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残念なイケメンが壇上で婚約破棄を宣言した時には全てが終わっていた話


なんで、前世の記憶を思い出しちゃったんだろう。ダメンズに苦労した真っ黒い自分史。何も知らないままで結婚してしまえば諦めもついただろうに。私の婚約者、『残念なイケメン』だった……。


せっかく美人に生まれたのに、既にダメンズと婚約させられてた現実から目を逸らしたい。こんなに着飾ったってどうせ何も分からないベンジャミン。会う前から決めてきたセリフで、『俺カッコいいだろ?』って思ってそうな顔つきでドヤ顔で言う。思い出す前はそんな薄っぺらいセリフでも喜んでたけど、今はもう何を言われても響かない。


世間知らずだった前世を思い出す前の私、チョロすぎでしょ。なんであれが分からなかったのか、今となってはもう分からない。私を見てなんかない。上っ面だけのセリフに簡単に騙されてた。彼には私と夫婦をやっていく、ましてや領地を経営して領民を守っていく覚悟なんかなかったんだ。


「オリヴィア様、お支度が整いました」

「ありがとう」

侍女のリタは軽くお辞儀をして部屋から出て行った。

「せっかくこんなに綺麗に生まれたのに男運が悪いなんて残酷だわ」

ホウッとため息を吐く。


最近、爵位を金で買ったという黒い噂のあるグラウン男爵家。その家門の美人、ザビーネのことを思い出すと気が重い。王立学園の至る所で私の婚約者のはずのベンジャミンに纏わり付いている。ベタベタと胸を押し付け、潤んだ瞳でベンジャミンを見る。あんなに分かりやすいハニートラップに引っ掛かるような男だったなんて、ガッカリだ。


私はオリヴィア・ボーアマン。ボーアマン侯爵家の一人娘。つまりベンジャミンは入り婿で、私ありきの未来の侯爵。結婚前から愛人を作っていい立場の人ではない。まして今や王立学園の秩序を乱す存在と化した婚約者とザビーネ。そろそろ関係を切らないと将来的にまずい気がする。重い腰を上げた私はついに行動を起こすことにした。


「お父様、お話したい事があるのですが」

父の執務室をノックする。珍しくこの時間でも家にいる父。早く決断しろという天の啓示かも。異世界だけど神様は同じなのかな。

「あぁ、オリヴィアか。入りなさい」

「お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」

「いやいや、会いに来てくれて嬉しいよ。……なかなか会えなかったから」


そうだった。オリヴィアちゃんは反抗期っぽい感情を父親に抱いていていたんだった。寂しさからくるツンツン。まあ、見る目がなかったから仕方がないんだけど、今の私には娘を溺愛している父親でしかない。まじで忙しいんだろうな。王宮で働いて、領地経営もして……


ねえ、絶対ベンジャミンには無理じゃない? あのバカ、いえ、えー、なんて言ったらいいの。

「オリヴィア?」

「ごめんなさい、お父様。ベンジャミンを『バカ』以外でどう表現したらいいのか考え込んで、あ」


「自分で気付けたみたいだね。他人をそんな風に言ってはいけないよ。彼にもきっと良いところはある。オリヴィア、そんな話がしたかったのかい? だったら日を改めてもらえるか? 締め切りが迫っていてね」


「いいえ。彼の愛人についてですわ」

「は? あいじん?」

「ええ。王立学園で侍らせている女性がいますの」

「はべ…… え?」

「ええ。風紀を乱すほどに」

「オリヴィアはその光景を見たのか?」

「ええ。仲の良い男女というものはあんなにも密接するものなのですわね」


「……何を考えているんだ。入り婿の分際で!」

「あの娘も一緒に嫁いでくるつもりでしょうね。私のことを睨んでくるので」

「男爵家の娘だろう?」

「……さすがお父様。ご存知でしたのね。ああ、ルードヴィヒお兄様が大学にいらしたわね。キャンパスは同じですものね。お二人とも私には黙っていらしたのね。男同士の気遣いかしら。それとも、私が傷付くのをご覧になって楽しもうとでもなさっていたのかしら」


