邂逅
その頃になってようやくリシャール王国正規軍と総司令官である将軍が現れた。
既に敵が降伏したと知って、ガクンと顎が落ちた将軍にフランソワが事情を説明し、二人でどこかに消えていった。
その間に私は再び精霊王の腕の中に閉じ込められた。
私は話を逸らすため王の腕から逃げ出し
「じ、ジルベールはどうなったんですか?」
と尋ねた。
精霊王は腕を組んで溜息をつきながら
「・・・もう一つの呪いの元になった材料が分からん。眠ったままだがまだ生きている。依然として精霊の薬師たちが原因を探っているところだ」
と答える。
・・・そっか。まだ生きていてくれるなら・・・。いつか目を覚まして欲しいと心から祈る。
その時、精霊王が再び私を捕まえようとした。
マーリンが不機嫌そうに
「スズはもう他の男と婚約した。横恋慕は止めるんだな」
と言うと、精霊王がムッとして
「生意気な。お前はだれだ?」
とマーリンに正対する。
あれ・・・?
二人が向かい合うと、良く分かる。この二人は背格好が良く似てるんだ。
精霊王はマーリンの顔を見て、ぶるぶる震えだした。
「黒髪に茶色の目・・・その顔・・・お前は・・・?まさかエイダの・・・?」
という精霊王の言葉に、マーリンは怪訝な顔をする。
「・・・お前はもしかしたら、赤ん坊の時に精霊の森に捨てられていたとか・・・?神龍の神子と聖女に命を助けられてとか・・・?まさかとは思うが・・・」
と問われて、マーリンがますます胡乱な目つきで
「その通りだが、それが何か?もう百何十年か前の話だ」
と答えると、精霊王の両目から涙が噴き出して、王が突然地面に蹲った。
そこに居た全員がぎょっとして精霊王を見る。
「・・・お前が・・・お前は・・・え、エイダの面影が・・・そっくりだ」
と嗚咽する精霊王に私達は何と声を掛けて良いか分からなかった。
精霊王の側近たちがそっと王を助け起こす。
精霊王は再びマーリンと向き合い、彼の胸ポケットに小さなネズミが居ることに気がついた。
「・・・・!!!あの時の!」
と再度精霊王が興奮しだしたので、側近らしき藤色の髪の精霊が王の背中を擦って落ち着かせる。
ようやく落ち着いた精霊王は咳払いしながら
「・・・その、君の名前はなんというんだ?」
とマーリンに訊ねた。
「マーリン」
と素っ気なく答えるマーリン。
「そ、そうか。良い名だ。・・・ところで君のポケットにいるネズミだが、実は我が昔過ちでネズミにしてしまった精霊なのだ。・・・その、我は次に彼女に会った時には必ず元の精霊に戻すという誓いをたてていてだな。その、だから、彼女を精霊に戻して良いだろうか?」
いつも自信満々の精霊王にしては珍しくオドオドしている。
私たちには分からない深い事情があるのかしら?
でも、ミリーが精霊に戻れるなら良かったわ、と安堵する。
ミリーは大人しく精霊王の前に立って優雅にお辞儀をした。・・・か、可愛い。
彼女に向かって精霊王は
「本来の姿に戻るように!また、彼女への贖罪と奉仕への感謝を込めて、彼女には最高の精霊の位と精霊王の特別な加護を付与することにする!」
と告げた。
その瞬間白い煙が立ち上り、薄緑色の髪の儚げな美しい精霊が立っていた。
「我が王、大いなる慈悲の御心に感謝申し上げます」
と深く礼をする精霊。
マーリンはミリーを優しく見つめ
「ミリー、良かったな」
と言いながらも、どこか寂しそうだ。
マーリンが
「これで精霊の森に帰れるな」
とミリーに微笑みかけると、彼女は顔色を変えて
「もう私は邪魔ですか?ネズミじゃないと側に置いてくれないというのなら、またネズミになります!」
と言い募る。
マーリンが慌てて
「いや、じゃ、邪魔な訳ないだろう?俺は君といるといつも心が落ち着いて・・・それに、君と話していると楽しい・・・」
と言う。
「だったら、ずっと傍に置いて下さい!」
「君は・・・精霊の森にいつか帰りたいと言ってたじゃないか?」
「それは・・・あなたも一緒なら帰りたいって言ったんです」
マーリンは悲しそうに
「だったら、君は一生精霊の森には帰れない。俺は半分精霊だが、半分人間だ。しかも、この髪だ。精霊に受け入れられるはずがない・・・」
と呟いた。
じっと話を聞いていた精霊王は
「・・・マーリン、どうか精霊の森に帰って来てくれ」
と静かに話しかける。
マーリンは自分の耳が信じられない、というように精霊王を見つめた。
「この数十年で黒髪への偏見は止めさせるように努めている。そして・・・マーリン、お前は我の息子なのだ」
精霊王の衝撃告白に、その場にいた誰もが固まった。
マーリンは顔面蒼白になっている。
ど、どういうこと・・・?
「我はお前が出産で死んだと聞かされていた。もしかしたら生きているかもしれない、と言ってくれたのは神龍の神子だ。・・・お前は母親のエイダにそっくりだ。顔も髪の色も瞳の色も・・・。我々がしてきたことに弁解の余地はない。本当にすまなかった。謝って済む問題ではないが、一度精霊の森を訪ねて来てくれたら嬉しく思う」
それを聞いていた側近たちも驚いていたが、みんなマーリンに笑いかけ、口々に一度遊びに来いと誘っている。
マーリンは突然の父親登場に心底戸惑っているようだ。そりゃそうだよね!
精霊王の側近たちはそんなマーリンの肩を叩きながら、気軽に話しかけている。
そんな風に扱われるのに慣れていないのだろう。
マーリンは顔を赤くして俯いていたが、ミリーがそっと近づいて彼の手をギュッと握ると、マーリンはミリーと瞳を合わせて柔らかく微笑んだ。
・・・良かった。マーリンにはちゃんと心を許せる人が側に居てくれる。
いずれ精霊の森を訪れると約束して、マーリンとミリーは手を繋いで精霊王たちに別れを告げた。
その後、精霊王は私に絡むことなく光の筒の中に消えていったので、私はほっと息をついた。




