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51.そういえばそういうの好きな人だったね

 寒さに手がかじかむことも無くなり、新たな命が芽吹きだす季節。毛皮の上着はいらないが、まだ肌寒さが残っていた日々のなか、今日は、雲に隠れることのない太陽と春の陽気のお陰で、心地の良い暖かさに包まれている。


 私は、講堂を出て廊下を歩いている途中に目に入った、まだ蕾の紅薔薇に目を細める。王城にある薔薇と、同じ品種だ。

 先ほど講堂で開かれていたのは、三年生の卒業式。

 今日は、アレクシスが学園を去る日だ。


「アレクシス殿下、かっこよかったなあ……私はこの薔薇のようにまだ蕾だけれど、殿下は大輪の花を咲かせて卒業されるのね。だめだめっ! おめでたいのだから、淋しいなんて思っちゃ……」


 立ち止まってしまっていると、真後ろから友達の声が聞こえてきた。


「……一応聞いてあげるけど、それ、私の真似……?」


 私はエレナよりも声が低めなのだけれど、エレナは地声よりも何トーンか高い声で喋っていた。もはや誰でもない。ただの声が高めなエレナだ。


「真似っていうか、マリアンナの心の声? さすがに愛称で呼べないから、敬称つけちゃったけど」

「何よ、だめだめっ! って……」

「あはは。でも淋しいのも、卒業生代表で答辞をする殿下がかっこいい、って思ったのも当たってるでしょ?」


 う……、確かに、そんな感傷に浸っていたのは、否定できない。


「だって、珍しく緊張されていたみたいだから、余計かっこ……いえ、本番はそんな風に見えなくてよかったな、って思ったの」

「え、緊張されていたの? 人前でスピーチなんて、歩き始めた頃には既に慣れてそうな感じするのに」

「そうなの、喃語でスピーチしてそうなのに、たまたま式の前に見かけたら、おひとりでブツブツ言いながら練習されていて。周りも気を遣ってそっとしているみたいだったから、声はかけなかったけれど」

「へぇ~殿下も人の子なんだなあ……」


 この後は一旦、各々寮や屋敷に帰り、卒業パーティの為の準備がある。

 私はもちろん、エレナも一緒に王城へ行き支度をする予定だ。これから、アレクシスと合流して馬車で帰る。


 とそのとき、何度か覚えのある気配を感じ、反射的に振り返る。


 ぽすんっ


 今日は、少し早めのタイミングで気づけたから、飛び込んでくると同時に後退して衝撃を多少流し、正面から受け止めることができた。


「マリアンナお姉さま、流石です! 私、初めてですわ! 悟られたの!」


 そう、可愛い(ほぼ)我が妹、ロザリア様だ。ロザリア様、さすがに厳しく躾けられた(一見そうは見えないが)王の娘なだけあり、足音をたてない。走っているスピードなのに、頭突きされる……もとい、飛び込んでくるまで、今までは気づけなかった。

 だがこの日を迎えた私は違う。私も成長している、ということである!


「ロザリア様! アレクシスのところには行かなくていいのですか?」


 兄の晴れ姿を見に来たのだと思うが、寿ぎに行かなくていいのだろうか。


「お兄様は、ついでだからいいの!」

「ついで……? 何のついででしょう……?」

「これロザリア! また飛び出して行って……全く、誰に似たのかしら?」

「王妃様まで! アレクシスには会われたのですか?」

「わざわざ今おめでとうを言わなくても、後でいくらでも言えるもの。それより二人とも、私たちの馬車で一緒に帰りましょう? アレクシスは、まだいろんな人に捕まっていて時間がかかりそうだから」


 もうアレクシスへの伝達は済んでいるから、と王妃様は言って私と、慌てて礼をしようとしたエレナの背中を押す。

 ご立派でしたよ、感動しました、とすぐ感想を伝えられなかったのは少し残念だけれど、アレクシスの、王太子であり生徒会長でもある立場なら、それも仕方がない。私とエレナは、四人でもゆったり座れる王族の馬車に乗って、王城へ向かった。



