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動機を知ってどうする?

 「なぜ、弊社を志望したのですか」「なぜ、その大学を選択したのですか」「なぜ、そうしようと思ったのですか」

 就職活動のとき、これらの質問が幾度となく繰り返された。どうやら、その人の動機から、人となりや考え方を面接官は知りたいらしい。しかし、動機というのはどこまで正しいといえるのだろうか。自分でもよくわからないというのが、本音ではないだろうか。


 私は大学院に進学した。それゆえ、面接では必ず「どうして大学院に進学したのですか?」と聞かれる。私も一応、それなりの回答を準備している。しかし、その質問に回答した後に感じるのは、「いま、僕が言った動機、理由はウソではないか」という気に食わなさである。


 面接では、しばしば次のような会話がなされる。

 面接官:「なぜこの業界を選択したのですか」

 求職者:「この業界で求められる○○や××の能力が、私には備わっていると感じているからです」

 面接官は:「その能力が備わっているといえる理由はありますか」

 求職者:「私は昔、〜ということがあって・・・そのときに○○や××の能力があるなと感じました」


 具体例を聞くと、なぜだが面接官は納得するようだ。私もこういうやりとりを幾度か行ってきた。そこであげた動機や具体例は、決して嘘ではない。すべて事実ではある。しかし、それがほんとうの動機なのかと言われると「否」である。なぜなら、どこまで行っても、動機は後付けにすぎないと思えるからだ。


 自分のこれまでの動機は自問自答で創造される。「なぜ僕は、大学院に進学したのだろうか」と自問自答する。そして、「もしかしたら、卒業論文を読んでいた時に・・と感じからなのか?」「大学の先生に憧れたからなのか?」など。しかし、結局のところ、その自問自答で生成される動機は「いま思うと、こういう理由かもしれない」という後付けの動機である。


 もし、後付けでない動機があるとすれば、何かを選択するまさにそのときに「○○だから、僕は大学院に進学しよう」と思ったはずだ。しかし、人間は理由や動機を明確にしないと動けないものだろうか。むしろ、大半の人は、「〜したいと思ったからした」という程度で選択するのではないか。あるいは、人様に言いにくい単純な理由で選択するのではないか。


 そのような後付けの動機を聞いて、人々は何を求めているのか。「あの人は、○○の理由で、・・・をした」というストーリを求め、納得したいだけかもしれない。もし僕が考えるように、動機の多くが後付けであれば、そこで作られたストーリもまたフィクションである。


 そう考えると、質問と通して知る動機なんてどうでもよいのでは?と僕は思う。それはさすがに言い過ぎですか。

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