28.何がそんなに可笑しいの
前世を思い出したばかりの頃は、こんな日がくるとは思わなかった。
蟻んこほども妄想しなかったか、って問われると、ミジンコほどは……したかもしれない。いや、正直なところ、雪ん子くらいはしていたかも。
ちなみに、韻を踏むつもりもなかったです。本当に。本当に。……すみません、最後はわざとです。何だ雪ん子って。雪ん子の大きさなんて知らないし。多分雪ん子それぞれだし。
適度な緊張状態だと、自分でも何を言っているのか全く理解できない心の声が思考を滑る。
その緊張の理由は、アレクシスとのお城下お忍びデートである。デートって言っちゃった。
いや、デートで合ってるんだよね? 何といっても、二人で、出かけるのだもの。もちろん護衛は少し離れてついているだろうけど。
おい、キスまでしておいて何を緊張しているの? って?
慣れた王城や学園で歩くのと、城下町の広場の、人気待ち合わせスポットである噴水前で待ち合わせをするのは、全然違うでしょう?
大分早めに出たけれど、もうアレクシスいたりしないよね? やっぱり、先に着いてソワソワしていたい。今日の私、おかしくないよね? 隣で歩いても、見劣りしてしまったりして、恥ずかしくならないよね?
なんて、考えてしまうものでしょう? 乙女心って。
というか、キスまでしておいて、とか言わないでよ、キスだなんて…! き、きす…!
「マリアンナ様、お顔が赤いですね。冬も近いとはいえ、今日は少し暖かいですから…何か冷たい物をご用意いたしましょうか?」
できた気遣いをしてくれたのは、正式に王城住みとなった私付きの侍女、アナである。
「え、大丈夫、大丈夫よ。ええ、思ったよりは少し暖かいけれど、それほどでもないわ」
私とアナは、広場の中までは馬車を乗り付けられないので、近くで降りて、歩いて待ち合わせの噴水前に向かっている。
レースのついた白いパラソルを差して歩きながら気持ちを落ち着かせた後、私は、こうなった経緯を思い起こした。
◇◆◇
それは、城の薔薇園のガゼボでアレクシスと話をした時の、帰り道の出来事だった。
私は自室に戻るべく、アレクシスはその私を部屋まで送る為、二人並んで歩いていた。
「何でもいいんだよ、本当に。マリーがくれるなら何でも嬉しい。その辺の草でも喜んで食べられると思う」
私の魔石を改めて加工して贈り物にする事になったが、今までは、誕生日の贈り物などでも、装身具は選んだことがなかった。刺しゅう入りのハンカチなどを贈っていた。
だから、どんな物がいいか皆目見当もつかない。
そうアレクシス本人にこぼしたら、この返事だった。
だから私は、薔薇が植えている方へ近づき、雑草をむしろうと辺りを見回したが、さすが城の庭師。計算し尽された庭園に無駄な草など生えていない。
「さすがに城の草を城の持ち主の息子さんにあげる訳にはいかないから、今度、外で調達しておくね、楽しみにしててね」
私は、ごめんね、と諦めて、アレクシスの隣へ戻った。
「え、草……? 本当に?」
「草でも喜んでくれるんでしょ? 学園がいいかしら。ああ、城下の南の方に、四季折々に花が咲く丘があるらしいじゃない? そこなんて素敵な雑草も生えていそうだわ」
「え、嬉しいけど、嬉しいけどさ、それは、魔石の装身具に、おまけで可憐な花もプレゼントしてくれるって事だよね」
「……はい?」
「え? 何で可愛く首を傾げているの?おかしいな……さっきまで、あんなに感動的な雰囲気だったはずなのに」
そろそろ揶揄いの引き時か。でも、私はただ自分の娯楽の為に揶揄ったのではない。もちろん。
「だって、どうせならアレクが欲しいと思っている物をあげたいのに、何でもいいって言うんだもの。選ぶところを見ているなら、当日まで秘密ね、っていうのは無理だし。ねえ、何かあるでしょう? カフスボタン? タイピン?」
言わないなら、魔石を縫い付けたリボンで雑草を結んでプレゼントする所存である。
「本当に、何でも嬉しいけど……あの、そ……ソウダ! えっと、せっかくだか……」
「おお、アレクシス殿下! ここにおられましたか! 探しましたぞ!」