「すまない。ルードからは早急に対応したほうがいいとは言われていたが、常識に囚われ過ぎていたようだ。まさかベンジャミンが自分の立場を理解していないとは思ってもみなかった。ルードは昔からオリヴィア贔屓だから、どうせまた大袈裟に言ってるんだろうと」


「ルードヴィヒお兄様はいつだってお厳しい方でしてよ。私贔屓というわけではありませんわ。ある意味ボーアマン侯爵の座に相応しいお方ですわ」

「親の代の諸々が無ければ、な」

「あれだけ優秀な方を母親の出自が不明と言うだけで冷遇するのはどうかと思いますけど」


「……他でもないオリヴィアが嫌がったから婚約者候補から外したんだろう?」

「そ、そう言えばそうでしたわね。私の目が節穴だったから招いたことでしたわね」

すっかり忘れてた。会う度に注意してくるルード兄様がウザくてベンジャミンを選んだんだった。あと、ルード兄様はお顔が厳つめでベンジャミンはイケメン。素直すぎるわ、当時の私。イケメン好きが招いた今の状況は自業自得だね。前世のダメンズライフから何も学んでない。

「……今からでも変更可能でしょうか?」


「そうだなぁ。ベンジャミン側に瑕疵があれば、だな。オリヴィアを大事にしない相手と結婚させたくはないが、貴族社会が愛人を容認している以上、愛人を理由に婚約者を変更してオリヴィアの評判が下がるのは本末転倒。かと言って、もし仮にオリヴィアとの結婚が白い場合、まあ、なんだ、諸々そういう関係がなく、愛人との子どものみ、とでもなったらお家乗っ取り。ご先祖さまに申し訳が立たない」


「お家乗っ取り濃厚ですわ。ザビーネ様は大変豊満な体付きですの」

「……そう、か」

ザビーネは華奢な体付きの私を見下している。流石にお父様には言えないけど。


「うーん。そうなると、ルードヴィヒが相手になるが、オリヴィアはそれで良いのか?」

「ええ。ボーアマン侯爵家の血筋的にもよろしいのでは? 大叔父様が愛人に生ませた、と聞きましたわ。分家とはいえそこまで離れていませんでしょ?」

「どこの誰がオリヴィアにそんなことを吹き込むんだ?」


出た! お父様の鋭い目線。以前のオリヴィアはこの目を見て嫌われていると思ってたんだよね。誰よりも娘を愛しているからこその怒りの眼差し。本人に向けちゃうから誤解されてたんだよ、お気の毒なお父様。


「学園でルードヴィヒお兄様が揶揄われていましたのよ。お兄様が侯爵になったら手のひらを返すんでしょうけど」

「ほう。見知った者か?」

「ええ。ヘルナー伯爵家とイェンス子爵家の方々でしたわ。お兄様は伯爵家の庶子という扱いですものね」

「なるほどな」

あら、メモしてる。お付き合いはやめるってことだよね。まあ、でもその方が良いよね。未来なんてちょっとしたコトで変わっちゃうのに、今の感情に動かされて他者を辱めるなんて愚か者のするコトだ。


「円満に解消して、新しくルードを、と……」

「お父様、ルードヴィヒお兄様のお気持ちを確かめていませんわ」

「……それは、本気で言っているのか?」

「え? ええ。いくら政略結婚と言えど、ご本人の気持ちは無視できませんでしょう?」

「あー、なるほど。ちなみにオリヴィアはルードのことはどう思っているんだ?」

「ルードヴィヒお兄様のことですか? (記憶を思い出す)以前は厳しくて苦手でしたけど、今では好ましく思っておりますわ」


「彼は、その、厳ついだろう? ベンジャミンは見た目だけは良いから」

「ベンジャミン様は言わば『残念なイケメン』ですわね。ルードヴィヒお兄様は精悍で頼り甲斐があって、真摯なお方ですわ。ちゃんと信頼関係を築くこともできそうですし、何より会話ができます」