◇◆◇



 卒業生はもちろん、ほとんどの在校生と、卒業生の保護者も参加している卒業パーティ。

 今は、卒業生たちがホールの中心で踊っている。色鮮やかなドレスが、煌めくシャンデリアの元で艶やかに咲き誇っている。


「今は、卒業される先輩方が踊る時間ですよね……? 私、まだ卒業するつもりはないんですけど……?」


 そうなのだ。卒業生のみがファーストダンスするのがこのパーティの伝統である。

 そして、私は在校生側だ。


「そんなことより、明るい照明の元で舞う今日の君は妖精だって色あせそうなほど綺麗だね。控えめな装いでも、君自身の輝きは隠せていないよ?」


 卒業パーティは卒業生がメインなので、在校生は控えめな装いで参加するのが暗黙の了解となっている。私も、地味ではないが控えめなものをアレクシスが用意してくれた。

 今日の私は、露出も少なく膨らみのないスレンダーラインの深い青に金の刺繍を控えめに入れたデザインである。

 装身具は、もちろん学内夜会の時にいただいた、揃いの首飾りと耳飾り。

 首飾りの魔石と違い、初めて出会ったときにアレクシスにもらった小さな瑠璃色の魔石は、あのとき私を守った後、魔石の器自体も壊れて無くなってしまった。でも、私とアレクシスの思い出の中から消えることはない。


「ありがとう、アレクも素敵……じゃなくて! 職権乱用はだめよ?」

「元々男が一人余っていたからちょうど良かったんだ。職権乱用ではなく、特権と言ってくれるかな? 公務も生徒会活動も手を抜かなかったのだから、これくらいのご褒美はあってもいいと思わない?」

「それは……まあ……そうなのかしら……?」


 そう言われると弱い。かく言う私も、アレクシスを忙しくさせた一因を担っているのだ。


「私とのファーストダンスで、ご褒美としてご満足していただけるのかしら?」

「何よりのご褒美だよ! 今だから言うけど、マリアンナと高等部で被るのは一年間だけだから、ずっと楽しみにしていたんだよ、この一年の行事は」

「中等部でも一年間は一緒だったけど」

「中等部と高等部じゃできることが違う!中等部は所詮まだ子どもだからね、一般的に」

「何を考えていたの、中等部のとき」

「あはは」


 笑って誤魔化されている気がしないでもないが、私には屈託なく笑うアレクシスが可愛いので、一緒に笑ってしまった。ちょろい。


「何を夢想していたかはちょっと恥ずかしいから言えないけど、それ以外はちゃんと伝えるよ。約束する」


 あの騒動の前、私とアレクシスは、ぎすぎすとして気まずくなっていた。喧嘩ではない(エレナには喧嘩認定された)が、継母への疑惑を隠し、私への手紙を留め置いていたことに、アレクシスなりに罪悪感があったのだろう。


「……ううん。私は、ずっと受け止める覚悟もないくせに、何で言ってくれないの、って駄々をこねていただけ。確かに、私が傷ついたとしても信じて話してほしい、っていう気持ちはあるけれど、私が知らない方がいいこともこれからきっと出てくるわ。私はアレクを信じているから、聞かない。だから、アレクは私を信じて話してね」

「マリー……うん、約束するよ。君は、泣いて傷つくだけの女性じゃない。ずっと家族を守ってきた人だ」

「……それは違うわ。ずっと自分のことで手一杯だったから。お母様だって私の……」


 私のせいで、お母様は犠牲になった。

 そう言いかけたのを、直前でぐっと飲み込む。このお祝いの場で、そんな言葉は似合わない。

 しかし、前にもそうやってアレクシスは慰めてくれたが、私がきっかけでロッテンクロー家の歯車は欠け狂ったのだ。守ってきた、とは程遠い。


「……火属性と攻撃魔法特化の使い手の家族が、色持ちでもないのに育てられたこと自体がすごいんだよ」

「え?」


 暗くなりかけた思考に、アレクシスが優しく語りかけてくる。


「その組み合わせは強すぎる。感情のコントロールが難しい幼子は、その起伏に影響されて家族を傷つけてしまう。まして色持ちなんて、奇跡に近いことなんだよ。色持ちでない両親の元で、傷つけずに育つなんて。マリーは、生まれながらにして両親を守っていた」

「そう……なんだ……」

「それだけじゃないさ。洗脳状態にあったのも、父君やカリサ殿を慮ってのことだろう。じゃなきゃ、メンタルの強い色持ちが、そうやすやすと洗脳下に陥らない。……マリアンナは、ずっと家族を想い守っていたよ」


