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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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7.神父辺境訪問記(三)

 神父様が来た日の夜。ふと何かを感じて目を覚ます。眠気がまったく残らない、不自然な目覚め。どこか感覚が研ぎ澄まされるのを感じて、予感を感じて、寝室の傍らにある鏡台へと視線を移す。――鏡台の上に置かれた、この数ヶ月間、いつも身につけているネックレス。そこに取り付けられた地精石から、光が踊り遊ぶのを久しぶりに見る。


――強い精霊使い(にんげん)がいる。


 私が起きて意識を向けるのを待っていたかのように話しかけてくるスヤァ。彼によって感覚が研ぎ澄まされるのを感じる。今まで頑なに「スヤァ」という寝言以外返してこなかった私の精霊。その力に意識を傾け、壁の向こう、今まで感じることができなかった「何か」を感じとる。


――あの男が精霊を使()()している


 スヤァから流れてくる言葉に、流れてくる知識に、そっと頷く。精霊との「対話」ではない、「使役」という力の形。形のない者と対話するのではなく、形を成して命令し操る力。その力を、スヤァを通して感じとる。


 空を舞う巨大な鳶、猛禽の形をした、実態を伴うほどに濃厚な精霊の力。

 この屋敷の中から漏れ出る、神父の形をした力。

 空を舞う力と屋敷の力は結びつき、互いに感覚を共有してると直感する。


……アレ、普通に壁越えできるわよね。列車になんて乗らなくても。そんなことをふと思う。と、その思考に答えるように頷くようなスヤァの気配。どこにでもいけるだろう。アレは、あらゆる場所に行き、生きる。そういう力だと、彼が語りかけてくる。


 と、そんな私たちに、話しかけてくるもう一人の精霊。


(あー、もしかして起きてるかなぁ)

(ええ、見ての通り……と言っていいのかはわからないけど、起きてるわ)


 突然話しかけてきた、風の精霊オットトに返事をする。どうやら、エフィムも起きているみたい。言葉を送れそうねと直感的に思ってから、あれ、なんでそんなことができるんだろうと少し考える。


(それは、ミラナとスヤァがなじんできたからだね)


 オットトを通して伝わってくるエフィムの言葉。それは便利なのかどうなのかと、そう思ったところで、オットトを通して伝わってくる楽しげな感情。便利かどうかは置いておいて面倒ねと思ったところで、やや姿勢を改めて、エフィムが語る。


(あれは教会の教義が生んだ旅人の象徴、「渡り鳥」の精霊だよ。自然ではなく人の在り方を(かたど)った精霊。特定の精霊を信仰せずに人と自然を同列に置く神の教会だからこそ生まれた、人を象徴する精霊だ)


 その言葉に、少し考える。今日まで、神父様にそんな力があるなんてことは知らなかった。きっと、その力を行使しないとわからない類の力なんだろう。つまり、普通に接しているだけではわからないということで……


(あんなのが、「神の教会」にはたくさんいるの?)

(まさか。精霊使いなんてほとんどいないよ。少なくとも、帝国に派遣されている教会関係者では彼一人のはずだ)


 そのエフィムの言葉に、少しホッとする。別に、あの力が怖いとか、そんなことを思うわけじゃない。それでも……


(そうね、あんな力があれば、壁だろうが氷の大河だろうが、悠々こえられそうだしね)


……それでもきっと、私の常識は音を立てて崩れおちることにはなると思うから。


  ◇


「……と、いうことが、昨晩あったのよ」


 翌朝、私の執務室、いつもの朝の報告の時間。ドミートリを始めとした昨晩起こったことを皆に話す。


「……つまり、だ。あの神父サマは、その『渡り鳥の精霊』とやらで、この街を見張ってたと、そんな話ですか」


 ドミートリの感想に、皆が頷く。そんな、ここにいる皆を代表するかのような言葉に、少し考える。……今のところ神父様は、たった一晩、それもほんのわずかな時間、上空から街を眺めていただけ。精霊の目を通して見る景色は単純な景色とは違うかもしれないけど、見張ってたというのも少し違う気がする。


