初めての海!
シモン家の朝は早い。
私が早朝トレーニングを始めた時には、既に全員が起きて朝から忙しく働いていた。
「お客さんなんだからゆっくり休めばいいのに!」
とセドママに言われるが、体が早起きに慣れてるから朝寝していられないんだというと
「うちの家族と一緒ね!気が合って嬉しいわ」
とウインクされた。
その後、再び旅支度をして全員で港へ向かう。三台の馬車に分乗して、護衛までつくので大掛かりな移動になる。
「大丈夫か?疲れるだろう?」
と私と同じ馬車に乗ったセドリックが心配そうに気遣ってくれるが、私は思っていたよりもずっとエネルギーに満ち溢れていた。
私は新しい場所に来るとアドレナリンが分泌されるらしい。
楽しくて堪らないと言うと、セドリックが苦笑いしながら私の頭を撫でた。
「俺はお前のそういうところが大好きだ」
と言われると、何となく照れる。
港への道のりも初めて見るものが多く、私の胸は躍った。川沿いを進むのだが、小さな船が係留されていたり、水鳥が並んで河を泳いでいる。
リシャール王国に比べて由緒ある古い建物が保存されている気がする。年代物のレンガ造りの建物が河の水面に映っていて、とても綺麗だ。
馬の蹄が石畳の道を叩く音も心地よく聞こえる。
海が近くなるにつれて、海鳥をちらほらと見かけるようになった。
微かに潮の匂いを感じるようになると、私は益々興奮した。
そして、雑多な人や物が行きかう港に辿り着いた。
海だ!!!!!初めて見る海に私は胸いっぱいの感動を覚えた。
水平線が広がり、ところどころに白い波が立っているのが見える。
太陽の光が波に反射してキラキラと水面に輝く。なんて壮大な眺めなんだろう。
海風はちょっとベタベタするような潮の匂いがして、私の興奮は最高潮に達した。
港の端に中くらいの大きさの綺麗な船が停泊していて、それが私達の乗る船だと聞いて私は小躍りして喜んだ。
憧れの船だ!!!!!
早速荷物を持って乗船しようとしたら、セドリックが私の荷物を持ってちゃんとエスコートしてくれる。
「どうしたの?紳士みたいじゃない?」
と言うと
「俺は元々紳士なんだよ!」
とデコピンされた。
全員が乗船すると、船長に紹介された。
船長は
「こんなに美しい伯爵令嬢にお越し頂くなんて光栄ですな!」
と豪快に笑う。
背は低いががっしりした体形の船長は百戦錬磨という印象で、実に頼もしい。
それぞれの船室に案内するために近づいてきた船員たちに混じって、華やかなドレスを着た令嬢が突然船の奥から駆け寄ってきてセドリックに抱きついた。
・・・?誰?
と思って見ていると
「セドリック!会いたかった!」
と令嬢が叫ぶ。
船長が慌てて
「おい!ミレーユ!いきなり失礼だぞ」
と声を荒げると
「・・・だって、ずっとセドリックに会えなかったから・・・」
と顔を赤くして俯いた。
これは・・・
恋する乙女第二弾だ!
「・・・彼女はセドリックが好きなのね?」
と呟くとセドリックが慌てた様子で
「誤解だから!それはないから!」
と強く言う。
それを聞いて不満顔なミレーユが
「誤解って・・・?私は大人になったらセドリックのお嫁さんになるって決めてたのに!」
と頬と膨らませる。とても可愛い。
船長は焦りながら
「申し訳ありません。これはミレーユと言います。うちの娘なんですがお転婆で・・・。ほら、ちゃんと挨拶しろ!マルタン伯爵令嬢だ!」
とミレーユを叱りつける。
ミレーユは口をポカンと開けて
「伯爵令嬢・・・?なんでこんなところにいるの?」
と尋ねる。
「俺が一緒にクリスマスを過ごしたいからって招待したんだ!」
とセドリックが顔を赤くして叫んだ。
ミレーユは愕然とした表情で私とセドリックを交互に見る。
私が「初めまして」と笑顔で挨拶をすると、ミレーユは唇をワナワナと震わせながら
「・・・可愛いからって、貴族だからって、何でも思い通りになると思ったら大間違いなんだから!」
と叫んで走り去ってしまった。
呆然と後ろ姿を見送っていると、ジルベールが
「とりあえず船室で休みましょう」
と船員に案内をお願いしてくれた。
他のシモン家の人たちも船室に案内されて消えていったが、セドリックだけはミレーユを追いかけて行ったようだった。