ここは公務や政務を行う宮殿ではなく、それより奥にある王宮であるはずなのに、なんとなく不躾に感じる声が、私たちの戯れを遮った。
確かに、実際に居住している所よりもっと出入りのある、親しい賓客も迎え入れるスペースではあるけれど、それでも王も住む区画である。勝手に入ってよい場所ではない。
「これは、ドールベン侯爵。……なぜ、この宮に?」
ドールベン侯爵。建国当時から続く由緒正しい名家だ。私も、ドールベン侯爵とは何度か挨拶程度に言葉を交わしたことがある。
「ええ、さきほど陛下に拝謁しておりましてな、アレクシス殿下にもご挨拶させていただこうと参った次第ですよ。ほら、僭越ながら、私は陛下や殿下方と幼い頃から懇意にさせてもらっている、身内みたいなものですからねぇ」
男性の中では比較的小柄な身体を補うように、胸をおおげさに張り、立派になられましなあ、と続ける侯爵の祖父は、婿入りしてドールベン侯爵となり臣下にくだった、先々代の王兄である。
つまり、当代の国王陛下とは再従兄弟という関係にあたる。
親戚ではあるかもしれないけれど、身内とは言い難いような気はするが、それほどアレクシスとは打ち解けた仲なのだろうか。
「そうか。わざわざありがとう。しかし、彼女との貴重な逢瀬の時間という場合もあるから、今後は考慮してもらえると嬉しいな。よく王妃殿下やロザリアに取られて、あまり二人の時間がもらえないんだ」
肩を竦めて、冗談を言う口調で返しながら、私の腰に手を回してぐっと引き寄せた。
「!?……。」
一瞬、軽く動揺してしまったが、ドールベン侯爵の前なので、すぐに立て直し、『恥じらいつつ少し嬉しそうに微笑む』顔を作る。
私は、対外的にはまだ候補の付く婚約者なので、所詮、伯爵令嬢である。向こうが声をかけてこない限り、勝手に会話に割り込むことはできない。
それにしても、あまりにもこちらの方を見ない。侯爵の背は、ヒールを履いた私と大体一緒くらいのようだから、視線を滑らせば簡単に目を合わせられそうなのに。
「ははは! そうですか! お若いですなあ! ……そうですか、ロッテンクロー伯爵令嬢と、仲がよろしいのですなあ……」
そう言いながら、横目で、初めてこちらに、探るような目を向けた。
「マリアンナ嬢とは、幼い頃から仲が良いからね」
腰に回っているアレクシスの手に、少しだけ力がこもった。
なんか……もしかして、私、あんまり良く思われていませんか?
「……ははははっ! それは良いことです、縁の結びつきは、子々孫々の繁栄につながりますから! はは! ……ああ、これは失礼を、ロッテンクロー伯爵令嬢。お久しぶりですなぁ!」
何がそんなに笑いポイントだったのか、やたら笑った後に、挨拶をやっとしてくれた。嫌われているのかと思ったが、なんだか先ほどの態度とは打って変わって、怖いくらい気さくな笑みである。
「……いえ、こちらこそご無沙汰しておりますわ、ドールベン侯爵様」
正式な場ではないので、ドレスの裾をつまんで軽く膝を曲げた挨拶を返す。
「しかしそうか……そうかそうか。私も、若い頃はお二人のように、今の妻と人目を忍んで会っていましたよ。こっそり城下で楽しんだりしたものだ」
「そうか、それは羨ましいものだ。……今度、行ってみようか? マリアンナ」
「おやおや、これは老害のよもやま話を聞かせて、すっかりお邪魔をしてしまいましたなあ。……邪魔者は、疾く排除されるべきですから。……では失礼、アレクシス殿下、ロッテンクロー嬢」
自虐というか、謙遜した言い回しにも聞こえるけれど、その言い方は、むしろ侯爵が邪魔者を排除したがっているかのようにも聞こえて、少しゾッとした。
邪魔者って……私の事? 私がアレクシスと仲良さそうに見えたから?
穿ちすぎだろうか。やたら、にこやかに挨拶してくださっていたし。
内心で困惑する私と、相変わらず微笑みを絶やさないアレクシスを置いて、ドールベン侯爵は王宮から去っていった。
連載を再開しました。
最終話まで毎日更新予定なので、もしお時間を頂戴できれば幸いです。




