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第三十話:三英雄

「さて、今日の授業は──タイムリーな話になるが、礼を欠かぬようにと言うこともある。三界戦争の英雄『勇者フレア』について語っておこうか」


 ヴァレンスが私にさりげなく視線を送ってきていることに気がついて、私は霧散していた意識をかき集めた。

 いかんいかん、上の空になっていたか。

 ヴァレンスの視線の意味は──私の機嫌を伺っているのだろう。

 勇者フレアを師匠に持つ存在の若鳳杯参加は同時に勇者フレアのセントコート来校を意味している。

 私と──彼女の関係は奴も知っていたはずだ。故にその情報はまだ秘匿すべき存在だったはず。その情報をガーディフに解禁されて、今に至るということか。

 大丈夫とは聞かされているが心配……と言ったところだろうな。

 送られる視線にひらひらと手を降ると、ヴァレンスは表情を変えないまま小さく息を吐いた。


「『若鳳杯』では様々な学園からこのセントコートに参加者たちが集まってくる。であれば当然、その学園からも監督者の先生方が訪れたりするが──今日はセントコートに来られる学園のうち一つ、『セレスタス魔術学園』で名誉講師をされている『フレア=バルビエ』氏についてお前達に教えておこう」


 安心したのだろう、ヴァレンスはいつもの様に淡々と、しかしよく通る声で講義を開始する。


「お前達も存じているだろうと思うが、彼女が活躍したのはやはり三界戦争の時代だ。彼女は三界戦争においても非常に重要な、キーパーソンとも言える存在と言っていいだろう」


 授業に耳を傾けてみれば、これはこれで興味がある。

 彼女の事はよく知っているつもりだが、周りの者達から見た彼女はどのようなものなのだろうか。


「さて、まず三界戦争は人間界が魔界に侵攻されることで始まった戦争なのだが、ここに天界が介入する原因となったのが、フレア=バルビエと言っても良いだろう。いや、あるいは彼女の存在そのものが天界の介入そのものと言っても良い」


 当時を思い出す様に、ヴァレンスは視線を上げ、目を瞑る。


「当時、人間にとって天界とは信仰の対象になるような、上位者としての存在として認識されていた。三界戦争よりも前の天界は、人間界よりも進んだ技術と魔術を持っており、天界はそれらの知識や倫理・文化の一部を人間界に『啓示』として通信で伝達していたそうだ。そのため昔の人々は天界を、自分たちを導くスピリチュアルな存在として扱っていた。しかしこれらは、人間界の価値観を操作し、平和裏に人間界を支配する計画だったわけだが──この事が知られることはなく、三界戦争以前は彼らはまだ信仰の対象として扱われていた」


 ヴァレンスが語るのは三界戦争よりも前の昔のことだ。

 今でこそ天界は『昔戦争していた、別次元にある世界』という認識が知られているが、昔はある種死後の世界のような、実在するかわからないモノとして捉えられていた。

 交信を持って文化の発展に寄与する存在だ、そういったイメージも納得は出来る。


「だが計画の途中、人間界と魔界は戦争を始める。魔界による侵略戦争だ。天界側としては侵略の計画を邪魔されたことになるな。しかし奴らは焦らず、計画を推し進めることにした。無作為に選んだ人間の子供に『祝福』という名目で様々な魔術を施し、圧倒的な力と不老、そして美しさまでも併せ持った『聖女』という存在を生み出したのだ。この少女こそ、当時のフレア=バルビエ。神の啓示を受け人々を導くために生まれた存在、『聖女フレア』と当時は呼ばれていた」


 人間界の侵略計画の一つとして生み出された少女。それがフレア=バルビエ。

 聖女という名前も今や懐かしい。

 だが今伝わる名は『勇者フレア』だ。そしてそれこそが、彼女という存在を象徴するエピソードでもある。


「天界側の計画としては魔族と戦わせることで『聖女』の力を示し、人々の信仰を集め、その聖女を天界に恭順させることで文化的な侵略を一気に推し進めようとしていたらしい。だが──そうはならなかった。聖女フレアはある日を堺に『聖女』ではなく一人の人間として考えを持ち、歩み始めた。だが戦いは続けた。飽くまでも一人の人間として平和を望み、平和となった世界を歩むことを願ったのだ。しかし天界はそれを許さず、実力行使での侵略戦争を始めた……そう、ある意味では『三界戦争』というものはフレア=バルビエを巡って巻き起こったと言っても良いかもしれないな」


