マーリンの行方
翌朝、目が覚めるとド迫力イケメンの寝顔が目の前にあった。
きっと潰さないように眠った後、私を移動させたのだろう。
フランソワの顔の隣に私は丸まって眠っていたようだ。
長い睫毛、高い鼻梁、女性と間違えそうになるくらい整った美しい顔立ちなのに顎のラインは男らしく角張っている。
フランソワの寝顔に見惚れながらも私はせっせと身繕いを始めた。
気が付いたら夢中になって顔を洗っていた。
ふと視線を感じて、その方向を見るとフランソワが蕩けそうな瞳で私を見つめていた。
「お前は信じられないくらい可愛いな・・・この世のものとは思えない可愛さだ」
と私の頭を撫で、顎をくすぐる。
うひょ――――――!またまたご褒美ですね。
ああ、人間の時に言われたかった。
ちょっと切ないな・・・と考えていると、ポツリと
「勿論、人間のお前も可愛かったけどな・・・」
とフランソワが独り言ちた。
今のは何?幻聴?
「ねえ!今のはどういう意味?ねえ?ねえ?」
と訊くが、彼にはみゃーみゃーと言う鳴き声しか聞こえない。
「ん?腹減ったか?」
と私をひょいと持ち上げて肩に載せながら食堂に連れて行く。
食堂ではお祖母さまが朝食を取っていて、すぐに私とフランソワの食事を用意するよう使用人に言いつけた。
お祖父さまは既に王宮に行ったらしい。
「結界は?」
とフランソワが訊くと
「夕べは宮廷魔術師が集まって、結界の修復をしていたみたいだけど・・・。筆頭魔術師が行方不明らしいのよ・・・」
とお祖母さまが不安そうに応える。
でも、私を見ると
「うううぅーーーん、もう信じられないくらい可愛い!」
と私を撫で繰り回す。
フランソワと私の取り合いになりそうだったので、二人の手から逃れて侍女が給仕してくれた少量の細かく刻んだ肉とミルクに飛びついて食べ始めた。
二人も自分達の食事を始める。
「筆頭魔術師のマーリンが行方不明・・・オデット達から何か連絡はありましたか?」
「いいえ、今のところは・・・」
「マーリンの行方は?」
「見つからないらしいわ・・・。もう国外に脱出したのかもしれないという噂よ」
とお祖母さまが深刻そうに話す。
フランソワの顔つきも険しくなった。
「マーリンもミシェルやフィリップの仲間だったのか・・・?筆頭魔術師が?」
独り言を呟きながら、信じがたいという顔をするフランソワ。
マーリンって、お母さまの話に良く出てきたよね。
まさか国を裏切るような魔術師には聞こえなかったけど・・・。長年働いてきた筆頭宮廷魔術師だよ!?
ミルクを舐めながらぼーっと考えていると、可愛くて堪らないという眼差しでフランソワが私を見る。
猫の時しかそんな目で見つめられないというのは虚しいことこの上ないが、それでも好きな人に甘く見つめられて照れくさいような嬉しいような気持ちになる。
まぁ、猫じゃなかったら、そんな風には見てもらえないだろうけどね!
その時執事がお祖母さまに何事かを囁いた。
「ええ、勿論。お通しして」
と言うと、お父さまが疲れ切った様子で現れた。
お父さまは徹夜で馬車の轍の後を追っていったらしい。お疲れ様です。
あのペイントボールの威力は凄かったらしく、特殊なライトを使ってずっと追跡が可能だったと、その効果を褒めていた。
作ったのがセルジュだからね!
・・・でも、セルジュのことを考えると心配で胸が重くなる。
彼は大丈夫だろうか?
悪者に利用されて魔王の剣で切られるなんて最悪だ。
お父さまの話だと、馬車はモレル大公国の港に到着した後、そこに打ち捨てられていた。
奴らは船でタム皇国へ向かったという。
フードを被った男女の二人組と少年を見かけなかったかと訊いて回ったところ、タム皇国行きの船に乗ったと目撃した船員がいたのだ。
「スズの呪いを解くためには材料になった神龍の鱗が必要だ。あいつらがその神龍の鱗を持っている」
とフランソワが言うとお父さまが頷いた。
「分かっている。追わなきゃいけないんだが、今この大陸は侵略の危機に瀕している」
「やはり・・・タム皇国はすぐに攻めて来ると思うか?」
お父さまは疲れたように首を振った。
「去年締結した友好条約のおかげで、多少時間は稼げるだろう。両国の経済協力は上手くいっている。結界が崩れても、タム皇国内で意見が分かれるだろうからな。ただ、結界については深刻な事態だ。筆頭魔術師のマーリンが、オデットからの魔力供給が少しでも途絶えたら発動するような破壊魔法を仕掛けていた」
「やはりマーリンが裏切ったのか?奴はミシェル達の仲間だったのか?」
「分からん・・・でも、行動を見るとそう考えるのが自然だろうな。ここ数年マーリンの動向は怪しかったらしいし」
お父さまは思案気に顎を撫でる。
「マーリンは姿をくらまし、今この大陸は無防備な状態だ。オデット達宮廷魔術師が王宮で結界の張りなおしをしている。俺も領地と国を守るために戦う準備をしないといけない。だから・・・」
「分かった。俺が奴らの後を追ってスズを元に戻して見せる」
とフランソワが断言した。頼もしい。
「モレル大公国への入国許可証と大陸からの出国許可証が必要だな・・・あとタム皇国への入国許可証も・・・」
とフランソワが言うとお父さまが
「必要な書類は全て用意してある。それから魔王に憑りつかれた男が元密偵だったとしたら奴の名前はフィリップ・ローランだ。密偵を辞めた後の足取りは全く掴めなかったが・・・」
とバサッと紙の束を渡した。
さすが仕事が早い。
「それから、シモン商会にタム皇国行きの船の手配を依頼しておいた。港に行けば分かるはずだ。それから・・・ジャックは知っているな?タム皇国に行ったらジャックが待っているはずだ」
「何から何まですまない」
「大丈夫だ。スズをどうか頼む」
とあのお父さまがフランソワに深く頭を下げた。
私は胸が切なくなってお父さまに近づいて、膝に乗る。
お父さまは嬉しそうに私を撫でる。
「お前は今まで見た中で一番可愛い子猫だ・・・」
と嘆息したお父さまの肩までよじ登り、ほっぺをペロッと舐めた。
相好を崩したお父さまに強く抱きしめられ、潰されそうになる。
慌てたフランソワに救出されてほっと息をつく。
「す、すまん。あまりに嬉しくて・・・可愛いし・・・こんなに可愛い生き物が生息するんだな」
「なによ!人間の時はそんなに可愛くなかったとでもいうの?」
とみいみい鳴くと
「すまんすまん。勿論、スズはどんな姿でも世界一可愛いよ。オデットを除いてな」
と私の頭を撫でる。
お!?言葉が通じた!?
と目を丸くすると
「それくらいは俺でも分かる」
と笑われた。
フランソワは少し不満そうに私達のやり取りを見ていたが
「俺は出発の支度をしてくる。スズの解呪薬を調合する道具も持って行かないといけないし」
と立ち上がった。
お父さまも
「俺もすぐに行かないといけない。どうか気をつけて。スズを頼んだぞ」
と立ち上がると二人で握手をした。
お祖母さまにも丁寧に挨拶をすると、お父さまは疾風のように去って行った。
お祖母さまは私達の出発のために色々と準備をして、公爵邸のことも国の事も何も心配しないでいってらっしゃい、と私達を送り出してくれた。
いよいよ出発だ。




