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隣にいる父は額に滲む汗を拭った。
ローリーはその場に項垂れたまま動けずにいた。
それから父はベンジャミンに何を言われたのかをローリーに説明した。
ガルボルグ公爵邸に通っている時にマティルダとの関係にやましいものは一切なかったこと。
マティルダには自分が一方的に好意を寄せて彼女を助けたこと。
マティルダは何も知らなかったことを伝えたそうだ。
(あの男は、密かにマティルダに好意を寄せていただと……?)
そしてマティルダを庇うためにわざわざここに来た。
希望を踏み躙って去って行ったベンジャミンが、ローリーには悪魔のように見えた。
それから父は残酷な真実をローリーに突きつけた。
「マティルダは不貞行為をしたわけでもない。シエナは否定していても、これだけ証拠が集まればもう言い逃れは出来まい。マティルダはシエナを虐げてはいないということだ。ローリー、お前は……騙されたのだ」
「ど、どういうことですか……!?」
「お前は弄ばれ利用された……それだけだ」
ローリーの脳内にはシエナの笑顔が浮かんでいた。
しかしあれが嘘だったならば、一体何を信じればいいのかわからなくなった。
「それにベンジャミンはマティルダにこれ以上、関わらないという約束を守るならば、ブルカリック王国に優先的に手を貸してくれると約束してくれた。これは多大な利益になる……!」
「───ッ!」
「あとはマティルダの身の潔白を皆に伝えれば……!マティルダ、よくやってくれた!ガルボルグ公爵にも知らせねば……!」
「待ってくださいっ!父上はっ、父上は俺よりもマティルダを取るというのですかッ!?」
ローリーは大声で叫んだ。
自分はゴミのように捨てられてしまうかもしれないのに、ローリーが捨てたはずのマティルダは英雄扱いである。
(納得できるわけがない……!こんなことは絶対に許されないっ)
しかし返ってきた言葉は冷たいものだった。
「お前に選択権はない。もう終わった話だ。ライボルトと同じ場所に行きたくなければ、部屋で大人しくしていろ。これでも処遇を軽くするのに苦労したんだ」
「……!」
「ローリー、これは致し方のないことだ。恋に浮かされて騙された自分を恨むんだな。お前は判断を誤ったのだ。それもあと数日で本人に処刑されることが伝えられる」
「シエナが、処刑……」
しかし彼女を庇おうとは思えなかった。
確かにライボルトとシエナより、ローリーはマシなのだろうが、とても納得できるようなものではなかった。
しかし無情にも扉が閉まる。
ローリーの伸ばしていた手がダラリと下がった。
真っ暗闇の部屋の中で、絶望感でいっぱいだった。
そんな時、視界に光が現れる。
気のせいかと思い目を擦ったが、やはり暗闇の中にプカプカと丸い光が浮かんでいる。
(この光はなんだ……?)
光は窓から出て行ってしまったが今のローリーにとっては、何故かそれが希望の光に見えた。
ローリーは外に出て光を必死に追いかけた。
そして光が止まり、そこにいたのは真っ黒なローブに身を包んだシエナ……その後ろにはライボルトの姿があった。
ローリーはシエナとライボルトを見た瞬間、怒りが湧いてきた。
あれだけ愛していたはずのシエナも、信頼していたライボルトも憎しみの対象だった。
ローリーは二人の嘘に騙されて全てを失ったのだ。
裏切られて踏み躙られたような気分だった。
「よく俺の前に顔を出せたな……!この裏切り者共めッ!!!」
「…………」
「突き出して今すぐに処刑してやるッ!」
ローブの帽子を取ったシエナはこの場に似つかわしくない笑顔を浮かべていた。




