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悪役令嬢の素顔


その翌日。


驚いたことにクラリス・ルソー公爵令嬢が私の見舞いに現れた。


ノックの音がして返事をすると、鮮やかな緑の髪がおずおずとドアの隙間から顔を覗かせる。


「どうしたの?入って?」


と声を掛けると、再びおずおずと部屋に入ってきて私のベッドに近づく。


ベッド脇にある椅子に座るよう促すと素直に頷いて腰を下ろした。


顔を下に向けたままもじもじとドレスの端を握り締めている。


以前のあの勢いはどうしたんだろう?


「あの・・・怪我は・・・ない?」


と小さい声で訊かれて


「うん、大丈夫。怪我もないし、元気よ」


と答えると、初めてほっと溜息をついて顔を上げた。


「あの・・・私のせいで・・・本当にごめんなさい!」


と勢いよく頭を下げる。


「え・・・?なんであなたが謝るの?あなたのせいじゃないよね?」


「いえ、後でパトリック様に叱られました。スザンヌ様はあれくらいの連中は一人でもやっつけられるのに、邪魔をした挙句に人質になって足手まといになるなんて、と言われました。しかも、『逃げて!』って言って下さったのに、私は足がもつれて転んでしまって・・・。私のせいでスザンヌ様を危険な目に遭わせてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」


「・・・確かに逃げようとして転んだ時は『鈍くさい奴だな』と思ったよ」


と言うと、彼女は顔をカァー――っと赤くしてもう一度頭を下げる。


可愛いな。


その後クラリスは


「あ、それから、ハンカチをお借りしていたのにお返しするのが遅れて申し訳ありません。ありがとうございました」


と私が貸したハンカチを返してくれた。


綺麗に洗ってアイロンもかけてある。


なんだ。悪い子じゃないじゃん!


初対面の印象が悪すぎたけど、話してみたら良い子かもしれない。


「いいよ。そんなの謝る必要ないし。私のことはスズって呼んで。私もクラリスって呼んでいい? 」


と聞くと、嬉しそうに笑って頷いた。


黙っているとちょっときつく見えるけど、笑うと年相応になって可愛い。


「・・・スザンヌ様のことを魔女だとか誑かしているとか、酷いことを沢山言ってしまいました。良く知りもしないのに本当に申し訳・・・」


また謝ろうとするので


「ストップ!もういいから。謝るのはもう無しね。それからスズって呼んで」


と笑いかけた。


「私がパトリックを誑かしているって言うのはクラリスのお父さまが言ったのよね?」


と訊くとクラリスは気まずそうに頷く。


やっぱり、バチストか!


「お父さまは・・・その・・・とてもパトリック様に献身的に尽くしていて・・・パトリック様が突然うちの屋敷に来なくなったので、調べたらモロー公爵家に入り浸っていると聞いて・・・焦ってしまったのだと思いますわ」


「うちは全然呼んでないけどね」


「はい・・・そのようにパトリック様からもジェレミー様からも、恐れ多くも国王陛下からも言われました。色々と厳しいお言葉も賜りまして・・・」


クラリスはどんどん意気消沈していく。


「パトリック様はす、すす、スズ・・・と一緒に居るととても楽しそうなのです。こっそりマーケットでの様子を拝見しておりまして・・・私と一緒の時はあんな風に笑ったりしないから・・・その・・どんな風にしたらパトリック様のお心を惹きつけられるのか・・・アドバイスというか・・・」


声がどんどん小さくなって独り言のようになっていく。


「クラリスはパトリックが好きなのね?」


と単刀直入に聞いてみる。


クラリスの顔が真っ赤に染まる。首筋や手まで真っ赤だ。


消え入りそうな声で


「・・・はい。初めてお会いした時からお慕い申し上げております」


と告白するクラリスはとーーーーーっても可愛かった。


何でもクラリスは髪の毛の色が生まれつき変わっていて、常に劣等感を持っていたそうだ。


でも、パトリックは初めて会った時に「森の色みたいだ」と言ったんだって。


それで恋に落ちるって・・・単純?と思ったけど、恋に落ちる切っ掛けなんてそんなもんだよね。


恋する乙女はとにかく可愛い。


「パトリックは牧場での作業が珍しいんだと思う。家畜に餌をやったり、牛舎の掃除をしたり。初めての経験だから楽しいんだと思うよ。クラリスも一緒にやる?」


と聞いてみる。一緒に過ごす時間が多い方が良いよね。うん。


「牛舎の掃除・・・私に出来るかしら?」


「臭いし汚れるし大変だよ。相当の覚悟が必要だと思う。でも、私がちゃんと教えてあげる」


クラリスはしばらく自信なさそうに考えていたが、


「パトリック様と一緒に居られるんですよね」


と呟くと、覚悟を決めたように私の目を見ながらコクリと頷いた。


取りあえず、体力作りから初めてもらうから、と早朝のランニングを勧め、初心者向けのトレーニングのメニューを作ってあげた。


「真面目にやって体力をつけないと牧場でも迷惑になるからね。迷惑になったらすぐに追い出すよ。あと汚れてもいい動きやすい服装で来てね」


と伝えると、クラリスは両拳を握って気合を入れた後、笑顔で帰って行った。


根性と気合よ!頑張れ!クラリス!と心の中でエールを送る。




パトリックとジェレミーと騎士ズはその後も牧場に姿を見せるが、頻度は大分減って来た。


さすがにこれ以上公務を放棄する訳にはいかないらしい。


噂によるとクラリスは必死で体力作りをしているそうだ。


深窓のお嬢様が変わってしまったとルソー公爵邸では大騒ぎになっているみたいだけど、クラリスはパトリックと一緒に牧場で働くために頑張っている。


深窓の令嬢がそれだけ頑張れるのは、やっぱり恋のパワーだと思う。


恋する乙女は強いのだ。


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