 真実を知ってからずっと、騒動が解決して皆が笑顔でよく頑張った、と労ってくれていても、心のどこかでずっと血が流れていた。

 悪はもちろん暴漢にあるが、お母様が私のことがきっかけで亡くなった事実は変わらない。たとえ、アレクシスの言うことが真実であっても。

 だから、きっとこの傷跡はずっと残るだろう。

 それでも、その言葉に救われ、流れ続けていた血が止まった気がした。


「そっか……そうだったら、いいな。……これからは、アレクも守ってあげるからね」

「それは頼もしいな! ……僕もマリアンナが傍にいてくれるなら、ずっと守るよ。……だから」


 まだ曲は終わっていないのに、アレクシスが突然止まり、ホールの真ん中の、豪奢なシャンデリアの光が一等降り注ぐ場所で、跪いた。


「アレク? 突然止まったら周りが……」


 私たちだけ止まったら、周りの流れも乱してしまう、と焦ったが、何故か私たちの周辺だけ、ぽっかりと人がいない。


「マリアンナ……君に話がある」

「え……?」


 アレクシスの、さっきまでと違う真剣な表情と言葉に、ここ最近はずっと忘れていた記憶が去来する。


「アレクシス・マッカンブルグは、国を預かる一族の名にかけて、マリアンナ・ロッテンクローを守り、慈しみ……隣で共に、歩んでいくことを誓う。……だから僕と、結婚してくれますか?」


 結婚……!

 前にこの場所に立っていたときは、アレクシスを信じ切れずに失望される未来しか見えなかった。

 誰にも信じてもらえない、誰よりも強い悪役令嬢は、周りを傷つけることしかできないと、周りも、自分さえも、全てそう見ていると思い込んでいた。

 たくさんいるのに、たった独りで、広いホールにぽつんと立っていた。


「……マリー……?」


 でも、今は……今も、あの時も、私は独りじゃなかった。

 驚きと感動のあまり、言葉もなく胸と目を熱くさせていた私に、不安そうに呼びかける。そんなアレクシスに私は自然と目が細くなり、その拍子に嬉しい涙が溢れてしまった。


「はい……!」

「ありがとう……! ありがとうマリアンナ! 愛してるよ! すぐ結婚しようね!」


 アレクシスは、緊張から一変して、震える喜色を声にのせ、輝く笑顔で私をぎゅっと抱きしめた。


「はい……! ……はい? すぐ?」


 私の疑問符のついた言葉と同時に、初代国王と王妃の偉業と偉大な愛を謳った曲が流れ、天井のシャンデリアから、色とりどりの光の粒がキラキラと降り注いだ。

 それと共に、私とアレクシスは、万雷の拍手に包まれた。


「えっ? なにこれ」


「おめでとうございます!」

「お幸せにー!」

「まり……っマリアンナっ……っよかったねえ……!」

「ああ、ほらエレナ、手で拭おうとするな、これで拭け」

「殿下……卒業式の前に一人でブツブツ練習した甲斐がありましたね……!」


 寿ぎに合わせて、指笛を鳴らしている人もいる。

 

 えっなにこれ恥ずかしい。

 そういえばこの王子、ロマンス小説や恋愛劇に、私よりうっとりしていたな~と思い出した。

 そして、ユアンが言っている事も聞こえてしまったけれど、ブツブツ練習していたの、もしかして答辞じゃなくてプロポーズの言葉だったのか。……何それ可愛い。


 恥ずかしいけれど、あのときとは違い、誰に後ろ指差されることもなく、祝福に溢れていることが嬉しい。


 顔に熱が集まることは感じつつも、微笑みを浮かべて周囲に礼をした。


「……で、アレクすぐって……?」

「すぐだよ。もう教会へ提出する婚姻申請書もらっているから安心して」

「あ、そうだ言ってなかったっけ? 私まだあと二年くらい卒業しないんだ」


 私は、高等部に最後まで通いたい、という意思を込めて冗談まじりに伝える。


「もちろん知っているよ。王太子妃が学園に通っちゃいけないっていう法はないのもね。大丈夫、マリーが卒業するまでは、僕たちの元に新しい命が芽吹くことはしない。ただ、僕がいない学園には、『婚約者』では心もとないから、『王太子妃』として通って欲しいんだ……だめ?」


 大事なことは話し合おうって言ったばかりなのに?

 なんて、少しだけ思っちゃったけど、私はこの子犬のような目に弱いんだ……。

 それに、サプライズで喜ばせようとしてくれたことは、素直に嬉しい。


「いや…………」


 拒絶の一言に、アレクシスは絶望を浮かべる。


「……なわけない!」


 そう言うと、アレクシスは満面の笑みで手を広げる。


 そして、洗脳されていた最凶の悪役令嬢は、これから共に歩む、愛する人の胸に飛び込んだ。




ちなみに、否定までの溜めが長かったのは、ちょっとした意趣返しである。

これくらい、可愛いものでしょ?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


読みにくい点や気になるところ等あったかとは思いますが、拙作が少しでも暇つぶしや手慰み(?)の一助になれていたなら嬉しいです!

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