ペイントボール
その翌日は土曜日だったので、週末はゆっくり休むことにした。
それでも、早朝トレーニングに行くと久しぶりに五人全員が揃っていた。
クラリスが恥ずかしそうに私の傍に来て
「スズ・・・ずっと避けててごめんね。本当はね・・・すごく寂しかった」
と謝る。
「私も・・・色々と無神経なこともしちゃったと思うし・・・。クラリスにも嫌な思いをさせちゃったよね。パトリックにも勝手にクラリスの気持ちを伝えちゃったし。本当にごめんね・・・」
とクラリスに謝ると、彼女はぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「あのままだったら、パトリック様は私の気持ちに一生気がつかなかっただろうし・・・私もきちんと伝えられなかったと思う。だからいいのよ」
と微笑むクラリスはとても綺麗だった。
久しぶりに五人で汗を流すのが気持ちいい。
クラリスとまた一緒に食事を取ることも約束して、私は嬉しくて有頂天だった。
週明けに学校に行くと呪いをかけられていた生徒がみんな回復して学院に戻って来ていた。
ベアトリスもクラスメートから声を掛けられて嬉しそうだ。
私とクラリスが教室に入るとベアトリスが気まずそうにクラリスの方を見ている。
何か言われるのじゃないかとクラリスが緊張しているのが分かるので、私が庇うように彼女の前に立つとベアトリスが近づいてきて頭を下げた。
「ごめんなさい!」
と言われて、私達は戸惑った。
「あの・・・白いペンは・・・その、失くしたと思っていたのは私の勘違いだったみたいです・・・。あんな風に疑いをかけるなんて、自分が信じられないわ。本当にごめんなさい!」
とベアトリスが謝るとクラリスはほっとしたように
「いいのよ。全然気にしないで。誤解が解けて良かったわ。じゃあ、私達はお揃いのペンを持ってるってことね?」
と自分の白いペンを取り出して見せる。
クラリスの笑顔にベアトリスも安心したようで、もう一度「本当にごめんなさい」と言いながら、自分の席に戻って行った。
私はクラリスの隣に座って「良かったね」と言うと、彼女は花がほころぶように微笑んだ。
「ありがとう。全部スズのおかげよ。感謝してもしきれないわ」
と言う。クラリスは文字通り輝いていて、笑顔が眩しい!
するとジゼルが教室に入ってきた。
が、私達の顔を見るときまり悪そうに自分の席に着いた。
クラリスは明るくジゼルに
「おはよう!ジゼル」
と声を掛ける。
ジゼルは小さい声で「おはよう」と返すと私達とは反対の方角に顔を向けた。
クラリスは小さな声で
「彼女が言っていたことは間違っていたけど、私のことを心配してくれていたのは本当なのよ」
と私に言う。
でも、私はまだ彼女を許していないぞ!私は本当に寂しかったんだから!と思う。
呪われた生徒たちが元気に戻って来たことと、どうやらクラリスは呪いとは関係ないらしいという噂が広がり、クラリスはどんどん元気になった。
パトリックはクラリスに対してものすごい過保護になり、これはもう溺愛と言ってもいいんじゃないかと思うくらい甘やかそうとする。
見ているこちらが砂糖を吐きたくなるわ!とツッコミたいが、クラリスの幸せそうな笑顔を見るだけで、もうどうでもいいやと思ってしまうのだ。
しかし、そんな中再びクラリスに階段から突き落とされたという生徒が現れた。
その時間、残念ながら私達はクラリスとは一緒に居なかったからアリバイはない。
パトリックは激怒してクラリスに突き落とされたと主張する生徒に
「クラリスがやったという証拠は?」
と詰め寄った。
その生徒は震えながら
「髪の毛が・・・その・・・緑色だったから」
と答える。
「そんなの鬘を被れば誰だってクラリスの振りができるじゃない!?」
と私が言うと、パトリック達も頷いた。
ジェレミーが顎を擦りながら何かを考えていたが、その生徒に
「スズの言う通り髪の色は証拠にならない。ただ、他に何か特徴はなかったかい?」
と尋ねると、生徒は
「わ、分かりません・・・。顔は全く見えませんでした。逃げ足は・・・物凄く早かったような・・・」
と震えながら答えた。
ジェレミーはその生徒に口止めしてから、教室に戻した。
放課後、私達はジルベールの修道院に集まり、作戦会議を開くことにした。
呪いをかけた犯人はまだ捕まっていないし、精霊王からは何の連絡もない。
クラリスの振りをして生徒に嫌がらせをしている人間と呪いをかけた人間が同一人物かどうか分からないが、どちらの犯人もフランソワやジルベールの探索に対し全く尻尾を出していない。
そんな巧妙な人間が同時期に複数現れて同じ場所で悪さをする可能性は低い。恐らく何らかのつながりがあるだろう、とジルベールは言った。
作戦会議にはフランソワも参加した。
「おびき出すとすれば、クラリスの模倣犯の方がやり易いかもしれないな・・・」
とフランソワが言う。
「ただ、捕まえるのは難しいかもしれない。緑色の鬘を被るだけでクラリスの振りが出来るが、逃げる時に鬘を外して他の生徒に紛れたら分からなくなる」
と続けるフランソワにセルジュがおずおずと手を挙げた。
「・・・あの、僕それについて考えていて、試しにこんなものを作ってみたんです」
とセルジュが取り出したのはショッキングピンクのボールだった。
テニスボールより若干小さめのボールを掌の上に乗せて、セルジュは説明を始めた。
「僕はこのボールを『ペイントボール』と名付けたんですが、中に特殊なインクが入っています。皮膚や服についたら、簡単に洗い流せます・・・と見せかけて、実は絶対に取れないインクなんです。この特殊ライトで照らすとインクがついた部分が光るんです。実演してみますね」
そう言って、大きな水槽の中にペイントボールを投げ入れるとボールが破裂してピンクのインクが水槽内に飛び散った。
その後、セルジュが洗浄魔法で水槽を綺麗にする。
ピカピカに綺麗になった水槽にはピンクの痕跡は全く残っていない。
「綺麗になったように見えるでしょう?でもね・・・」
と得意気に言ったセルジュが小さな懐中電灯のようなライトで照らすと、
水槽の中でインクが飛び散ったと思われる箇所が煌々と光を放っている。
みんなが「おぉ~~!」と歓声をあげる。
「このインクはほんの少しでもついたら光を発します。クラリスに化けた犯人が逃げる時にこのペイントボールを投げつけたら、体のどこかにインクがつくでしょう?犯人は洗浄魔法を使ってインクが消えたらもう安全だと思うだろうけど、僕達はこのライトを使って犯人を特定することが出来る」
というセルジュの言葉を聞いて、私は思わずセルジュに抱きついた。
「セルジュ!すごい!天才だわ!」
フランソワも
「確かにそれは良いアイデアだ。さすがだな、セルジュ!」
と褒めた。他のみんなも口々に賛同する。
「じゃあ、次にどうやって犯人をおびき出すかだが・・・」
と暗くなるまで作戦会議は続いたのだった。




