がり出て結界の穴を振り返れば、一瞬、驚く討伐隊の兵士さんの顔が見えたかと思うと、穴は何の跡も残さず綺麗に消えていた。



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