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ユーリ皇太子との密談


翌朝、目を醒ますとフランソワはいなかった。


・・・どこ行ったのかなぁ?


ふと見ると姫の部屋へのドアが開いている。


ちょこちょこ歩いていって、ドアから向こう側を覗くと、ナターリヤ姫とバッチリ目が合った。


「あら!スズちゃん。いいところに来たわ!トンボの大好物が出来たところなの。あなたも食べる?」


何かものすごく良い匂いがする・・・。


猫のトンボはお椀の中に頭を突っ込んで夢中になって何かを食べている。


私も惹きつけられるように近づくと、姫がお椀に何か白いものを少し盛ってくれた。


お米だ・・・。ふっくらモチモチしていて、みずみずしい。表面がつやつやに光っている。


盛んに湯気が出ているので姫がふぅーふぅーと吹いて冷ましてくれる。


そこに薄っぺらい茶色い木くずのようなものをたっぷり振りかけると、その薄っぺらい木くずが踊りだした。


湯気にあたる度にくねくねと踊りだす。


なんだこれは!?と驚愕したが、同時に堪らない匂いが漂ってくる・・・。


「はい。どうぞ!」


と差し出されたお椀に私は思いっきり頭を突っ込んだ。


あつっ、でも、美味しい。しっとりしていて、同時にもちっとした食感のこのお米の正体はなんだ?この茶色い木くずみたいなのも香ばしくて魚の味がする。


夢中になって食べているとフランソワが戻って来た。


「スズ。何を食べてるんだ?」


「あの。許可も取らずにごめんなさい。でも、ちょうどトンボにボニートライスを作ったところだったので・・」


姫が申し訳なさそうに謝る。


「ボニートライス?」


「はい。ボニートという魚を乾燥させて薄く削ったものをご飯にかけるのです。塩分も少ないですし、猫が好きな食事なんですよ。猫は本来肉食なので、たま~に与えるだけですけどね」


と姫が笑顔で答える。


はい!とても美味しいです。はふはふと食べ続ける私を見て、フランソワが


「確かこの国のお米は我が国のものとは違うんですよね。もちっとした楕円形の米だったと記憶しています」


と話しかける。


「そうなんです。我が国の特産品なんですが、あまり海外では売れないようで・・・。とても美味しいんですけどね」


「知ってますよ。昔、私の義理の兄が奥さんの友達を怒らせてしまって、仲直りのためにわざわざタム皇国から米を取り寄せて、プレゼントしていましたから。お相伴に預かった時に美味しかったのを覚えています」


「まぁ、そうだったのですね。我が国の食材を召し上がって下さって、とても嬉しいですわ」


と姫はとても楽しそうだ。


食事が終わり、満足したところで私は身繕いを始めた。


フランソワが可愛くて堪らないという表情で私を見ている。


その時姫の部屋の扉がノックされた。


まだ女装していなかったフランソワは慌てて自分の部屋に隠れる。


姫はいつも私室で食事を取るので、毎食こうして運ばれてくる。姫の食事はジャックが管理しているので、毒の心配もないそうだ。


ってゆーか、まず毒の心配をしないといけないなんて・・・過酷な環境で生活しているんだな、と姫が気の毒になる。


二人分の給仕を済ませた侍女がお辞儀をして部屋から出て行くと、フランソワが姫の向かいに座って一緒に食事をするのが習慣になっている。


フランソワとナターリヤ姫の距離がどんどん縮まってきているのが分かる。


一生懸命顔を洗いながら、私は小さな胸を痛めていた。はぁ。


ナターリヤ姫みたいな女性から好意を寄せられて応えないバカはいないよね。


私も覚悟を決めて、フランソワを忘れる努力をしないといけないかな・・・。


できるのかな?こんなに長い間ずっと好きでいた人を忘れるなんて(泣)。



フランソワと食事をしている時の姫は饒舌で、生き生きとした表情でフランソワに話しかける。


「・・・それで、今日ユーリお兄さまがフランソワ様にお会いしたいそうなんです」


「皇太子殿下が?」


「ええ。ジャックが事情は説明してあるはずなんですけど、実際にお会いしたいんですって」


「分かりました。女装した方が宜しいですか?」


「いえ。ユーリが来るときは他の方は皆遠慮して近づきません。ただ、護衛の騎士に見られないように気をつけて下さい。通常部屋の外で待機しておりますので。ユーリはフランソワ様が男性であることを知っているので大丈夫ですわ」


