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五 ゆく鳥・追う鳥④

 なずなは目を上げ、改めて周りを見渡す。己れが暗闇の中に、浮かぶようにしているのだと覚る。

 眼下に広がるのは、薄闇に閉ざされたかのような果てしのない枯れ野。

 そこを、雲を踏むような足取りで進む小さな人影がある。


(……姫さま!)


 虚ろな遠い目でまっすぐ前を見、危なっかしいにも拘らず恐ろしい早足で、白い寝間着姿の紅姫は行く。

 何故か、黒っぽい紐状のものが彼女の体に絡みついているようにも見える。


(なずなさん。紅姫はどんな様子だい?)


 つばくろの囁き声の問いに、なずなは答える。


「まっすぐ前を見て、ものすごい早足で歩いていらっしゃいます」


(服装とかはどんな感じかな?)


「寝間着でしょうか、白い衣を身に着けていらっしゃいます。それに……」


(それに?)


「あの。我の目がおかしいのかもしれませんけど。紅姫のお身体に絡むように、黒っぽい紐状のものが見えるような……」


(……ああ。()()だ)


 確信したようにつばくろは、ため息交じりで言う。


(姫御子を縛る病というか……命を吸い取る、生まれ持った()()()だ)


 なずなはつばくろが、少し離れた後方で、居住まいを正すような気配を感じた。


(なずなさん。まずは今から紅姫を追って、追いついておくれ。それから、あの方の身体にまとわりついている黒い紐状のものを引きはがして、あんたの腕や身体に巻き付けるんだ。そうすればあの方のさだめは……、あんたへ移ることになる)


 ギクッと胸が鳴るが、なずなは、唇を噛んでしっかりとうなずく。

 もちろん恐ろしいが、そのために己れがここまで来たことはわかっている。しかし……。


「で、でもつばくろ殿。一体どうやって、姫さまを追えばよろしいのでしょうか?」


 含み笑う気配とともに、つばくろはこともなげに言う。


(あんたの本性を思い出せばいいのさ、鶺鴒せきれい総領娘ひめ。あんたの祖神は……鶺鴒、なのだろう?)


「途中まで我が送ろう」


 先程と同じく緊張の孕んだ声が、不意に言う。

 宮の太政大臣おおきおとどだ。

 目の前に突然、大きな白鳥しらとりが羽音も高く現れた。


「難しく考えることはない、なずな。あちらへ向かう、出来るだけ速やかに……そう願えばよいのだ。願いに釣られ、己れの本性が表に出るものだからね」


 心許ないものの、なずなは言われた通りに『願う』。


(あちらへ……行く。出来るだけ速やかに!)


 思った刹那、なずなの身体はふわりと軽くなった。


(あちらへ行く!)


 再び強くそう思うと、高い鳴き声が咽喉を破った。


(行く!)


 両腕に力が漲る。

 それがすでに翼に変じているのを、ぼんやり彼女は自覚する。


「それでいい。我が力を貸す、参ろう!」


 力強い太政大臣の声に励まされる。

 声と同時に温かな霊力ちからが、なずなの全身をふわりと包んだ。   

 いとから放たれた矢のようになずなは、紅姫の許へとまっすぐ飛んで行った。



 虚ろな顔で枯れ野を行く紅姫。

 お身体に巻き付いている黒い影が、じわりじわりと彼女の全身を締め付けているのが見て取れる。


(なんて……おいたわしい)


 なずなよりも幼い方が不吉なさだめにまとわりつかれ、ご自分でもわからないまま冥府へ向かっている。

 あまりにも痛々しい。

 代わって差し上げねばと、と、初めて心から彼女は思った。


「紅姫!」


 叫ぶが、高くて細い鶺鴒とりの鳴き声にしかならなかった。


鶺鴒とりじゃ、姫を救えない……)


 翼ではなく、両腕を!

 鳥の嘴ではなく、言の葉を紡ぎだせる人間の口と咽喉を!


 願った刹那なずなは人間ひとの姿を取り戻し、枯れ野を行く紅姫の肩を必死でつかんでいた。


 肩をつかまれた衝撃に、夢から引き戻されたように紅姫は足を止めた。 

 ふたつの紅の瞳で、ぼんやりとなずなを見上げる。


「……なずな?」


 そして辺りを見、ゆっくりと二、三度、彼女は瞬いた。


「ここは……何処?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゆく鳥・追う鳥 この章の描写は凄くイメージとして頭に流れ込んできます。とてもカッコイイです! [気になる点] 紛れ込んでいる縹の御子がどういう役割を持っているのか。
[一言] うぅ、どっちにも死んでほしくないよおおお!!!!
[一言] 描写が美しいです。 のめり込みます。
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