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初めての兄妹自由研究

 俺にとっては高校初、明日香にとっては人生初の夏休みも既に半分が過ぎ去っていた。しかし明日香にとっては人生初とは言ったものの、幽天子という存在である以上、人生と言っていいものかは悩むところだ。

 だけど普段の明日香は世間一般で認知されている幽霊の様な行動や素振りは見受けられず、普通に生きて生活をしている人間と何も変わるところはない。そんな明日香と出会ってから四ヶ月が過ぎたけど、まるで何年も一緒に居たかの様な錯覚さえ覚えるほどに、俺は明日香との生活に馴染んでいた。

 まだ陽射しがそれほど強くない朝の縁側、そこにはアサガオが植えられたプランターの様子を見ながらいそいそと観察日記を書いている明日香の姿がある。

 プランターですくすくと育っているアサガオには、伸びていくつるが垂れない様に絡みつかせる為の棒がいくつか土に挿し込んである。しかしこちらが予想していたよりもアサガオの成長が早く、挿し込んでいる棒ではそろそろ長さが足りなくなってきていた。


「順調に育ってるみたいだな」

「うん、蔓も結構伸びてきたから、そろそろアレをやり始めてもいい頃かも」

「そうだな、そろそろやってみるか!」

「うん!」


 俺達は急成長をするアサガオを前に、以前から計画していた事を実行に移そうとしていた。


× × × ×


「へえー、こういう店って始めて来たけど、結構品物が多いな」


 昼食後、俺は明日香と一緒に最寄り駅から一駅先にある園芸品専門店へ来ていた。

 広い店内は専門店らしく普段は見かける事がない様々な園芸専門の品にあふれていて、一見しただけでは使用用途の分からない物も多い。


「お兄ちゃん、どれを選べばいいと思う?」

「そうだなあ……これなんてどうだ?」

「んー、それだと網目が小さくないかな?」

「そっか、それじゃあこっちの方がいいか?」


 俺と明日香が計画していた事、それはグリーンカーテン育成計画だ。そしてこの計画を始めた切っ掛けは、明日香の夏休みの自由研究が切っ掛けだった。

 これは夏休みに入ってしばらくした頃の話だが、明日香がずっと何かを思い悩んでいた時があり、俺はその悩みを聞いてみた。すると明日香は『夏休みの自由研究で何を研究したらいいのか分からない』と打ち明けてくれた。それを聞いた俺は明日香にできそうな自由研究のネタを考えてはみたんだけど、大したネタも浮かばず明日香と一緒に悩んだ。

 明日香が通っている小学校は俺の母校だが、毎年夏休みには自由研究を科せられる。かく言う俺も、小学生の頃は毎年何を研究しようかと悩んでいたもんだ。

 そしてとりあえず俺がしてきた自由研究をいくつか言って聞かせる中で、明日香が強く興味を示したものがアサガオの成長観察だった。

 なぜ数ある自由研究のネタの中で明日香がそれに興味を示したのか、それは夏休みに入って見たテレビ番組でアサガオのグリーンカーテンを見たらしく、それを自分でやってみたいと思っていたからだと言っていた。

 俺は明日香のそんな思いを聞いて結構面白そうだなと思い、明日香に提案して一緒にアサガオのグリーンカーテンを作ってみないかと勧めてみた。するとその提案を聞いた明日香は『面白そう!』と言い、一緒にアサガオのグリーンカーテンを作る事になった。そしてこの計画を決めたその日の内に100円ショップでプランターをいくつか買い、商店街にある花屋さんでアサガオの種と肥料が混合された土を買ってから種蒔きをした。こうして一緒に種蒔きをしたアサガオのお世話を明日香が行い、今日に至ったわけだ。


「とりあえずネットはこれにしておくか」

「うん」


 こうして必要な道具を一つ一つ慎重に選び、俺達は店をあとにした。


× × × ×


「ああー、結構疲れたな」

「お外暑かったもんね」


 お店で結構長めの棒などを購入した事もあり、帰り道は結構大変だった。誰かに当たったりしない様に明日香には俺の後方で棒の先を持ってもらい、帰りの電車内でも細心の注意を払って道具を運んだ。

 そして自宅に着いてすぐに縁側へ道具を置いて来た俺達は、冷蔵庫でよく冷えた麦茶とコップを持ってリビングのソファへ腰を下ろした。俺はコップに注いだ麦茶をゴクゴクと飲みながら、猫の小雪の為につけっぱなしにしていたエアコンの温度をリモコンを使って下げ始めた。


「あ~、涼しいね~、お兄ちゃん」

「まったくだな~」

「うにゃ~」


 真夏の陽射しは想像以上に厳しく、汗を吸って肌にまとわり付いていたTシャツに当たるエアコンの涼しい風がとても心地良い。

 そして家でお留守番をしていた小雪も涼しいエアコンの風に当たりながら、俺達と同じ様に間延びした声を出した。しかしこんな状態でずっとエアコンの風に当たっていると、間違い無く風邪をひいてしまう。