と姫が微笑んだ。



その後、ユーリ皇太子とジャックがナターリヤ姫の私室を訪問し、侍女はお茶を準備した後に退出した。


自室に隠れていたフランソワが現れると、ユーリ皇太子が


「初めまして。ユーリです。ジャックやナターリヤから話を聞いて、是非会ってみたいと思っていたんだ」


と固い握手を交わす


「こちらこそ殿下とお会い出来て光栄です」


と笑顔で如才なく挨拶をするフランソワ。


最近妙に社交的になってきたんじゃない?あんなに人嫌いだったのに!


それもナターリヤ姫の影響かと思うとちょっと悲しい。


ユーリ皇太子は


「それでスズちゃんはどこだい?」


と尋ねる。


フランソワが私を抱き上げて見せると


「これはまた。可愛らしい子猫だね。こんなに愛らしい子猫は見たことがないよ!」


と褒めてくれる。


「抱っこは・・・させてもらえないよね?」


と苦笑しながら聞く皇太子と「勿論ダメです」と答えるフランソワ。


それを聞いて爆笑するジャックと、戸惑いながら眺めているナターリヤ姫の様子が対照的だった。


何となく皇太子は私の正体を知っているのかな、と思った。


「ナターリヤ、ごめん。ここからは内緒の話なんだ。フランソワの部屋で話をさせて貰っていいかな?」


と皇太子が言うと姫は寂しそうに俯いたが、


「はい。私は自分の勉強をしていますわ。教会のチャリティの準備もありますし」


と健気に返事をした。



フランソワの部屋のテーブルに腰かけて、男三人は密談を開始した。


私はフランソワの膝の上だ。


「殿下、全て事情はご存知なのですね?」


というフランソワの問いに


「ああ、俺はユーリに隠し事はしない」


とジャックが答える。


「話が早くて助かる。俺の目的はフィリップとミシェルから呪いに使った神龍の鱗を取り返し、スズを元の姿に戻すこと。そして、誘拐されたセルジュを取り戻すことだ。フィリップとミシェルは魔王の剣にセルジュの血を吸わせ、魔王復活を目論んでいると思う」


セルジュはフランソワと私には自分の秘密を話していた。


「魔王の剣に血を吸わせる?どういうことだ?」


怪訝そうにジャックが訊ねる。


「事情があって詳しくは言えないが、セルジュの血には神龍の力が宿っている、らしい。神龍の封印を解くには、神龍の力が必要だと奴らは考えたんじゃないかと思う」


それを聞いて皇太子の顔が青褪めた。


「魔王の剣は確かに『血を吸収する』と言い伝えられている。吸収した血の持ち主の能力を取り込むことが出来ると伝承されているんだ」


「なおのこと魔王の剣を奴らに渡すわけにはいかないじゃないか!」


とジャックが珍しく焦りの表情を見せた。


皇太子が一つ溜息をついて、現在の状況を説明し始めた。


イーゴリ皇帝は大陸の結界が破れたことで狂喜乱舞しているらしい。「すぐに攻撃開始だ!」と喚く皇帝を、皇太子を中心とした穏健派と議会が抑えている状態だと言う。


ルドルフ第二皇子は皇帝の不興を買って冷や飯を食わされていたが、結界を破ったのは自分の客人だと吹聴し、皇宮での勢力を徐々に拡大しているらしい。


但し、皇帝は「本当に奴等が結界を破ったのか疑わしい。証拠を見せろ」と迫り、黒マスクのフィリップが「だったら、すぐに結界を戻しましょう」というハッタリをかまして、皇帝が謝罪するなどという場面もあったと言う。


なんだそりゃ!