 と、そんなことを思っていたところで、若い衆の一人が気軽な口調で聞いてくる。


「で、それ、俺たちの仕事に関係あるんスか?」

「……特に無いわね。というか、影響させないでくれた方がいいわ。隠すこともないと思うけ」

「了解っす。じゃあ、エフィムのダンナや兄弟(どうりょう)たちに聞かれたらそのまま答えて、あとは普通に仕事すればいいっスね」

「ええ、それでいいわ」


 別に私たちがどうこうしないといけない話でもないし、自然体で対応すればいい。そう結論付けて、最後に一言だけ付け加える。


「ただ、悪いけどドミートリは今日一日借りるわ。用があるのなら今のうちに済ませておいて」


 そんな私の言葉に、若い衆が即答する。


「大丈夫っすよ。最近は現場の手伝いばっかですし、一日くらいアニキがいなくても」


 だから、今すぐ行っても大丈夫っすいう声に頷く一同。そんな雰囲気に、半ば追い立てられるように、私とプリィとドミートリの三人は、執務室を後にした。


  ◇


 そうして、少し早めに玄関ホールへと行って。そこで、思いもよらない顔を見ることになる。そこには、いつもと変わらぬ様子の神父様がいて……


「おう、嬢ちゃん。――つうか、なんなんだ、この話の通じねぇカタコト小太り野郎は」


 その神父様の隣には、少し不機嫌そうな顔をしたピリヴァヴォーレが、私たちが来るのを待っていたかのように話しかけてきた。


  ◇


「ジツはキノウ、ソラからこのマチをナガメヨウ思ったのデスが、ウマくいかなくてデスネ。で、今朝、この方に『勝手してんじゃねぇよ』と言われてしまいました。かわったアイサツ、デスネ」

「挨拶じゃねぇっつってるだろ。つうか、もう少し態度をだな……」

「ダッテ、ワタシでは、アレ、どうにもデキません。なにもデキないのにハンセイ、必要ないオモイマス」

「……とまあ、朝からこんな感じでね。神父様との会話、はたから見てると興味深いもんだね」


 来てそうそう、ピリヴァヴォーレとやりあう神父様。その様子をエフィムは、苦笑まじりに評する。なんでも、朝一番にピリヴァヴォーレがやってきて、開口一番「昨日精霊を使った奴に、親父から伝言だ」と、神父様に面会を求めたらしい。


……が、当の神父様は飄々として隠そうともせず、しかも「ソチラもスゴイですネ、ナニも見えませんデシタ」と、あっさり負けを認めて褒めちぎったせいで、ピリヴァヴォーレの方が毒気を抜かれたと、そんな感じらしい。


「見えませんでしたって……」

「何か、この街一帯だけ、もやがかかったように視界がさえぎられてたらしい。精霊の目を防ぐような何かがあるんだと思う。この口ぶりだと、組織がなんかしたんだろうね」


 と、エフィムとそんな話をしたところで、ピリヴァヴォーレが横から口を挟んでくる。


「そりゃあ、俺たちだって無防備じゃねぇって話だ。で、ちょっくら釘をさしに来たんだが、このカタコト小太り野郎がな……」


……つまり、昨日神父様は「渡り鳥の精霊」を使ってこの街を見ようとして、それを組織が阻止した。で、ピリヴァヴォーレがそのことを警告しにきたんだけど、そこは神父様がうまく躱したと、そんな感じかしら?


「で、組織の人が来たのならちょうどいい、『路地裏の小部屋』という場所に案内してくれないかと、神父様がそんなことを言い始めたと。で、ミラナたちが来るのを待っていたところさ」


  ◇


 なんでも、神父様はいつのまにか、ここの人たちとそれなりに話をしていたらしい。で、そこで出てきた「路地裏の小部屋」という言葉に興味を覚えたと。


――路地裏部屋。この街のいたるところにある、貧しい人たちが住む共同住宅。普通の人は近づかないし、そこの住民とも接点はないんだけど、上手くいけば好条件で雇える人材がまぎれていることもある。現に、ウチも一人雇っている。


「そういう場所にいくのは危ないという認識は神父様にもあって、直接行くつもりはなかったらしいんだけど。ピリヴァヴォーレさんがきて、組織の人間が一緒なら行っても大丈夫なんじゃないかって神父様が言い出してね」


