27.春の思い出と秋の薔薇
それから、隣に並んで座り、自然と手を繋いで、しばらく二人で、春に比べどこか控えめに咲いている、秋の薔薇を鑑賞する。
「……そうだ、あの頃の約束、覚えてる? 初めて会った時の約束」
心地よい沈黙を破ったのは、私だ。
「えっと……ああ……」
「……もしかして、覚えてない?」
十年以上前の、お互い幼い頃に交わした約束だから覚えていないのも無理はないが、ちょっとがっかりしてしまう。
「覚えてるよ、もちろんマリーとの約束は全部覚えてるさ、かくれんぼの時は、たとえ見えていても一通りマリーを探すふりをしなきゃいけないことだって覚えてる!」
「それは忘れて!」
私はそれについては、綺麗さっぱり覚えていない。
「魔石の交換だろう!? あの頃はろくに作れなかったから!」
「そう! 今なら、お互い立派な魔石を作れるでしょう? 多少、時間はかかるかもだけど、何か身に着けられるものに加工してもいいな、って思うんだけれど……」
ああ、そうだね……、と、歯切れの悪い返事をするアレク。
「もう、交換したくなくなっちゃった……?」
私だけが、いつか叶えたいと願っていた約束で、アレクにとっては子供の頃の他愛ない約束だったのだろうか。
「そんなことない! ずっと、あの頃からずっとずっと交換したいと思ってたよ!」
「今は思ってないの?」
アレクが、気まずそうに私の視線から顔を逸らす。
「いや……実はもう、つい最近に交換しちゃってるから……」
……ん?
「…………ん??」
記憶にないのだけれど?
「夜会の前夜に渡した装身具、耳飾りは本当にラピスラズリなんだけど、首飾りの方は、あれ、実は僕の魔石なんだ……ラピスラズリに見えるからちょうど良いと思って、つけちゃったんだ」
「え? だって、あれ、模擬店で売ってたものでしょう? なんで模擬店にアレクの魔石が売ってるの?」
「あの模擬店を出していたクラスと提携していた店に、元々頼んでいたんだ。だから普通に渡したって良かったんだけど、せっかくなら一度しかない、二人の展覧会の思い出として渡したいと思って、展覧会で受け渡してもらうよう頼んだんだ……。展覧会の模擬店にそのときだけ陳列してもらって、たまたま二人で見つけた風を装って……」
なんてまどろっこしいことをするのだろう。それに、陳列してもらって、って軽く言うけどアレクシスレベルの魔石は、他の国家も欲しがるほどの代物だ。
「そんな貴重なものを、学生の模擬店で並べて、手に入れやすい貴石のようにしれっと渡すなんて……」
たとえそこらの石で作った装身具だってアレクにもらったものを無くしたり粗雑に扱ったりはしないけれど、そんな貴重なものは事前に言ってから渡してほしい。
ん? だとしても。
「でもそれでも、私の魔石は、今まで一度もあげたことはないはずよね?」
私だけがもらったのでは、『交換』は成り立たない。
「…………」
私から、つつっと目をそらすアレク。
「……アレク? ……アレクシス殿下?」
「ご、ごめん! ごめん言うから、それはやめてくれ!」
あえて敬称をつけて呼ぶと、慌てて降参してきたけれど、そんなに言いづらいことなの?
「エレナ嬢が、発表の部の会場でマリーの魔法の気配がしたって言っていただろう? あれは、勘違いじゃない。本当にあったんだ」
エレナ様が火傷をさせられたとき、私は確かにあの会場から離れた場所にいた。にもかかわらず私の魔法の気配がしたのならば、濃い目の私の魔石がそこにあった、ということ?
最近、私の魔石を渡したのは……。そして、さっきは話が流れたけれど、アレクから何故か出てきた人物名は。
「……ジョン?」
「ごめんね! 騙したみたいになって、ごめんね!!」
そこから、新たに衝撃の事実を知らされた。
なんと、お父様の新人従僕のジョンは、アレクの側近候補のユアン様が変装し潜入していた姿だったらしい。私の実家であるロッテンクロー家の動きが怪しくなっていた事から…というのは国王向けの理由で、一番はわたしの様子が心配だったから、とのことだ。
普通に考えれば、自分の家に潜入されていたなんて…と思うだろうが、我が実家の様子が前からおかしかった事は事実なので、それ以上はその件に関しては責めない。何をアレクに伝えていたのかは、気になるが。
そして、そのユアン扮する『ジョン』が展覧会の前に、お継母様がお友達に魔石を譲ってしまったから、と持って帰ったはず魔石は、実家ではなくアレクの手に渡り、発表の部で私の魔法の気配を感じ取らせた後は、そのままアレクがちゃっかり頂戴したらしい。
「……アレク、それ交換って言う?」
じとっとアレクを見て言うと、私の両手を集められ、アレクの手に包まれた。
「……勝手にごめんね。マリーの魔石を使わせてもらおう、ってなったときに、それならマリーには、代わりに僕の魔石をもらって欲しいな、ああ、それを何か装身具に加工してそれをマリーが身に着けてくれたら、どんなに嬉しいだろう……って考えてしまって、気が付いたら首飾りのデザインができていたんだ…」
後から冷静に考えると、あずかり知らないところで人の魔石を使う予定を立てられ、そしてついでに、と、これまた知らない間に交換を成立させられていた、ってずいぶん勝手な話だ。
男女間での交換は、将来を約束する仲で行うものだから、余計に。しかしそれを聞いて、私は怒りではなく嬉しさと、少しの残念な気持ちがこみ上げた。
「……それなら、私も考えて、ちゃんとした形でアレクに渡したかったわ」
唇と少し尖らせて言うと、アレクにぎゅっと抱きしめられた。
「可愛すぎる……それなら一旦返して、マリーに……いや、宝石商か細工職人を僕が呼ぶから、僕の為に装身具にしてくれる……? 僕も同席するから」
「それならいいけど、アレクは自分の身に着ける装身具にこだわりがあるのね」
「いや、その場や服装にそぐわないものでなければ、特にこだわりはないよ。それに今回は、僕の我がままだけど、マリーに、考えて欲しいんだ。口は挟まない。でも、僕の為に何がいいかあれこれ悩んでいるマリーは見たい」
悪趣味まであと一歩のラインな気がする願望だ。
「アレク、なんだか自分の願望に素直ね……?」
もっと、理性的な性格だと思っていた。
まぁ、それだけ私に心を許してくれた、っていうことなのだとしたら、嬉しい……と考える私も危ない奴まであと一歩なのかもしれない。
「ああ、まだ解決しなければいけない問題は山積みだけれど……」
アレクは、そう言って獲物を狙うような熱を宿して私に微笑む。
「もう、マリーに関しては遠慮を無くしていくよ。……もう、逃げられるなんて思わないで……僕に愛されて」
そして優しく包むように、アレクの腕に囲われた。
洗脳で冷たく凍りついた、大好きなアレクも信じようとしなかった頑な心。それが、アレクの温かい檻で、完全にとけていく。
――悪役令嬢マリアンナの、長く凍てついた冬が終わったのだ。
第一部を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
第二部も執筆中です。
間が空きますが、再開し次第、またお読みいただけると幸いです。




