精進料理
精霊王との対面の後、私はフランソワに「無茶をしやがって」とゲンコツをされ、学院長には「マルタン君のおかげで首の皮一枚でつながった。ありがとう!」と涙ながらに感謝された。
「これから王宮に一流の料理人を手配して頂きます。今から準備をして最高の材料で最高の料理を作れば、きっと一つくらい精霊王が気に入る味があるでしょう!」
と気合が入る学院長に私も何か料理させて貰えないか聞いてみる。
「勿論、品数が多い方が可能性も高くなりますから、料理上手な方の参加を歓迎しますよ。オデット様は料理上手で有名な方でした。マルタン君なら大丈夫でしょう!」
と許可を得ることが出来た。
その後は授業どころではなくなり、学校はその日と翌日は休校となった。
私は慌てて寮に戻ると食堂の厨房を特別に使用させて貰えるよう許可を取った。
セルジュを食堂の厨房に呼び出して、精霊王のメニューについて相談する。
するとセルジュが
「ねぇ、この勝負はゲームでも出てきたんだよね?ジルベールにゲームでスズはどんな料理で勝ったのか聞いてみたら?」
と言い出した。
それは良い考えだ!と走り出そうとする私をセルジュは落ち着いて止め、小さな紙にメッセージを書き鳥に預ける。
そうか!鳥に伝えて貰えるんだね。すごいな!セルジュ。
と感心していると、セルジュが赤くなって
「そんなでもないよ」
と言う。
思っていたよりすぐにジルベールは現れた。
「・・・精霊王への料理ですか?」
と考えている。
「何か覚えている?」
と聞くと
「確か二択か三択かで、うーん、精進料理のような豆腐を使った料理で勝った気がしますね・・・。濃い出汁で味付けをして、風味を豊かにする工夫をしていたような・・?」
と呟く。
「精進料理って何?」
「ああ、ここでいうベジタリアン用の料理みたいなものです。肉や魚を一切使わない僧侶たちの食べ物ですね」
というジルベールの言葉を聞いて、セルジュの瞳が輝いた。
「そうだよ!スズが僕に作ってくれるベジタリアン用の料理がいいと思う!」
「肉無しのチリビーンズかな・・やっぱり?」
「豆は潰して裏ごししたらどうかな?舌触りが良くなるよ。粗く潰したものと、全く潰さないものと数種類作って、違った食感を味わって貰ってもいいと思う。それから、精霊は見た目もこだわるよ。色鮮やかな感じにできないかな?」
「なるほどね。キュウリの緑と赤ピーマンの赤、紫キャベツを使うと紫も出せるよね。あとハーブも何種類か使ってみるわ。鮮やかな緑になるし風味も出るから。精霊は辛いのは好きなのかな?」
「うーん、分からないな。でも、僕は大好きだよ。精霊にとって食べ物はあくまで嗜好品なんだ。だから、見た目とか風味とか香りとか食感とか、そういうもので『食べるのが楽しい』と思わせるのが大事だと思う。だから、例えばトルティーヤの厚さを変えて焼いてみるとか?変化があった方が楽しいよね」
「そうね。辛さは控えめにするわ。チリパウダーを近くに置けば自分で辛さを調節できるからね」
「それから、トルティーヤに包んだ後、ディッピングソースにつけたらどうかな?前にカレー風味のソースを作ってくれたよね?カレー・スパイスとココナッツミルクを混ぜて。あれ、すごく美味しかったよ!」
「分かった。とにかく物珍しさで興味持って貰えるようにすればいいのかな?」
「うん!それからデザートは絶対必要だと思う。前にベリースフレを作ってくれたの覚えてる?イチゴ、クランベリー、ラズベリー、ブラックカレントとか山ほど入れて?」
「ああ、覚えてるわ。セルジュ用に豆乳で作ったんだよね。精霊は気に入るかな?」
「すごく綺麗なピンクだったし、表面はサクッとして中身はふわっと溶けるような食感と甘酸っぱさが美味しかった。あれはきっと精霊が好きなデザートだと思う」
セルジュが断言してくれるので、私も安心した。
今日は下準備をして、明日本格的に料理することにしよう。
私達の会話をジルベールはニコニコと聞いていた。
「お二人はなんというか・・・すごく気が合いますよね」
というジルベールのコメントにセルジュの顔が紅潮した。
「勿論よ!私達のチームワークは完璧だよね!」
と言って拳を振り上げると、何故か残念な子を見るような眼差しでジルベールとセルジュに見られた。なんでだ!?
