異様な魔力
事前にジルベールに言われて、私はドレスの下にニンジャ服を密かに着込んでいた。
ドレスを脱いで動きやすい服装になり、髪を束ねて武器を確認する。
ジルベールは考えがあるようなので、私とフランソワは彼の後について行く。
船倉の奥に進むと人の話し声と女性の悲鳴が聞こえてきた。
あれ・・・?ここ見覚えあるな、と思っていたら、昔海賊ジャックとセドパパ達の密談を盗み聞きした場所だった。
バレないように気配を消して羽目板の隙間から船室を覗くと、セドリックとセドパパが椅子に縛り付けられていた。
何度も乱暴に殴られたのだろう、二人のこめかみや顔のあちこちに血が滲み、顔が腫れて酷い状態になっている。
二人の前に身なりは良いけど傲慢そうな男が立っていて、部下にセドリックとセドパパを殴らせたり蹴らせたりしている。
さっきから聞こえた女性の悲鳴はミレーユだった。
「ねえ!止めてよ!約束が違うじゃない!この船の実際の航路を知らせれば、あのスズって女だけを攫って、後は解放してくれるって話じゃなかったの!?結界まで解いて協力したのに!」
と男に縋りついている。
男はミレーユの顔を平手で強く殴った。
ミレーユは体勢を崩して床に転んだ。
そのまま蹲って泣き伏すミレーユ。
セドリックは絶望的な表情で
「ミレーユ、君が裏切ったんだな。しかも、スズを誘拐させるって・・・」
と言葉にならないようだ。
「だって!あの女が邪魔だったんだもの!セドリックが悪いのよ。あんな貴族の女なんてセドリックのことを本気で好きになるわけないのに!」
と叫ぶミレーユ。
「うるさい!」
と怒鳴りつけ、その場のリーダーっぽい傲慢男はミレーユのお腹を蹴っ飛ばした。
ぅぅぅ、さっきから女の子の顔を殴るは、お腹を蹴っ飛ばすは・・・この男をどうにかしてやりたい、という殺意が止まらない。
セドパパは茫然と
「オデット様の言葉を信用するべきだった・・・」
と呟いている。
セドリックも悔しそうに唇を噛んで俯いた。
「・・・さて。二人とも、もう一度聞くよ。玉璽はどこにあるんだい?僕が優しい内に答えた方が身のためだよ」
と傲慢男が気持ち悪い猫なで声で二人に声を掛ける。
その時、傲慢男の部下らしき男がドアを開けて敬礼した。
「殿下!この船には異常な数の金庫が設置されています!恐らくその中のどれかに玉璽は隠されているのではないかと思われます!」
と報告する。・・・殿下?タム皇国の皇族か?
「異常な数の金庫ねぇ。そんなんで誤魔化せると思っていたのか?全て開ければいずれ玉璽は見つかるのに・・・」
「殿下!金庫は全てダイヤル式で暗証番号が必要になります!」
「何を言っている。そんなの壊せばいいだろう!さっさと壊せ!」
と傲慢男の無茶ぶりに元気の良かった部下が途端に狼狽した。
「殿下・・・現在、道具も無い状態ですと・・・一つの金庫を壊すのも一苦労かと・・・。少なくともこの船には我々が見つけただけで20以上の金庫があります。もっと隠れている可能性もありますし・・・その・・・」
狼狽える部下を苛々しながら睨んでいた傲慢男は鞭を取り出して、再びセドパパとセドリックを打ち据えた。
再びミレーユの悲鳴が上がる。
「おい!暗証番号を言え!」
と怒鳴る傲慢男。
セドリックは顔を上げて、傲慢男の顔を正面から見据える。
・・・ん?気のせいだろうか?一瞬、セドリックの視線がこの羽目板の隙間を見たような気がした。
「暗証番号は387の13だ」
とセドリックが答えた。
ジルベールはそれを聞くと、私達に目で退散の合図をする。
気配を消して食糧庫に戻る。
ジルベールに
「どうしてあそこにセドリック達がいるって分かったの?」
と聞いてみた。
「あの船室は船橋に一番近い船主専用の部屋なのですよ。まぁ、一番豪華な部屋でもありますしね。簡単に予想できることですよ」
と微笑みながら解説してくれる。
フランソワが
「あれは・・・ルドルフ第二皇子か?」
と尋ねるとジルベールが頷いた。
「・・・まさか直々に来るとは思いませんでしたが」
「それだけ主戦派は追い込まれているということだな」
私達が棚に置いてある小豆の袋を開けると、ザーッと小豆が床にこぼれた。
小豆を全て掻き出すと、中から小型だが頑丈そうな金庫が現れた。
フランソワが迷わず金庫の暗証番号を合わせる。
私もさっきのセドリックの合図は分かったよ。
休暇の時のセドリックの話を思い出したからね!