 始めはピリヴァヴォーレも「ふざけんな、何でそんなところに案内しないといけねぇんだ」と言っていたんだけど、神父様と話をする内に気が変わったみたいでね。


……どうも、エフィムの口調からして、神父様の持つ情報は侮れないとピリヴァヴォーレは思ったみたい。で、恩を売っておくのも悪くないと、そう考え直したらしい。実際、組織の人間、それもピリヴァヴォーレクラスの人間が同行すれば安全なのも間違いない。で、


「まあ、案内だけなら俺よりも詳しいのがいるから、そいつにさせればいい話だしな」


 そう言われたとき、ドミートリは、何ともいえない表情を浮かべていた。


  ◇


 そうして、路地裏部屋に行くことが決まって。大通りから中にはいった、入り組んだ場所に建つ一軒の家に案内される。外見上はなんてことはない、やや大きめな家。


……私も「路地裏部屋」を実際に見るのは始めてだけど、ぱっと見は普通の家ね。


「ここが、その大部屋小部屋だ。……おい、ちょっとここの仕切り呼んでこい」

「あーはいはい、呼んできますよー」


 そういって、その「路地裏部屋」に入っていくドミートリ。しばらくして、その「仕切り」であろう、薄汚い格好をした男と一緒に出てくる。ピリヴァヴォーレを交えて少し言葉を交わして、今度はドミートリと仕切りの男、神父様の三人が建物の中へと入っていく。


 そうして、エフィムやピリヴァヴォーレと共に取り残されたところで、エフィムが誰にともなくつぶやく。


「何ですか? ここ」

「何ですかって、見りゃわかんだろ。てめぇ等のいう『貧民窟(スラム)』だよ」


 ピリヴァヴォーレは言う。どんな場所にも、人が住みたがらない場所はある。日当たりが悪い場所、水はけが悪い場所、半端な形をした土地と理由はさまざま。だけど、そういう場所に、貧しい人が集まるのはどこも同じ。で、似たような人間が集まれば、似たような形になる。


 個人で部屋を借りることができず、一つの建物を共同で借りる。そうして、大きな部屋には何十人とつめこんで、小さな部屋は仕切りでさらに小さく区切って複数人で共有する、「大部屋」と「小部屋」ができあがる。


 大部屋には、男も女も入り乱れて十人、二十人と詰め込む。小部屋はいくぶんかマシだけど、それでも一つの部屋を二、三家族で共有する。そうして、燃料代から雪かきまで、生きるのに必要な金や労力を極限まで削る。で、その管理をしているのがさっきの「仕切り」。


 組織は仕切りを通して、路地裏部屋の住人に、雪かきやゴミあつめのような簡単な仕事をさせる。その報酬として、小金とそれなりの量の黒パンを与える。


「この街には、クソみたいに人手がいるからな。中には誰もやりたがらねぇ、金にもなんねぇ、そんな仕事だってある。そういうのでかろうじて食いつないでるのがここに住む奴らって話だ」


 雪もゴミも、本当に必要ならそこに住んでる奴らが勝手にどうにかするし、金にもなる。だが、こんな路地裏に積もる雪なんて、放っておいても誰も困らねぇ。こんな場所に住む奴なんざろくでもねぇ、いっそ埋もれてしまった方がいいなんて奴もいるくらいだ。……だが、そんなことを言ったところで、まともな場所には住めねぇ奴はどこまでも湧いてくる。そういう奴から場所を奪って、どっかに集まられでもしたら厄介極まりねぇ。そいつは結局、俺たちの首を締めることになるってのが親父の考え方でな。まあ、俺も同感だな。だから、最低限の仕事と食い物をくれてやってると、そんな感じだなと、そんなピリヴァヴォーレの説明に、うんうんと頷くエフィム。そんな彼らの話を聞きながら、路地裏部屋を見る。


 もう記憶にない昔、どこかの誰かが大部屋に帝国製のクスリを持ち込んで。たった一回ケムリにして吸い込んだだけで組織にバレて、掟を破ったと問答無用で粛清されて。その中にいた年端もいかない一人の少女が、たまたまマムの眼鏡にかなってその粛清をまのがれる。


 やがてその少女は娼婦になって、その娼婦からも足を洗って。今では、自分はここの住人たちとは違うと自然に考えるようになって。こういうのを数奇というのかしらと、とりとめもなく思い浮かべていた。

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