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17.誰だ言い出したのは

「真っ赤に燃え盛る太陽を映しとったかのような瞳で冬の朝のような静謐さをたたえる眼差し……匂い立つような色香を漂わせつつ、どこか楚々としていて、おいそれと近づけない……」


 今、私は、肩上ほどの胡桃色の髪を揺らしながら、大仰に首を左右に振っている少女に、爛々と見つめられている。

 この少女に、見覚えがある。


「これこれ、落ち着きなさい、エマ」


 王妃殿下が、閉じた扇で、エマと呼ばれた少女の肩を、ぽん、と軽く叩く。


「……はっ! 失礼いたしました! つい、間近で拝見すると止められなくて……!」


 一歩後ろに引いて、ぺこりと頭を下げたこの少女と、その後ろで顔を青くさせて立ち尽くしている数人の生徒たちは、演劇部の面々である。


 昨日に続いて二日目も展覧会に来たらしい王妃様とロザリア様に連れられて行くと(本来の案内役は私だが)、展覧会発表の部の会場から一棟挟んだ校舎の、ある一室にたどり着いた。


「マリアンナちゃん、この子ね、エマというのだけれど、昨日話してみたら、なんと私の学園時代の後輩のお嬢さんだったのよ。親子揃って演劇部でね、芝居に関することとなると、周りが見えなくなるタイプらしいわね。後輩もそうだったもの」


 エマさんは、さっきと同じ人物とは思えないほど、制服で優雅なお辞儀を披露する。


「ああ、昨日の、説得能力の高い一年生の……」


 見たことあると思ったら、昨日、突然王妃様とロザリア様が演劇部の舞台に乱入した後、最初に熱くスカウトしてきた、将来有望な一年生だ。


 しかし、何故、ここで紹介されたのだろう。私に紹介しても、怯えさせてしまうだけだろうに……。後ろにいる子達も、固唾をのんで見守っている。私の不興を買う事にも、私自身にも怯えているのだろう。

 幼い頃から慣れていても、立っているだけで怯えられるのは、やっぱり辛いわね……。


 ──よく耐えてきたわ、この子(マリアンナ)


 それでもなるべく怖がらせないよう、笑顔を浮かべ、名前を名乗る。王妃様のご紹介なら無下にはできない。


「エマさんとおっしゃるのですね。マリアンナ・ロッテンクローです」

「はぅ……!」


 エマさんが、口に手を当てて、謎の感嘆を漏らした。


「……エマ! ……クレイと、申します。クレイ子爵の、長女です。……あの、先程から、無作法な振る舞い、申し訳ございません」


 ファーストネームをやたら強調した自己紹介だった。エマ! クレイさん。


「いえ、そのような振る舞いはありませんでしたわ。それに、この学園では、同じ学年の一生徒同士ですもの。気になさらないでください」

「寛大なお心遣い、ありがとうございます! お言葉に甘えて……あの、私のミューズになってくださいませんか!?」


 ミューズ……といえば、芸術家がインスピレーションを受けるモデルのような……? ……ミューズといえば……ぬ、ヌード……!?


「!? ……あの、ちょっと、いくら女性同士でも、さすがに……それにお見せするほどの肌でもないので、今回は、遠慮いたしますね……」

「肌!? いえ、それも魅力的ですがミューズと言っても、我々は演劇部ですので、写生するわけではありません! お話ししたいのです!」


 話をよくよく聞くと、彼女は演出希望らしく、既存の脚本ではなく、自らが書いた脚本で芝居をしたいらしい。そして、主役に置きたいキャラクターのイメージが、私にぴったりはまっていて、私と接して、役のイメージを膨らませたい、とのことだった。


「この子たち、まだ一年生で発表の部には出られないの。だけど、その発表の部の時間帯だったら、ステージが空いているから、毎年一年生が使っているのよ。見る人は家族くらいしかいないけれどね」


 肩をすくめてそう言った王妃殿下は、何故そんなに詳しいのか、と思ったら、実は、演劇部出身とのことだった。実は……と言っても、昨日の立ち回りを見たら納得できるかもしれない。

 加えて信じられないことに、生徒会役員との兼任だったという。さぞ、大変だっただろう……と思ったが、楽しかった印象のほうが強い、とのたまうおばさま、やはりさすがである。学生時代を何人で回したのか、と聞いてしまいそうになる。


 まだ役をもらったことのない子もいるので、経験を積む為、展覧会発表の部に人がほとんど流れている時間帯に、有志の一年だけで上演をするのが毎年の恒例。

 そして今は、本番直前の最終打ち合わせの時間らしい。

 そんな大事な時間に、部外者がいてはお邪魔では、と思ったが。


「観客は家族以外ほぼいないに等しいですし、短めの寸劇も寸劇なので! そこまで大した打ち合わせも気負いもございません! そのような些事のために、恐れ多くも、伝説の大先輩と、暁月の君とお話しできる機会を! みすみす見逃すようなことは、エマはできません!」


 伝説の大先輩…とは、おそらく王妃様のことだろう。『王妃殿下』とお話しすることが恐れ多いのではなく、『伝説の大先輩』と接することが恐れ多いとは、どのような伝説を残したのだろう。聞きたいような、聞くのが怖いような。


「マリアンナお姉さま、『暁月の君』ですって! 夜明け、ってことよね? お姉さま、ねえ『暁月の君』って呼ばれてらっしゃるのね? 素敵! 『暁月の」

「ロザリア様、頑張って聞かなかったことにした単語を、連呼しないでください! 私のことではないのでは? ねえ、エマさん?」

「もちろん! マリアンナ様、以外にいるはずがありません! きゃっマリアンナ様って言っちゃった! マリアンナ様、マリアンナ様とお呼びする許しを私めにお与えくださいますか……? そして、私のことはエマと呼び捨てにしてくださいませんか? きゃっさすがに図々しかったかしら!」


 もちろん私だった。


 でも、呼び捨てでいい、ですって。これ友達になれそう、ってこと……? 念願の、お友達ができる……?

 胸に期待がほんのりと灯る。

 


「ええ、同級生ですもの。マリアンナとお呼びになって、エマ。……それで、その、ぎ、ぎょ、」

「暁月の君ですわ、マリアンナお姉さま! ぎょ、う、げ、つ!」


 ロザリア様は、面白がるんじゃない。


「そう、その二つ名は、エマだけが、そう言っているのよね……? そうよね……?」


 もし、その名が全校生徒に浸透していたら……。

 天国で見守ってくださっているお母様、マリアンナはもう顔を上げて歩けないかもしれません……。

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