いずれにしても『時間が経てば、結界を完全に修復されてしまう。すぐに攻撃を!』というのが主戦派の言い分であり、それを穏健派が『戦争よりも経済が上手く回るような交易関係を築く方が国益に適う』と議論を戦わせている最中である。


しかし、穏健派貴族も結界が消えた大陸を攻める利に惹かれていることは事実で、あと数か月もすれば流れが変わり、いずれは軍備を整え侵略の兵を進めることになるだろうと皇太子は予想している。


「アランはバカじゃない。こちらもモレル大公国とジラール王国と軍事同盟を結び、防衛体勢を整えている。それに、魔力の使い手はこちらが圧倒的に多い。結界が無くなっただけで侵略出来ると思う人間は愚かだな」


とフランソワが吐き捨てるように言うと


「その通りだ。ジャックが君の強さを絶賛していた。君のような使い手がリシャールには多くいるのだろう?」


と皇太子が訊ねた。


「ああ。俺より強い奴なんてゴロゴロいる。スズの母親は宮廷魔術師だが、魔法を使えば俺より遥かに強い」


皇太子とジャックが嘆息した。


「・・・何とか戦争を回避できるよう努力する。だが、リシャール国王に警告はしておいてくれ」


「分かった。感謝する」


と皇太子の言葉にフランソワが応じた。


「問題はフィリップとミシェルが『魔王の剣』にこだわっていることだ。皇帝は褒美を取らすとは言ったが、魔王の剣を手放すことは許していない。フィリップは焦れてきているようだ。あいつが剣を盗み出そうとしても俺は驚かないな」


とジャックは溜息をつく。


フランソワがニヤリと嗤って


「ああ、あいつらは剣の在処を今探っている。無理矢理にでも奪うつもりだろうな」


と伝えるとジャックは目を丸くした。


「俺はこの三日間で皇宮内を調べさせて貰った。ルドルフとアンジェリックが住む西棟にミシェルとフィリップが滞在しているのは知っていると思うが、滞在しているのは二人だけで少年がいるという噂は聞かない」


「その通りだ。セルジュという少年が居るはずだと聞いて調べさせているが、使用人でも見た者はいない。・・・恐らく誰にも見つからない場所に監禁しているんだろう。子供に酷いことしやがって!」


ジャックが握りこぶしを震わせて怒っている。優しい人なんだ。


フランソワが


「まず、セルジュの居場所を探ること。奴等から神龍の鱗を手に入れること。奴等が魔王の剣を手に入れられないようにすること。この三つが喫緊の課題だな」


と纏める。


「同意見だ。魔王の剣の在処は私にも分からない。皇帝しか知らないはずだが、調べてみよう。あの二人の行動はある程度把握できるから、情報の共有を密にしていく。セルジュの居場所を探すためにも、彼の特徴を教えて貰えるかい?」


と皇太子が答えた。


「黒い髪に茶色の瞳。超絶美形なので顔を隠すために前髪を長く伸ばしている。年齢は10歳前後に見えると思う」


というフランソワの説明に皇太子とジャックは頷いた。



話し合いが終わり、部屋から出て行くとナターリヤ姫が嬉しそうに駆け寄った。


「終わりましたの?あの、フランソワ様、この後良かったら皇都をご案内しようかと思っているのですが・・勿論、こっそりと・・・」


「・・・申し訳ありません。私はこの後もやらなければならないことが山積しておりまして」


とフランソワが答えると


「おい、少しくらいいいじゃないか。お前がいれば護衛も必要ないだろうし、たまには姫にも息抜きさせてやってくれよ」


とジャックが非難する。


皇太子からも「すまないがナターリヤを頼む」と言われて、フランソワも断り切れなかったらしい。


結局私はお留守番で、フランソワと姫はお忍びで隠し通路から出かけて行ってしまった。


嬉しそうに顔を上気させてほころぶ姫の笑顔を真っ直ぐに見ることが出来なかった。


心狭いな。私・・・。


*フランソワの話に出てきた米エピソードの義理の兄とはリュカのことです(#^^#) 前作「悪役令嬢は殺される運命・・・」の番外編『リュカとぷくの物語』でリュカがぷくにおにぎりをプレゼントしていましたが、わざわざタム皇国から取り寄せた米を使いました。リュカの涙ぐましい努力が偲ばれます。実はオデットは日本食の知識があるので、いつかジゼルとのエピソードが書けたらいいなと思ってます(^^♪

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