387387÷13=29799
暗証番号は29799だ!
フランソワが番号を合わせると静かに金庫の扉が開いた。
中には小さな絹の巾着袋が置いてある。中に玉璽があるのをみんなで確認した。
フランソワが
「俺はこれからセドリック達を救出する。ジルベール、スズを頼めるな?」
と言ったので、私は驚いた。さっきは戦わないって言ってたのに・・・
フランソワが「弱ったな」という顔で私を見る。
「セドリックはお前の大切な人だろう?恋人のあんな姿を見たら辛いに違いない。お前の泣き顔は見たくないんだ」
ジルベールは
「先ほど別な船の気配がしました。恐らくジャックのものかと。今甲板に出てジャックの船に移動出来れば、スズ様の安全は確保されると思います」
と説明する。
フランソワは「分かった」と言って音もなく暗がりに消えた。
私とジルベールは甲板を目指す。
私は玉璽をニンジャ服の隠しポケットにしまった。胸元の内側にある隠しポケットは絶対落ちたりしないように出来ている。
甲板に出ると私達の船の両脇に大きな船が横付けされていた。
大きな船にサンドイッチされている形だ。
こんなのありなの?
と思ったけど、どちらかが敵の船でどちらかが味方の船に違いない。
ジルベールは冷静に私に左側の船を指さし、こっちがジャックの船だと断言する。
「なんで分かるの?」
と聞くと
「以前彼の船を見たことがありますから」
と平然と答えた。
船には通常結界が張ってある。私達が直接あちらの船に魔法で転移することは出来ない。
でも、向こうが私達を見て受け入れてくれれば、直接乗り移ることが出来る。
二人でジャックの船目掛けて走り始めた時、誰かが突然行く手を阻んだ。
黒いフードを深く被った・・・男だ。しかも、顔全体に黒いマスクを被っている。
・・・もしかして、これが噂の・・・ミシェルの相方!!!
そして、その男が異様な魔力の持ち主であることに気がついた。
全身からどろどろした真っ黒い魔力が大量に溢れだしている。
見るからに邪悪で、しかも超強力だ。その魔力で船全体がミシミシと震えている。
・・・これはまずい!と思った瞬間に黒マスク男が攻撃を開始した。
男が黒い魔力の衝撃波を放射線状に放つと、物凄い威圧を感じ船のマストがボキッと折れた。
ジルベールが私の前に立って衝撃をまともに受けてくれたおかげで、私はなんとか大丈夫だった。
でも、さすがのジルベールも顔を顰めている。ダメージがあったんだろう。
え!?待って?これって・・・ジルベールが私を庇って死ぬ路線?
ちょっと、どうしよう、どうしたらいい?とパニックになる。泣きそうだ。
ジルベールは
「スズ様、甘いことを考えていないで。自分のすべきことを考えて下さい!あの船に向かって走れ!」
と私に向かって怒鳴る。
私が居なくなった方がジルベールも戦い易いし『私を庇って死ぬ』可能性が低くなる。
私は覚悟を決めて、全速力でジャックの船に向かって走った。
ジルベールは黒マスク男と剣で切り合っている。
途中、私を捕えようとした敵っぽい男達は簡単にナイフで沈めた。
自慢じゃないが私の足は速い。
あっという間に船の縁まで辿り着いて、ジャックの船に手を振って合図を送ると、船員らしき人達が私に気がついて、長い板を船と船の間に渡そうとしている。
その時に
「スズ様!」
という切羽詰まったジルベールの声がして、背後から誰かに抱きすくめられる感覚があった。
・・・ジルベールだ。
振り向くと、彼の背中には黒い煙をぶすぶすと撒き散らす剣が刺さっていた。
黒マスク男が私に向かって剣を投げたのを、ジルベールが身を挺して守ってくれたんだ。
やっぱり・・・私を庇って・・・と絶望的な気持ちで
「いやだ!ジルベール!ジルベール!」
と泣きながら縋りつく。
・・・どうしよう?どうしよう?誰かジルベールを助けて!
黒マスク男が私達に歩み寄り、ジルベールの背中から剣を抜き取る。
・・・もうダメだ!
敵が剣を大きく振りかぶった瞬間、ジルベールの体が強く動いた。
ジルベールが私を連れて船から飛び降りたんだ。
視界が大きくぐるんと回り、私はジルベールと一緒に海に落ちていった。
一瞬のことなのに、全てがゆっくり動いているように見える。
ジャック側の船から誰かが海に飛び込んだのが見えた。
次の瞬間、私は物凄い衝撃と共に水面にぶつかった。
口や鼻から一気に塩辛い水が入ってくる。
苦しい・・・。私、泳げないの・・・助けて。
と意識を失う寸前に、私は誰かの腕に抱えられたのを感じた。




