ポーションの手解き
翌朝、一緒にトレーニングをして朝食を取った後、フランソワは本当に私にポーションのことを教えてくれた。
ポーションと一口に言っても、その効能は薬草によって千差万別で無限の可能性があると言う。
ポーションの一般的な使い方としては、病気や怪我に効能がある薬以外にも、体力回復、スタミナ(栄養剤)、身体強化、魔法強化などがある。
毒薬、解毒剤、惚れ薬、媚薬も頻繁に使用されるが、些かきな臭い分野での使用になる。
イレギュラーな分野としては、幸運のポーション、精霊のリキュール、呪いのポーション、呪いを解除するポーションなどがある。
私は『呪い』という言葉に敏感なので、
「呪いを解除するポーションが作れるなら、私が呪いに掛けられても心配することないんじゃない?」
と試しに聞いてみた。
フランソワは頭の後ろをボリボリ掻きながら
「あぁ、それはな。難しいんだ。呪いのポーションには強い魔力を持つ材料が必要なんだ。例えば、ドラゴンの鱗を使って呪いをかけるとする。その呪いを解呪するには呪いをかけるのに使用されたドラゴンの鱗が必要になるんだ。だから、お前が呪われた場合、その呪いの材料が何かを特定してそれを見つけないといけない。ほぼ不可能だと言っていい」
と答える。
そっか・・・。ちょっとがっかりした様子の私の頭をグリグリ撫でながら
「お前は俺達が守るから大丈夫だ」
とフランソワがニッと笑う。
「仮にドラゴンの鱗を使った呪いのポーションで呪われたとして、呪った人がドラゴンの鱗を粉々に砕いちゃったりしたら、永久に呪いは解けなくなるってことだね?」
と素朴な質問を投げかける。
「強力な魔力を借りて呪いをかけておいて、後で魔力の素になった材料を破壊するなんて恩知らずなことをしたら、呪いが呪術者に倍になって帰って来る。だから破壊するってことはないと思うけどな」
ふーん、そうなんだ。
「呪いって呪文とか呪術とか祈祷っぽいのを想像してたんだけど、ポーションでもあるんだね?」
というとフランソワは真面目な顔になった。
「確かにその通りだ。呪いはポーションでは一般的な使い方ではない。だから、イレギュラーな分野と言われる。呪いは神とか悪魔とかドラゴンとか圧倒的な力を持つ者の助けを借りて行われるので、そういった力を持つ存在の体の一部や霊力の一部をポーションに混ぜることで呪うことが可能になったと言われている」
「へぇ。面白いね。あと、さっき気になったんだけど、幸運のポーションなんてあるの?」
「ああ、呪いのポーションと対になるものだな。効能は正反対なんだが。作り方は似てるんだ。神とかドラゴンとか圧倒的な力を持つ者の体の一部や霊力の一部をポーションに混ぜると、その神力で幸運のポーションが出来るんだ。ただ、ものすごく少量しかできない。だから、薄めて長期間ほんの少しの幸運を持続させるか、短期間で大きな幸運を求めるか、選択しなくちゃいけない」
「そうなんだ。面白そうね」
「でも、呪いも幸運もまず材料が手に入らない。ドラゴンの鱗なんて一体どこにあるんだ?一応俺も師匠から作り方は習ったけど、実際作ったことは一度もない」
「確かに・・・。でも、私は呪いのポーションで呪われる可能性もあるんだよね?」
「まあな。祈祷とか呪文の方があり得そうだけど。でも、用心に越したことはない。だから、食べ物と飲み物には気をつけろ。お前は地面に落ちてるものでも口に入れそうだから心配だ」
「失礼ね!そこまで意地汚くないよ!」
と言うとフランソワは悪戯っぽく笑った。表情が少年っぽくって胸がきゅんとなる。
「でも、食べ物とか飲み物には気をつけるよ。ありがとう」
と真面目に御礼は言った。
「そうだな。呪いじゃないけど、俺は媚薬の入ったケーキを食べて操られた人間を実際に見たことがある。用心に越したことはない。まあ、俺はすぐに分かるから俺と一緒の時は大丈夫だ」
とフランソワは言い、その後基本的な薬草の種類や効能、紛らわしい薬草の見分け方などを丁寧に教えてくれた。
薬草園を作る時に役立ちそうな薬草も教えて貰ったので、今度マーケットに苗を買いに行きたいなと呟いたら、フランソワが
「俺もちょうど買いたいものがあったんだ。一緒に行こう」
と誘ってくれた。
デートだ!デートだ!と興奮して
「二人で!?」
と聞くと
「ジルベールは来るだろう?誰か他に連れて来てもいいぞ」
という素っ気ない答えが返って来た。
・・・く、くじけないぞ。ジルベールには護衛はいらないと伝えよう。
誰が何と言ってもデートにして見せる!
そして、マーケットの日。
私は精一杯のお洒落をして階段を降りて行った。
普段はろくに梳かしもしない髪は念入りにブラッシングして貰ったし、ハーフアップにした髪には薄青色のリボンを付けた。
同色のワンピースは歩きやすいようにシンプルなデザインだが、ところどころにアクセントとしてレースがあしらわれている。
でも・・・やっぱりまだ子供っぽいな、と悲しく自分の胸を見下ろす。
哀しいほどにぺったんこだ。これほど地面と垂直なものはあるだろうか?
フランソワからしたら10歳の子供なんて対象外だよなぁ・・・と思ったら溜息が出た。
いやいや、勝負は今じゃない!10年後の私を見てもらえるように頑張るのだ!
『その間にフランソワに恋人が出来なかったらね』という心の中の小さな声は完全に無視した。
お祖母さまとお祖父さまは私を見て可愛いと褒めそやす。
その時、フランソワが部屋から降りてきた。
フランソワは平民が着ているような白い綿のシャツにありふれたパンツを履いているのに、内心で悶えてしまうほどカッコいい。カジュアルな出で立ちも素敵・・・。
背が高くて姿勢がいいので、立ち姿だけでも美しい。更に薄金色の長い髪を無造作に緑色の紐で結っている。お母さまの色だ、とちょっと悲しかったけれど、似合っていることは間違いない。耳に付けている銀色のイヤーカフもシンプルで素敵だ。
蒼暗色の瞳は切れ長で長い睫毛が影を作っている。凛々しい眉毛に高い鼻梁。端整な顔貌にウットリ見惚れていると
「お前は着飾り過ぎじゃないか?」
という冷たい一言が降って来た。
・・・そうかな?と自分の服装を確認していると
「冗談だ」
と笑われた。
滅多に出ないフランソワの笑い声にお祖父さまとお祖母さまが呆気に取られた顔をしている。
今日はジルベールにも留守番をお願いしたので、二人っきりだ。
これは誰が何と言おうとデートなのだ!
二話連続で投稿しました。読んで頂いてありがとうございます!




