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お引越し

 ミラナたちが飛び領地邸へと引っ越しをする日の朝。ミラナとプリラヴォーニャは、朝の鐘が鳴るのと同時に店を出る。

 それぞれが、大き目のキャリーバッグ二つに肩かけ鞄と、歩くだけで精一杯になるような量の荷物を抱えて、一時間以上歩いて。そろそろ昼前の鐘が鳴る、そんな刻限になって、ようやく飛び領地邸の、正門の前に到着する。


「ほえぇ~」


 その門構えを見て、驚きの、少し気の抜けた声をもらすプリラヴォーニャ。まるで組織のお屋敷みたいなんてことを思いつつ、彼女は、一度キャリーバッグから手を離して、むんと気合いをいれて、ぐっとこぶしを握る。


「そんな気合を入れなくても」


 その様子を見て、思わず笑うミラナ。そんなミラナに、最初が肝心ですからと答えて、プリラヴォーニャは深呼吸をする。そうして心をおちつけて、さあ行きましょうとなったところで、正門のすぐ隣に立っていた門番がミラナたちに気付く。

 その荷物の多さを見たからか、慌てて二人の元へと駆け寄ってくる門番の男。身体を鍛えているのだろう、息も切らさずに二人の元へと駆け寄ったあと、少し持ちますよと言って、鞄二つとスーツケースを一つを軽々と運びだす。


「ありがとうございます、助かりました」

「今日からこちらに住むと聞いていましたが、荷物はこれだけですか?」


 そんな雑談を交わしながら、飛び領地邸の敷地へと入る三人。敷地に入ってすぐのところにある保安所に門番の人が声をかけてから、正面の屋敷の方へと歩きだした。


  ◇


「まるで、塀の内側に、小さな町があるみたいですね」


 敷地の中に広がる風景を見わたして。感心しながら、そんな感想を口にするプリラヴォーニャ。


「まだ人が住んでいない町だけどね」

「すぐに人がいっぱいになるんでしょうか」

「そうなってもらいたいわね」


 そんなことを話しながら、ゆっくりと歩いて。やがて三人は、正面にある屋敷の玄関に到着する。扉の横に備え付けられたドアベルを鳴らすミラナ。チィチィィンというよく通る音が辺りに響いて。しばらくして、屋敷の玄関の扉が開けられる。


「いらっしゃいませ。……また、ずいぶんな大荷物ですね。荷物は後で運ばせますからそこに置いておいて、とりあえず入ってください」


 扉の向こうには、使用人であろう、給仕服を着た、少し年上の女性。その女性に案内されて、ミラナとプリラヴォーニャは、屋敷へと足を踏み入れた。


  ◇


 そうして到着した玄関ホールは、どこか騒々しくて。何かあったのかしらと首を傾げるミラナに、給仕服の女性が説明をする。


「申し訳ありません。今日はエフィム様もお戻りになられた関係で、色々と慌ただしくなっています」


 そう言われてみると、確かに先ほどから、この玄関ホールと奥とを使用人らしき人たちが行き来をしては、何かを運んだりしているのが見える。


 そんな人たちの中心で、色々と指示を出したりしているスヴェトラーナ。彼女もミラナたちに気付いたのだろう、声をかけてくる。


「ああ、来ましたわね」


 そんなスヴェトラーナにミラナたちは、おはようございます、はじめましてと挨拶をして。挨拶を返したあと、スヴェトラーナは、少し申し訳なさそうに二人に話しかける。


「ごめんなさい。細かいことは後ほど説明しますので、まずはお部屋へとお願いします。――それではホーミス、案内をよろしく」

「はい、お嬢様」


 そうして、給仕服の女性――ホーミス――に案内されて、ミラナたちは、玄関ホールの奥、右手側の廊下へと進んだ。


  ◇


 屋敷の奥の廊下。その片方には窓硝子が、もう片方には、部屋の扉が、いくつも並ぶ。


「この先が、ミラナ様のお住まいになります。自由に使っていただいて構いません」

「……私たちだけで、そんなにも使わないと思うけど」


 ホーミスの言葉に思わず返事をするミラナ。その隣では、プリラヴォーニャがうんうんと頷く。ここから見えるだけでも、ホーミスの言う「この先」が一部屋や二部屋ではないのは疑いようがない。二人にしてみれば、明らかに広すぎだった。


 そんな二人の様子に少しだけクスリと笑いながら、ホーミスは二人を各部屋へと案内する。


 まずは私室、ミラナが利用することになるであろう、主人のための部屋。ドアの向こうでさらに寝室と居間に別れていて、専用のトイレとシャワー室、さらには控えの間も準備されている。

 続いて従者部屋。主人に仕える従者のための部屋。先ほどの控えの間と隣り合わせになっていて、直接行き来できるようになっている。


「私室と従者部屋だけで、一つの家みたいですね」


 プリラヴォーニャの感想に、そうですねと頷くホーミス。主人と従者が一つの家に住んでいて、主人は従者をいつでも呼び出せる、そういう作りになっていると考えるとわかりやすいのではないかと思いますと、そう説明を付け加える。


 執務室。部屋の正面奥に、普通ではお目にかかれないような高級感と重量感にあふれた立派な机がデンと置かれ、その前方に、こちらはよく見るソファーと背の低いテーブルがセットで置かれている。

