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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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4.マム騒動(3)

「……二人で四十万ツァーリプードだと、一月弱というところですか」


 グロウ・ゴラッドの近くの駅で。通信機の向こうから届いた「四十万ツァーリプードが無くなるまではここに泊まる」というマムの言葉に、頭の中で計算をしていたのだろう、少しだけ間を置いてから、エフィムが返事をする。


……旅先で一月近く滞在できるだけの金銭って結構な額よね。そう感じて、同じように隣で聞いていたスヴェトラーナに、小声で聞いてみる。


「(四十万ツァーリプードって、どのくらい?)」

「(そうですわね、こちらの通貨だと確か……130ルナストゥくらいになるはずですわ)」

「(やっぱり、ちょっとした額ね……)」


 その「平均的な一月分の月収を超える額」に納得して頷く。――もっとも、そんな額の帝国通貨をどうやって手に入れたのかは謎だけど。


「(130ルナストゥで一月過ごせますか?)」

「(神父様の教会ならできますわ。あそこは、毎朝パンとミルクが付いて一泊三千ツァーリプード、だいたい1ルナストゥですから)」


 普通に過ごすのならともかく、旅先で滞在するには130ルナストゥだと少し厳しい気がする。そう思って聞いてみたんだけど、返ってきたのはなかなかにお値打ちな言葉。……と、同じように感じたのだろう、小声でプリィが割り込んでくる。


「(……それは、なかなかにお得ですね)」

「(ミラナならさらにお得ですよ。なにせ、『教会認定の伝精者』ですから)」


 スヴェトラーナからもたらされた、さらなるお値打ちな情報。その言葉に、機会があったら一度は泊まってみてもいいかしらなんて思っていたところで、プリィが首を傾げる。


「(でも、神父様、なんで連絡してきたのでしょうか)」


 プリィのもっともな疑問に、なんとなくだけど思う。……マムが帝国に行った理由はわからなくはない。私にプリィをつけるくらいには、マムはエフィムたちに興味津々。当然、帝国との商売にも乗り気で、機会があれば参加するつもりなのは間違いない。でも、あの人は、常に複数から情報を仕入れて裏を取る人だ。私やプリィから得られた情報だけで動くとは思えない。


――今回の旅行が「ただの下見」なのか「もっと踏み込んだ何か」なのかはわからない。けど、「私たち以外の視点の」帝国を求めてあそこまで行ったのは多分、間違いじゃないだろう。


 と、そんなことを考えていたところで、何か思うところがあったのか、スヴェトラーナがプリィに小声で答える。


「(そうですわね。決断力のある方のようですし、なんとなくわかる気がしますわ)」


 スヴェトラーナの言葉に頷きなからも思う。確かにある意味、とてもマムらしい行動のように思える。けど、何か違うというか、ひっかかる所があるのも事実。……そうね、例えば「四十万ツァーリプード」とか。その辺り、機会があったらはっきりさせようと、そんなことを思った。


  ◇


 そんな私たちのひそひそ話をよそに、エフィムとマムは会話を続ける。


「残念だけどね。こっちで買いたい物もあるし、あとは帰りのこともある。一ヶ月も滞在するのは難しいだろうね」

「……帰路も、鈍行で帰るつもりですか?」

「そりゃあ、他に手段もないからね。――しかし、本当に広いねぇ、帝国は。国境の壁からこの教会まで四日間、その広さをつくづく実感したよ」

「鈍行でそこまで行けば、時間はかかりますよ。ちょっとした酔狂だと、僕は思いますよ」

「そうだねぇ。アタイも、今回はちょっと酔狂が過ぎた気がするね。次ん時はもう少し考えるよ」


 帝国の広さを実感したと楽しげに話すマムに、やや呆れたエフィムの言葉。なんだかんだでマムは、好奇心旺盛、未知に触れるのを楽しむ人だ。少しくらい酔狂な旅の方がきっと楽しいのだろう。


「まあ、あと二、三週間は動きも無いだろうからね。もう少しこの辺りを見たら、素直に帰るさ。それまではおとなしく、この冗談みたいな巫山戯た神父の世話になるよ」

「オット、その言葉、聞き捨てナリマセンネ。ワタシ、冗談言うときもホンキです。フザケてマセン」


 続く会話。神父様の横からの言葉に少し笑う。――二、三週間動きが無いというのは多分、組織のことだろう。この商売に対して乗り気なはずなのに妙に動きが鈍い組織。その動向をマムは掴んでいて、その隙にこの旅行に出たと、そんな感じかしら?