翌日の夕方、魔法学院のグラウンドには多くのテーブルが並べられ、数々の豪華な料理がところ狭しと並べられていた。
私はパトリック達に料理を運ぶのを手伝ってもらい、目立たない隅っこの方にチリビーンズとトルティーヤを並べ、可愛い小さな箱にベリースフレを入れてリボンをつけた。
・・・ドキドキするな。
セルジュは精霊王と顔を合わせたくないとかで、今日も実験室に籠っているらしい。
フランソワが登場するとあっという間に女子生徒たちに囲まれる。
氷の貴公子は今日も女生徒たちを蹴散らして、私達の近くに歩み寄った。
「スズ、大丈夫か?」
と言いながら私の料理を見る。
「どれも美味そうだな。俺が食べたいくらいだ」
と軽口を叩くフランソワ。
「あー、ドキドキするなぁ。でも、これだけすごい料理が並んでいたら、きっと一つくらい気に入ってくれるよね・・・?」
と言うと、ジェレミーが
「僕は正直スズの料理が一番勝算があると思っていますよ」
と真面目な顔で言ってくれた。
「ありがとう・・・。優しいね」
と言うと照れたように頭を掻く。
そんな私達のやり取りを面白くなさそうにパトリックが見ている。
パトリックとジェレミーは一見仲直りしたようだが、まだ少し緊張が残っているように見えるのは気のせいだろうか?
どちらかというとパトリックの方がジェレミーに敵意を抱いているように見える。
少し離れたところにクラリスとジゼルが立っていた。
彼女たちも料理を出したようだ。シチューとサラダのような料理が並んでいる。
今日アメリはいないんだな・・と見ていると、クラリスと目が合った。
クラリスは真っ赤になって顔を背けるとその場から走り去った。ジゼルが慌てて後を追う。
ジェレミーが心配そうに
「クラリスは、本当はスズと仲直りしたいんです。でも、スズの近くにいるとどうしても嫉妬してしまう。子供の頃からパトリックはスズのことが好きだとクラリスは信じていますからね。スズは何も悪くないのに、自分の醜い感情をぶつけてしまいそうで怖いんだそうですよ」
「・・・それって全部パトリックが悪いのよね?」
と言うと近くで話を聞いていたパトリックがばつが悪そうに俯いた。
「パトリックは自分の気持ちが分かってないんですよ」
とジェレミーが小さい声で呟いた。
「自分の気持ちって?」
「恋愛経験がなさ過ぎて、自分が誰を好きなのか自覚も出来ないんですよね。僕から見るとパトリックはクラリスに好意を持っていると思います。それは簡単に恋愛に発展するような想いなのに、本人だけが気づかないんですよ」
ふぅん、男の子ってそんなもんなのかな?
すると、その話を聞いていたフランソワが
「確かに恋愛経験が無いと、自分の気持ちが分からなくなるよな・・・」
と独り言ちた。
・・・大人の男の人もそうなの!?
と衝撃を受けてフランソワを見つめると、苦笑いをして私の頭をポンと軽く叩きながら
「・・・お前には関係ねーよ」
と呟いた。
その時、空から再び凄まじい輝きの光の柱が落ちてきた。
眩しさに目を閉じたが、次に目を開けた瞬間、精霊王が私の前に立っていた。
背、高いな・・・。フランソワも背が高い方だけど、フランソワより更に10㎝くらい高い気がする。
「スズ・・・と言ったな。今日はどんな料理を食べさせてくれるのか、楽しみにして来たぞ」
と精霊王はニヤリと嗤った。