「明日香、とりあえず服を着替えて来よう、このままだと風邪ひくから」

「うん、それじゃあお部屋で着替えて来るね」

「このあとまだ作業があるから、動きやすい格好にするんだぞ?」

「はーい」


 明日香はリビングを出て自室のある二階へと向かって行く。

 そして俺は空になったコップにもう一度麦茶を注ぎ、それをグイッと飲み干してから部屋へと向かった。


「――お兄ちゃーん! もう少しこっち側に寄せてー!」

「分かったー!」


 着替えと休憩を終えたあと、俺は明日香と一緒にグリーンカーテンを作る為の作業を開始した。お互いにこういった作業は初めての経験という事もあり、試行錯誤を繰り返しながらあーでもないこーでもないと、炎天下の中で作業を進めている。


「あれ~? 面白そうな事をしてるね、何してるの?」


 一階の縁側から二階のベランダに向けて立て掛けていた八メートルほどの棒を、二階のベランダからハンマーで地面に打ち付けていた時、サクラがいつもの呑気な声を上げながら俺のところへやって来た。


「グリーンカーテンを作ってるんだよ」

「グリーンカーテン?」


「簡単に説明すると、植物のつたとかつるをネットなんかに巻き付かせて作る天然のカーテンの事だ。世界中でエコを叫んでいる今の時代にはおあつらえ向きな物だよ」


 簡単に説明をすると、サクラは『へえ~』と言いながら興味津々な感じで作業を見つめ始めた。

 そして俺はそんなサクラをたまに横目で見つつ、せっせと作業を進めていった。


「明日香ー! 下ろしたネットの両端を紐でしっかりと結んでくれー!」

「分かったー!」


 二階から棒を地面に打ち付けたあと、俺は二階まで運んでいたネットを下に向けて垂らし、それを紐できつく棒に結びつけて固定する作業をしていた。


「あそこは脚立でも持って来ないと無理かな……」


 そして作業の最中、ちょうどネットの中心部分に位置する場所が高さ的に紐で固定するのが難しく、少し強い風が吹いただけでネットがそこを中心に持ち上がる様な感じになる事に気付いた。


「これで完成なの? 涼太君」


 その時、俺は隣で飛んでいるサクラを見ていい事を思いついた。


「サクラさーん、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」


 俺は適度な長さに切った紐を持ってゆっくりとサクラに近寄った。


「もうっ! 何で私がこんな事しなきゃいけないのよー!」

「そう言うなよサクラ、あっ、そこからもう少し上を縛ってくれ」


 サクラは文句を言いつつ、持たせた紐で指定した場所のネットを固定して行く。


「涼太君! あとから羽凝りマッサージ一時間コースだからねっ!」

「分かった分かった」


 紐でネットを固定しながらご立腹のサクラをなだめる為、俺は仕方なくその要求を受け入れる。

 それから間もなくグリーンカーテンの下地が出来上がり、俺と明日香はアサガオが植えられているプランターを張ったネットのすぐ下へと移動させた。


「お兄ちゃん、いつ頃グリーンカーテンは完成するかな?」

「そうだな、少なくとも完全なグリーンカーテンになるのは夏休み中には無理かもな」


 いくらアサガオの成長が早いとはいえ、残り二週間程度で青々としたグリーンカーテンができるのは難しいだろう。


「そうなんだ、残念だなあ……」

「まあ、せっかくここまでやったんだし、しっかり観察するんだぞ?」

「うん!」


× × × ×


「お兄ちゃーん!」


 翌日の早朝、明日香が慌てた様子で俺の部屋へ飛び込んで来た。


「ふあ~っ、何だ明日香? どうした?」

「大変なのっ! 一緒に来て!」


 明日香は部屋に入って来るなり寝ぼけまなこの俺の腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。そして俺はそんな明日香に引っ張られ、一階へと下りて行った。


「なっ、何じゃこりゃ!?」


 昨日作ったグリーンカーテン用のネットにアサガオのつるがびっしりと絡まっていて、見事なまでのグリーンカーテンを形成していた。確かにアサガオは成長の早い植物だけど、一日でこんなに成長するなんて事はない。だが俺には、こういう事を可能にできるだろう人物に一人だけ心当たりがあった。


「サクラ――――ッ!」

「はいはーい♪ 涼太君呼んだ~?」

「サクラ、これはいったい何だ?」


 俺の呼び掛けにすぐさま姿を現したサクラを見ながら、俺は見事に完成しているグリーンカーテンを指差した。


「あっ、凄いでしょ~♪ 頑張って育てたんだからっ♪」

「アホかお前はっ!」


 俺はサクラに対しこのグリーンカーテンを育てて観察するのが明日香の夏休みの自由研究課題だった事を話した。


「そ、そうだったんだ、ごめんね明日香、昨日残念そうにしてたから、早く育ててあげようと思って……」

「ううん、気にしないでいいよ。ありがとね、サクラ」


 明日香は小雪を抱き抱えながら、にこっと笑顔でそう答えた。


「サクラ――」

「りょ、涼太君! 悪気はなかったのっ! だから洗濯ばさみ一日干しの刑だけは勘弁してっ!」


 ――人の話は最後まで聞けよ、それにお前、それをやってもいつの間にか抜け出してるじゃないか。


「そんな事しないって、別に悪意があってやった訳じゃないのは分かったし」


 サクラはその言葉に大きく頭を縦に振った。


「でもまあ、これからは黙ってこういう事をしない様にしてくれよ?」

「了解でありますっ!」


 ――まったく、ホントに調子のいい奴だな。


 このあと三人と一匹で完成してしまったグリーンカーテンがある縁側で冷やしたスイカを食べつつ、明日香の自由研究の課題をどうしようかと話し合った。

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