「なんなら、帰りはもう少し速い列車に乗ってみては? 中央幹線列車は無理でも、特急列車ならグラニーツァ・アストロークまで一日で行けますし、神父様に言えば手配できると思いますよ」

「おや、良いのかい? それも楽しそうだねぇ」


 エフィムからマムへの提案。言外に「神父様が手配すれば安全」という意味がこもっているであろうその提案に、少しだけ間を置いてから流れてくる、マムの楽しそうな返事。


……と、そんな感じで、通信機越しの他愛のない話をしばらく続けて。やがて、その会話も終わりを迎える。


「それじゃあ、神父様。彼女のことをよろしくお願いします」

「ワカリマシタ。――ほな、マイド!」

「……そいつは、向こうに言うんじゃなくて、ウチに言うべきセリフじゃないかねぇ」


 そうして、神父様の特徴的な言い回しと、それに律儀に付き合うマムの言葉を最後に、その日の通信を終えた。


  ◇


 そうして、駅での用事を終えて。帰り道、エフィムが馬上で、しみじみとぼやく。


「……結局、マムさん、なんで神父様の教会に行って、神父様はわざわざ手紙を出したのか、いまいちわからなかったなぁ」


 慌てて出ていったのに、最初から最後まで世間話に終始する羽目になったからだろうか、どこかすっきりしない感じのエフィム。そんな彼に、励ましも兼ねてか、プリィがやや明るい声で「まあまあ」と話し始める。


「きっと、帝国を一度、自分の目で見ておきたかったんですよ」

「そうね。あと、向こうでも買い物をするみたいなことを言ってたわ。こっちで売れそうな物を見繕ってるのかも知れないわね」


 プリィの感想に、私も少し言葉を足して。その言葉にエフィムは、やや苦笑いしながら「そうだね」と言葉を返す。「マムさんが商売にかなり乗り気だということはわかったんだし、それで良しとするか」と。


 そうして、話が途切れたところで。通信中に少し気になったことを、話題にあげてみる。


「それにしても、あの『四十万ツァーリプード』はどこから出てきたのかしら?」


 私の言葉に、少し考えるエフィム。そうして「交易屋は……」と言いかけて、即座に「難しいか」と撤回する。


「そうね。交易屋はあくまで『ここで高く売れるものを帝国で仕入れる』のが基本。帝国通貨を溜め込んだり持ち帰ったりはしないはずよ」


 私の説明に、そうだよねぇと頷くエフィム。そうして、二人で疑問符を浮かべていたところで、スヴェトラーナが横から話しかけてくる。


「四十万ツァーリプードに関しては、一応、心あたりがありますわ」


 その言葉に、静かに視線を向けるエフィムと私。そんな私たちに、スヴェトラーナが説明する。


「……エフィム様の部下の兵士たちですが。夜、気晴らしに外に出て、娼婦たちと飲み食いしたりしてるそうですわ。その娼婦たちはデュチリ・ダチャに所属している方たちで、支払いは帝国通貨(ツァーリプード)でいいという話ですから、きっとそのお金ですわ」


 スヴェトラーナの意外な説明に、頭が空白になって。……しばらくしてからエフィムを見て、彼もポカンとしているのに気がついて、もしかして、私も同じような感じだったかしらと、そっと表情を引き締める。


――後にスヴェトラーナは語る。あの時、私の言葉を聞いて、二人して同じような表情を浮かべるのは、ちょっと面白かったと。


  ◇


 そうして、スヴェトラーナから、飛び領地邸の兵士たちの「夜のお楽しみ会」について、詳しく話を聞く。


 どうも、飛び領地邸の兵士たちに興味津々な娼婦の団体がいて、定期的に酒の席を開いては兵士たちを誘ったりしているらしい。で、お金はどうしているのかと思って密かに調査したら、帝国の通貨で支払っているらしいと。