 その部屋の、主人が仕事をするための部屋ですという説明に、ミラナは少し首を傾げる。


「私室でも、十分に仕事できると思うけど」

「使用人やお客さまを招き入れてもいいように、私室とは別の部屋を準備している、そう考えればいいと思います」

「……つまり、公私の区別をつけるための部屋ね」

「はい。その考え方でいいと思います」


 ホーミスの説明に、納得して頷くミラナ。その会話を聞いたプリラヴォーニャは、自宅で公私の区別をつけるんだ、大変だなあなんてことを、そっと思う。


 執事部屋。使用人たちを束ねる人のための部屋。その使用人たちの部屋は、大部屋で二部屋。さらに給湯室、倉庫、衣装室、共同トイレと、残りの部屋を次々と説明していくホーミス。


 そして、全ての部屋を説明したところで、最後にホーミスは説明を付け加える。


「……と、各部屋をそれぞれ説明をさせていただきましたが。これまでの説明は、あくまで帝国の一般的な貴族ならこう使うだろうという様式について説明したにすぎません。最初に言いましたが、玄関ホールからこちら側は、ミラナ様のお住まいです。自由に使っていただいて構いません」


 その言葉に、プリラヴォーニャは少しホッとする。……これらの部屋がいっぱいになるまで人を増えたらそれはそれで大変だよね、そこは自由だよねと、そんなことを思いながら。


  ◇


 そうして、案内も一通り終わって。最後にホーミスが、今日のこれからのことを説明する。


「食事は、本日はこちらで用意します。昼食はこちらにお持ちいたしますが、スヴェトラーナ様とエフィム様が、夕食はミラナ様と一緒にとりたいと申されています。ですので、ミラナ様はご同席をお願いします」


 その言葉に、少し違和感を感じて首を傾げるミラナとプリラヴォーニャ。そんな二人に、ホーミスが説明する。

 その夕食の席で食事をとるのはスヴェトラーナ様とエフィム様とミラナ様の三人だけ。スヴェトラーナ様には侍女として私が、エフィム様にはエフィム様の侍従が後ろに控えることになるが、従者は席に座ることも食事をとる事も許されていない。

 プリラヴォーニャ様は、今回の食事には呼ばれていない。だから、プリラヴォーニャ様が夕食の席に一緒に行かれるのであれば、ミラナ様の侍女として参加して頂くことになる、と。


「と言っても、正式な会食でもありませんし、立ち振る舞いをうるさく言うつもりもないとのことですが。ただ、プリラヴォーニャ様の食事は、別に準備することになります。その上で、同席されるかどうかはそちらで決めてもらいたいとのことでした」


 その言葉を聞いたプリラヴォーニャは、一瞬だけ、ちらりとミラナの様子をうかがってから。迷うことなく、ホーミスに返事をする。


「わかりました。では私は、ミラナ様の侍女として同席したいと思います」


 そのプリラヴォーニャの返事と、彼女の迷いのない様子を見て、ホッとした表情を浮かべるホーミス。そのままプリラヴォーニャに話しかける。


「……では、プリラヴォーニャ様の食事は、スヴェトラーナ様たちの後、私や他の使用人たちと一緒に食堂で、というのはどうでしょうか?」


 そのホーミスの言葉から、歓迎の意を感じ取って。プリラヴォーニャは元気よく返事をする。


――はい! ぜひご一緒させてください!、と。


  ◇


 そうして、一通りの話を終えて、ホーミスが玄関ホールへと戻っていって。ミラナとプリラヴォーニャの二人は、最初に案内されたミラナの私室に残される。


「すごくたくさん、部屋がありましたね……」

「間違いなく持て余すことになるわね」

「いっそ、この私室だけで過ごしちゃった方が楽ですよね」


 いつのまにか運ばれていた自分たちの荷物を広げながら、冗談めかした口調で言うプリラヴォーニャ。その冗談にクスリと笑うミラナ。彼女の冗談とわかった上での笑顔を見て、プリラヴォーニャは少しホッとする。


 本当にそうすれば、()()()()きっと楽なんだろうと、そうプリラヴォーニャは思う。


 デュチリ・ダチャで、スヴェトラーナさんを初めて見たときのことを思い出す。多くの人が、びっくりするほど動きを揃えて動いてたあの日の光景。それに埋もれるどころか、それ以上に目を奪われたスヴェトラーナさんの立ち姿を。


――プリラヴォーニャは思う。これからミラナ様は、あの人たちと一緒に過ごすことになる。なら、「この私室だけで過ごしちゃった方が楽ですよね」なんて言葉は、冗談にしないといけない。それはきっと、守らないといけない線だと。


「大丈夫です! 門の前で、ちゃんと気合はいれてきました!」

「そうね。そんなことは今更よね」


 プリラヴォーニャは思う。きっと、飛び領地邸に、この屋敷に住むというのは、そういうことなんだろうと。きっとミラナ様もそう思っていて、同じように覚悟を決めているんだと。


 ミラナ様もきっと、あの人たちと肩を並べたいと、そう思っているだろうから。

これにて第三章は終了です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幕間劇。 お引越しの様子と、これから先への抱負と。舞台が飛び領地邸に移って、どんな物語が展開されるのか、わくわくします。
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