可愛すぎる
固いベッドの上で目を醒ますと至近距離にイケメンの顔があり、私は狼狽した。
「だ、だれ?」
と良く顔を見ると、昔盗み見したことのあるジャックだった。
興味深そうに私の顔を覗き込み
「生娘にしては大胆だな」
と悪戯っぽく囁く。
私は自分が服を着ていないことにハッと気がついた。
慌てて掛けてあった毛布を体に巻き付ける。
ジャックはクスクス笑いながら
「そんなに警戒しなくても大丈夫だ。子供に手を出す趣味はない」
と揶揄う。
そりゃ、無い胸を隠そうをすることが滑稽なことくらい分かりますよ。
ふんだ!
でも、何があって私はこんなところで裸でいるんだろう・・?と記憶を辿る。
確か・・・敵襲があって・・・黒マスク男に襲われて・・・・と思い出した瞬間、ジルベールの穏やかな笑顔が頭に浮かんだ。
「っ!ジルベール?!ジルベールは無事ですか?」
あっという間に両目に涙が盛り上がる。
真剣な顔をしたジャックから「服を着ろ」とシャツとパンツを渡された。
ジャックが背中を向けている間に急いで服を着る。男の子用だけど、動きやすくていい。
服を着ると、ジャックは私を別室に連れて行った。
そこにはジルベールがうつ伏せに横たわっていて、フランソワが必死で背中に治癒魔法を掛けている。
色々なポーションも試したらしく、テーブルには乱雑に道具が置かれている。
「っ!!!ジルベール!!!!」
もう涙が止まらない。どうしよう・・・ジルベール・・・。
フランソワも焦りの色を隠せない。
「スズ・・・傷は治ったんだが・・・剣に変な呪いが掛かっていたようだ」
塞がった傷口から猶も黒い霧状のウゾウゾしたものが染み出ている。
呪い・・・!?
何の呪いだろう・・・。
もし精霊の呪いだったら、精霊王なら治せるだろうか・・・?
一縷の望みをかけて私は上に向かって必死に呼びかけた。
「精霊王様!聞こえますか?スズです!どうか、どうか助けて下さい!」
間もなく眩い光の柱が天から降りてきた。
光が収まって目を開けると精霊王が立っていた。
私は土下座した。
「精霊王様!来て下さって、ありがとうございます!あの、ジルベールが呪いにかけられてしまって・・・意識が戻らないのです!どうか、どうか彼を助けて下さい!」
精霊王は愛おしそうに私を見る。
「お前の願いは・・・いつも人のことばかりだな。そういうところもいじらしいが」
と言いながら、私に手を差し出して、立ち上がるのを助けてくれる。
「ジルベールには強力な呪いがかけられている。精霊の呪いと・・・もう一つ何か別の呪いが混じっている。我が預かって治療をしよう。我にとっても旧友だ。死なせはしない」
と言われて、心から安堵した。
「あ、ありがとうございます」
と精霊王を見上げながら御礼を言う。
そんな私を精霊王が強く抱きしめた。
「お前は可愛いな。早く大人になれ」
と耳元で囁かれ、頬が熱くなる。
傍で見ていたフランソワが
「恐れ多くも我々はまだ使命が残っております故・・・そろそろ」
と口を挟むと
「・・・いいところを邪魔するな」
と睨みつける。
しかし、ふぅと溜息をついて
「まあ、確かにジルベールの手当てが先決だな。スズ。また会おう」
と言うと精霊王はジルベールを軽々と抱えた。
再び光の柱が降りてきて精霊王とジルベールはその中に消えていった。
精霊王が消えた後、部屋には沈黙が残った。
「・・・お前達は・・・精霊王と知り合いなのか?」
とかすれた声がして、振り返るとジャックが呆然と立っている。
あ、そういえば居たんだっけ?ごめん。存在を忘れていました。
フランソワが冷たく
「そうだ。だったらなんだ?」
と言う。
相変わらず口が悪いな・・・。ジャックは味方だよ。
ジャックは苦笑しながら
「お前達は本当に面白いな。まぁ、無事に玉璽を運んでくれたことには礼を言う」
と言う。
あ!?玉璽!?と慌てると
「大丈夫だ。お前の服を脱がした時に玉璽はちゃんと見つけたからな」
とジャックが答える。
「・・・服を脱がせる?」
フランソワからゴゴゴゴという音が聞こえそうなくらい、怒りのオーラが発せられている。
「濡れた服を着替えさせただけだ。気にするな。俺にロリコンの気はない。こんな子供をどうこうするか!」
というジャックの言葉もフランソワの耳には届かないようだ。
「まぁ、いい。セドリック達が目覚めたら知らせるから、お前達はここで休んでいるがいい」
とジャックが部屋から出て行った。
「セ、セドリックとエミールは無事なの?」
とフランソワに訊ねる。
「ああ、ちゃんと助けたし、船員たちにも死者は出ていない。セドリック達も含めて、怪我人は手当を受けているところだ。俺達の船に乗り込んで来た人間は全て捕えた。敵の船はまだそこにいるが、第二皇子のルドルフが捕まった以上、手出しは出来ない。今ジャックが援護の船を本国から呼んでいる。表向き、ルドルフは家族旅行をしていた平和な一家の船を襲ったことになる。リシャール王国から正式な抗議が来るだろうし、イーゴリ皇帝にとっては不愉快な結末になるだろうな」
・・・ああ、良かった。みんな無事で。玉璽も届けられて。
それなのに、フランソワの機嫌は最高潮に悪かった。
フランソワの顔色を伺いながら聞いてみる。
「・・・あの・・・私が何か悪いことした?」
フランソワがギッと私を睨む。
「ああ!まず、あれほど言ったのにまた無茶をしたな!お前が海に落ちたと聞いた時、俺がどんな気持ちだったか・・・。それに相変わらず無防備過ぎる。特に男に対して警戒心を持て!ジャックだって内心お前のことをどう思っているか分からない。精霊王にだって・・・無防備だから目をつけられたんだぞ!」
「・・・だって、精霊王だよ?礼を尽くさないと・・・」
としゅんとしながら言うとフランソワは
「いや、礼を尽くすとかそういう問題じゃなくてだな・・・・。お前は可愛すぎるから嫌でも男が寄って来るんだ。それを自覚して、笑顔を見せないとか・・・そういう警戒心を持て!っていうことだ!」
ときっぱり言う。
言った後で「あれ?」と思ったようで、フランソワは手で口を覆って考え込んでいる。
フランソワの顔も耳も赤い。
私が彼の顔を覗き込もうとすると
「今は止めてくれ」
と顔を背ける。首まで赤くなっているのを見て、私まで頬が熱くなる。
フランソワが「可愛すぎる」と言ってくれたことは一生忘れない、と思った。