 そして、その「夜のお楽しみ会」はここに居を構えて間もない頃からずっと続いていること、帝国の通貨を手に入れたい人が後ろにいてその人が帝国通貨(ツァーリプード)をここのお金に交換しているらしいことが判明したと。


 もっとも、その『娼婦の団体』がデュチリ・ダチャだということにスヴェトラーナが気付いたのはごく最近、私が飛び領地邸に引っ越したあたりらしい。……私を通してマムのことを知って気付いたと、そんな話みたい。


「……もっと詳しく調査とかしなかったんですか?」

「不要ですわ。兵士たちがそういう店に出入りするのは、どこにでもあることですし、そういう店に部下たちを連れ回す上官も珍しくないですわ。……というか、それが普通ではないかしら?」

「……普通は言い過ぎだと思うなぁ」


 スヴェトラーナの、いかにも何か含んでますというような視線に、少し弁解めいた口調で答えるエフィム。その視線になんというか、「これだから男性は」という無言の言葉みたいなのを感じて、少しだけクスリとする。


「まあ、これでも軍組織ですからね。情報漏洩や買収の類は厳しく対処しますし、対策もしています。……ですが、(わたくし)たちはまだ、漏れて困るような情報を握っていません。なら、少しくらい羽目を外したところで、実害はありませんわ」


 続くスヴェトラーナの言葉から、彼女も警戒はしているらしいと感じとる。そうね、多分、目くじらを立てる程のことでは無いと、私も思う。


「そうですね。ただ、マムにいくら流れたか、把握しておいた方がいいとは思います」

「……そうですわね、思ったよりも多く流れてそうですし。屋敷に戻ったら、すぐにでもはっきりさせましょう」


 私からの提案に、多分、予想以上のお金が流れていると感じたのだろう、あっさり頷くスヴェトラーナ。その気軽そうな言葉と態度に、そんな簡単に調べられるのか、疑問に思う。


「そんな簡単に調べれるのですか?」

「ええ。数十万単位の支出なら、経理担当に確認すればすぐですわ」


 私の質問に、こともなく答えるスヴェトラーナ。基本的に兵士たちの給料は現金で支払われるという建前になっている。だけど、兵士たちももらった現金をそのままの形で持っている訳じゃない。一旦「銀行」という店に預けて、必要な額だけ引き出して現金にする。

 でも、ここにはその銀行が無い。だから、銀行の代わりに「経理担当」がお金を預かって、その経理担当が駅で銀行とのやり取りをしている。その経理担当に聞けば、兵士たちがどの位の現金を持っているのか、おおまかにだけどわかるらしい。


「もちろん、それでわかるのはあくまで『兵士たちが現金にした額』ですが。ここでは、使った額とほとんど一緒のはずですので」


 スヴェトラーナの説明を聞いて、なるほどと思う。――今の話だと、その気になれば、兵士一人一人がどのくらいの現金を持っているのか、調べることもできるのだろう。そして、スヴェトラーナはきっと、そのことを兵士たちには伝えていない。


 その気になれば、娼婦たちにどのくらいのお金を費やしたのかを調べることができる。その事実に少しだけ、兵士たちに同情をした。


  ◇


 そうして、飛び領地邸へと戻ってきて。早速、経理担当に聞く。そうして、少しだけ計算してから出てきた「六百万ツァーリプード」という額に、エフィムとスヴェトラーナが虚をつかれたような顔をする。


……えっと、確か、四十万ツァーリプードで百三十ルナストゥなのよね。じゃあ、六百万ツァーリプードだと……と、頭の中で計算をして。出てきた額に、少し呆れる。


 そりゃあ、確かにこの飛び領地邸は二十人を超える兵士たちが住んでいることを考えれば、少しくらいなら大きい額になるのもわかる。だけど……


「えっと、こっちの通貨だと、だいたい二千ルナストゥになるのかな。平均的な年収の額を越えてるよね。……ちょっと入れ込みすぎじゃないかなぁ」


 エフィムのやや呆れたような口調に、そうねと頷く。いくら人数が多いと言っても、酒の席や娼婦の仕事だけで使うには、ちょっと額が大きいと、私も思うと。

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