四 丹雀の館⑦
ひどく偉そうな『燕雀の頭』を自称する少女の顔を、なずなはやや呆れた気分で、まじまじと見つめた。
少女の顔は人形めいているほど造作が整っている上、無表情だった。
ただ、黒々とした両の瞳には魂が吸い込まれそうな強い力があった。不意にぞわッと背が冷える。
(この子……ただ人じゃない!)
難しい儀を仕切れる巫覡、というだけでなく。
上手く表現できないが、どことなく彼女は『ヒト』という在り方から外れた存在だと感じる。
少なくとも、見た目通り『子供』ではない筈。
なずなは深く息を吐き、叩頭した。
「……よろしくお願い致します、燕雀の頭。我は鶺鴒の総領娘。宮中ではなずなという伺候名をいただいておりますので、よろしければその名でお呼びになって下さいませ」
燕雀の頭・つばくろはそこで、ニヤリと頬をゆるめた。
「……いいね、気に入った。見た目だけに囚われない感覚は、ヒト……特に巫覡には大事だからね。見立て通りでこちらも安堵した」
つばくろの後ろから、やや慌てた足取りでこちらへ来たのは太政大臣。
準備があるからと、彼はなずなの牛車より一足早く館へ向かっていた。
「ああ、元締め。こちらにいらしたのか?準備は中途では……」
「大丈夫だよ。心配しなさんな、太政大臣。準備は整っている」
ぎくッとなずなは身を竦めた。
つばくろが、畏くも大白鳥神の末裔たる方へ驚くほど横柄に、ぞんざいな口調でそう言ったからだ。
しかし太政大臣が当たり前のように
「そうですか。いや、失礼した」
と、遜った物言いをしたので、なずなは更に驚いた。
つばくろは再び、ニヤリとする。
「すまないねえ、なずな殿。妾はお上品な生まれ育ちじゃないし、これでも巫覡としては、王族の方々の対の役目を担っているのでね。この口の利きようは畏きお方への礼儀としちゃあ問題だろうがね、妾はあんたがたのような、丁寧な口調が苦手で面倒なんだよ。勘弁しておくれ」
「あ、は、はい……」
そもそも太政大臣がそれでよしとしている様子、なずなには何も言えない。
太政大臣とつばくろに、挟まれるように連れられて、なずなは更に館の奥へと進む。
「この館は元々、妾の昔の情人の持ち物だったのさ」
なずなの先を歩きながら、つばくろは言う。
『妾の情人』という言の葉にぎょっとしたが、なずなはあえてその辺りは考えないことにした。
見かけだけならなずなより年下の童女だが、この異常なまでの貫禄、彼女が何者であってもおかしくはない。
「実は太政大臣は昔、色々とご乱行あそばされていてね。妾の情人としては、莫迦をやるのは若い頃の熱病みたいなものだからと、基本ちょっかいをかけるつもりはなかったそうなんだがね。このままでは、優秀な宮君が命を落としかねないからと、一時的にこの方をここへ保護して囲ったのさ。ここへは、主の許しがない者は入れない、そういう霊力が張り巡らされているからね。ま、ああ見えてお人好しだからね、アイツは」
「元締め!」
慌てたように言の葉をさえぎる太政大臣へ、つばくろは鼻を鳴らす。
「なんだい本当のことじゃないか。それに、館のことがこの子にばれたところで、別に困らないだろう?」
なずなは思わず、ハッと息を止める。
ここで死ぬなずなが、館の秘密を漏らすことはないということだろう。
わかってはいるが、そんな風にあっさり言われると、なんだが目頭が熱くなってくる。
将来を諦め、紅姫を救う覚悟を決めたが、自分の命のあまりの軽さに、ふと泣きたい気分になるのは否めない。
なずなの気持ちを知ってか知らずか、つばくろは淡々と言の葉を紡ぐ。
「……ここは王都の外れであり大白鳥神の霊力の外れであり、聖と俗の入り混じる、丹雀たちの遊ぶところさ」
『丹雀たちの遊ぶところ』
一般には小さな社の境内などを指す。
茶色の雀ではなく、丹色の雀は神域に住む神の眷属とされているところから、そういう呼び方が生まれたようだ。
「神域でありながら魔境にも近く、冥府にも近いという混沌の場でね。ここで己れを保っていられるのは、そこそこ以上の強さがいる……」
不意に立ち止まり、振り返るとつばくろは、なずなの目を覗き込んだ。
「例えば、あんたみたいに、ね」
え?と間の抜けた声が出たなずなへ軽くほほ笑みかけた後、彼女は踵を返した。




