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興味の周期

 少し前に興味に関するエッセイを掲載した。今回は、「興味・関心・好奇心の周期」について言及する。


 周期というのは、あるタイミングを始点として進み始めると、一定の時間で始点に戻ってくる流れを指す。僕がイメージするのはレコードや運動場のトラックだ。形でいえば、「○」だ。スタート位置から走りだし、円周に沿って進むといつかは始点に戻ってくる。進行を止めない限り周期はとまらない。


 興味というのは、二重丸(◎)の周期を描く。はじめのスタート地点は、しばしば中心の円上に置かれる。任意のスタート地点から進行をはじめ、中心円を何度かまわると、外側の円へと遠心力にしたがって移動する。外円は内円よりも一周まわるのに時間がかかる。やっとのことで外円をまわり終えると、引き寄せられるように内円に戻ってくる。

 この内円と外円を行き来するのが「好奇心」であるし、「探究心」ともいえる。


 ここまでの話は抽象的な話だ。具体例を挙げよう。ある曲に惚れ込むとする。新しい曲を知るとき、しばしばその曲のサビが頭に残るものだ。サビはわかりやすく、繰り返され、耳に残る。二重丸(◎)でいえば内円だ。その曲のサビに惚れ込み、何度も繰り返しその曲を聞き込む。サビの歌詞は覚えてきた。すると、さすがにサビに聞き飽きてくる。すると、関心はサビ以外のメロディーや歌詞に向く。これが二重丸の外円だ。外円を楽しみ、曲全体を知るに至ると、これまで幾度も耳にしたサビに違った印象を抱くようになる。つまり、引き寄せられるように内円に戻ったといえる。


 この例のように、中心と外の往復が「興味・関心・好奇心」といえる。さらに考えると、この二重丸は、他の二重丸の線上を周っているのかもしれない。二重丸という運動をする惑星が、ある他の惑星を中心とした軌道上を二重丸に周っているイメージ。


 ここまで来ると、もう頭で円を描きたくない人が続出するかもしれない。具体的に考えてみる。

 たとえば、いまのようにある曲を楽しんだとする。すると、あなたは次に何をするだろうか。その曲にはまったのであれば、そのアーティストの他の曲に関心が向くだろう。その関心の移り方もまた二重丸(◎)ではないだろうか。というのも、あるアーティストのアルバム曲から聞き始める人は少ない。たいていは、アーティストの代表曲、比較的多くの人に知られている有名な曲から聞き始める。それを聞き終えると、その次に有名な曲を聞き、それに飽きたらまた次と聞き進めていき、気づけば有名ではない曲に関心を抱くようになる。まさしく、内円と外円の移行である。


 要するに、二重丸という形で曲に関心をもち、その二重丸はアーティストへの関心という二重丸の線上で周っている。まるで惑星の公転運動である。太陽の周りをまわりながら、地球の周りもまわる月のようなあり方といえる。


 少々、複雑な話を展開してきた。もしかしたら僕の考えすぎかもしれない。この際なので、さらにややこしいことを言う。

 尽きない好奇心というのもある。学問の探求、スポーツマンの探求、技術の探求など、人間の一生では探求尽くせいない領域がある。そういう関心というのは、この二重丸をずっと回り続けること意味する。しかし、内心であれ外心であれ、同じ円周上をまわり続けるのは、さすがに飽きてしまう。しかし、そういう底がない探求領域は、二重丸の形をとりながらも奥行きを持つ。イメージとすれば、円を描きながら掘りすすめるドリルのようなものだ。この段階に至ると、誰もが到達したことのないところへと、「関心」に押さられて掘りすすめることになるだろう。誰も見たことない領域、誰も踏み入れていない世界へ到達することになるだろう。このとき関心は二次元から三次元へと至る。

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