 黒板にいくつかの円を書きながら、各勢力の関わりを示すヴァレンス。

 本来ならば、天界の道具として扱われるはずだった存在、聖女フレア。それが自らの意思で天界に反旗を翻し、人間の自由意志、選択する事を示す立場となった。勇者という異名は、そういった勇ある行動から来ているものなのだ。


「へえー……そんな人だったんだ」

「そんなすごい人が、ウチの学校に来るのね」


 生徒達はヴァレンスの話に聞き入っている。

 『勇者フレア』の話はその響きからも分かる通り、子供から歴史好きの大人まで幅広い支持を集める逸話だ。

 三界戦争より防人として人の世の平和を守り続けるガーディフと並び、まさしく英雄という存在だから多感な子供たちには魅力的な話に映ることだろう。

 ……まあ、実物の人物を知っている私としては言いたいこともあるが、やったことを箇条書きにするのならばヴァレンスの説明は正確だ。


「そういうわけで、我々はその様な人物を迎えるわけだ。決して失礼の無いよう行動しろよ、お前たち」

「はいっ!」


 ともあれ、ヴァレンスのおかげもあってすっかりと『勇者フレア』は子供たちの心を掴んだようだ。

 先程まで『今日は魔術の授業じゃないのか』と退屈の混じっていた視線も、そのほとんどが輝きに満ちていた。


「でもこれで三界戦争の英雄が二人もこの学園に集うんですね」

「それが毎年の事だろ? やっぱセントコートってすげー!」


 ざわざわと興奮に満ちる教室。授業中ということも忘れてはしゃぐ生徒達だが、ヴァレンスはそれを咎めない。

 むしろ得意げな笑みを浮かべてさえいる辺り、スカしている態度ながらもこの学園のことが大好きなのだと物語っている。

 三界戦争を生き残った魔族と言うからにはそれなりに破天荒な過去を持っていたと思うのだが、丸くなったものだ。


「けど、どうせなら最後の一人もいればマジで伝説! ってカンジなのにな~」

「最後の一人ってテオ=イルヴラム?」


 胸まで逸らさんばかりに満足げだったヴァレンス。だが三界戦争最後の一人──私の名前が出ると、時まで凍りついたかのように動きが止まる。

 だが興奮した生徒達はヴァレンスに気づく様子もなく続ける。


「そうそう! この人だけ今何してるかわかんないって話だろ? そんな人が何百年ぶりに姿を現したってなったらマジ大事件じゃん!」

「三百年ぶりにセントコートで三英雄が集合みたいな? 確かにアツいかも!」


 しかし生徒達の会話が白熱してくると、凍りついたヴァレンスも動き始める。

 ぴくりと眉が動き始め、弧を描いていた口は犬歯を剥き出しに。

 怒りの相を形作る。


「馬鹿者! 授業中だぞ! 雑談ならば休み時間にでもすればよかろう!」

「はっ、はい! スイマセン!」


 いや──なんとなく私にも表情の読み方がわかってきたな。あれは焦りの表情だ。

 ……ヴァレンスの視線が露骨に私を意識しているからこそわかったのかもしれないが。

 世の扱われ方を見れば、確かにテオ=イルヴラムの出現はちょっとした報せになるだろう。それが三百年ぶりに三英雄が一堂に会するとなれば尚更だ。

 ヴァレンス──いや、学園関係者からすればそんな大事件だからこそ面倒でしか無いはずだ。

 学生達にノセられて私が変な気を起こすのは防ぎたいだろう。


「まったく……こんな調子で来賓の方々に失礼を働くなよお前達! お前達の姿はすなわち学園の姿と映ると知れ!」


 ヴァレンスが一喝すると、生徒達は威勢のよい返事をひとつ残して口をつぐんだ。


「ふん、まったく……」


 生粋の明るさからか調子はよいが、その明るさもまた優秀さに依る自信から来ているもの。言われた事を正しく実行するからこそ、ヴァレンスも生徒達を気に入っているのだろう。

 呆れを口にしつつも、その表情は悪くない、と物語っていた。


 ◆



「ふう……購買は相変わらずすごい人気でしたね」

「あの喧騒は少々煩わしく感じるな。賑やかとも言えるが、あまり好ましいものでもない」


 午前の授業も終わり、昼食の時間。

 私とアリエッタは気まぐれから食堂ではなく、購買で買ったものを外で食べようと、学園の庭の一画へと足を運んでいた。

 結論から言えば、これは彼女が望まない限りはあまり取りたくない選択肢だと言えるだろう。

 購買で何かを買って外で食べるというスタイルは生徒達の間で人気らしく、購買前は戦争もかくやという勢いであった。

 自由に片付けられるぶん『三界戦争』の方が幾分か楽だった──などと考えるのは、先程の授業の影響だろうか。


「ふふ、でも学食と違って、静かに食事が出来るのは良いですね。木漏れ日に爽やかな風。とても清涼感があります」

「ああ……確かに。何気なく眼を止めるくらいだった場所でも、腰を下ろすとこうも違うものか」


 ……前言撤回。辛苦にはそれに見合うだけの報酬があるというものか。

 木漏れ日に輝くアリエッタの銀髪が風に揺れると、苦労にも意味があったのだと実感させられる。

 なんと穏やかな時間だろうか。たまにはこんなのも悪くはない。

 思わずその光景に見惚れると、困った表情を浮かべながらもはにかむアリエッタがまた愛くるしい。


「さ、頂いてしまいましょう。午後の授業もありますし」

「そうだな」


 だがずっと見惚れるわけにもいかない。まじまじと見られていてはアリエッタも食事を摂りづらいだろうし、邪魔になるのは本意ではない。

 購買のサンドイッチは──正直に言って今一つな味だ。不味いわけではなくとも、特色もない、手がかけられているわけでもないシンプルな味。

 それでも外で食べる開放感があると、これがなかなか悪くない。

 不思議なものだ。構成する物質以上の情報が込められているとは。料理とは過程と結果がイコールになるものでもないらしい。

 小さな口で啄むようにサンドイッチを食べるアリエッタ。その笑顔を見ると、彼女もまた味以上の何かを感じてくれているように思う。


「それにしても……先程の授業は興味深かったです。三界戦争の英雄、フレア様。与えられた使命、運命を否定して自分の道を歩むなんて素敵なお話ですね」

「む」


 そんな穏やかな時間だったが、ふとした拍子に上がった話題にはわずかに動きを止めてしまった。

 確かにヴァレンスの話だけではそういった印象も受けるか。というか、これから来賓として失礼の無いよう迎えるための授業だ。それは悪い印象も受けないだろうと思う。


「うーむ……」

「あ、あれ……? どうしたんですか、先生?」


 しかし奴はそれほど立派な人物でもないと言うか……

 運命の否定、支配への反逆、自由を選ぶ意思。奴の選択は立派だと持ち上げられてはいるが、どうにも高尚に扱われ過ぎていると言うか。

 アレを目指すと言われると困る。間違いは早いうちに否定しておきたいが──

 などと、悩んでいると砂を擦る靴の音。堂々と踏み出した足を止める力強い音が目の前に響く。


「……テオ様」

「む……?」


 顔を上げれば、そこには、二人の女性。その姿をみとめると、ぐっと息が詰まった。

 歓喜の朱に染まった蕩ける様な笑顔。灼熱の焔が靡く様な、紅炎の長髪。

 その姿には見覚えがあった。先程強烈に想起させられたばかりだったから。


「お会いしたかったですよ~っ! お久しぶりです!」

「くっ、つ……! ええい、抱きつくな鬱陶しい! 何故ここにいる、フレア=バルビエ!」


 その女性、人間界の三英雄『勇者フレア』と呼ばれる女性は、名を呼ぶなり私に抱きついてきた。

 もはや放すまいと木を圧し砕く勢いでの締め付けは、ただただ暑苦しいの一言だ。

 くそ、やはり此奴、何も変わっていない。


「ふ、フレア=バルビエ? ということは、先生、まさか……」

「あら? 此方の子は……」

「くっ」


 少々無理矢理に力を込めて振りほどくと、フレアはあっさりと私を解き放った。

 一旦フレアの方は置いて、アリエッタへと向き直る。


「名前から既に気づいているだろうが……その通り、これが『勇者フレア』だ」

「驚かせちゃいました? いまご紹介に預かった勇者フレアこと、フレア=バルビエです♪」


 どう見積もっても二十歳かそこらの──三百年前の英雄は、肘に手を添え、顎に指をかけながら首をかしげるというなんともあざとい姿で、愉快そうに言い放った。

 アリエッタはフレアと名乗る女性に指を指しながら、震え──


「え、ええええっ……!?」


 言葉にならぬ困惑をただ、吐き出すのだった。



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