「ベンジャミンはそうではないということか……。ところで『イケメン』とは?」


「端的に申し上げると、見目麗しい、でしょうか」

「なるほど。見た目は良いが中身が残念というところか? 言い得て妙だな。いかにもテキパキと仕事をこなしそうに見えたんだがなぁ」

「分からないものですわよね」

ルード兄様へ私との婚約が打診された翌週、私はルード兄様に呼び出された。校舎の裏に。怖い。


「その、なんだ、久しぶり」

「ルード兄様、お元気そうで何よりですわ」

「ヴィも元気そうで良かった」

「お陰様で」

「その、俺との、その、婚約の、件なんだけど」

「我が家の都合で、急なことで申し訳ありません」

「いや、その、俺がベンジャミンの件でお父上に報告したのが引き金だったとか……」


「いいえ。私が望んだことですわ。ルード兄様のせいではございませんし、お父様は報告に関しては無視されてましたから」

「え。酷いな」

「ルード兄様は私贔屓が酷いから、ですって」

「あぁ、それは仕方がないな」

「そうですか?」

「他にもたくさん報告したから新鮮さが足りなかったか……。そもそも何度も婚約者を変えてくれるように頼んでいたんだよ」


「そうなんですか? なぜ?」

純粋に疑問に思った私はそう聞いてしまった。

「なぜって、ゴニョゴニョ」

「ごめんなさい。もう一度言っていただけますか?」

「ヴィのことが、好き、だったから」


「えぇ!」

驚いた私は慌てて口を押さえたけど、時すでに遅し。校舎の裏庭にいた他の生徒の注目を集めてしまっていた。コソコソと何かを話す声が聞こえる。

「驚かせてすまない」

「いえ、私こそ大声を出してしまってごめんなさい」

ルード兄様が私の手を握った。


「小さい頃は握ってしまったら壊れるんじゃないかと思ってた」

ルード兄様は私を見つめたまま左手の薬指に口付けた。心臓がドクンと音を立てた。ルード兄様から目を離せない。何これ。なんでこんなにドキドキするの?

「好きだよ。オリヴィア。いつからかなんて、とっくに忘れてしまったから聞くなよ?」


「ルード兄様……」

「俺のかわいいヴィ。婚約の打診をいくつか受けたけど、ヴィ以上に愛せそうな女性には出会えなかった。いっそこのまま独身でいようと思っていたんだ。俺のただ一つの願いが突然叶って、世界が急に綺麗に見えるようになった気がしている。お願いだ。俺の頬を思いっきり殴ってほしいんだ。夢ではないと信じさせてほしい」


今ここでルード兄様を殴る? 衆目を集めている今? でもルード兄様は目を瞑ってしまった。信頼関係を築くためには仕方がないか。ええい、ままよ!


私はルード兄様の左頬を平手で打った。

「大変だ! 全然痛くない!」

私の両肩をガシッと掴んだルード兄様。必死な形相で私を見ている。頬、頑丈すぎでしょ。騎士の修練でおかしくなっちゃったんだきっと。でも耳ならどう? 彼の両耳をグッと掴んでグニグニと揉んだ。

「イテテテテ」

やはりお兄様のお耳、凝っていたわ。ついでに思い切り横に引っ張った。

「タテタテヨーコヨコマールカイテチョン!」


「痛い! ありがとう、ヴィ。やっと信じられる!」

ルード兄様が私をガシッと抱きしめた。ああ、この人は本当にオリヴィアを愛してくれているんだ。私との婚約が嬉しすぎておかしくなっちゃうくらい。こんな風に思ってもらったのは初めてだ。でも、あなたが愛したオリヴィアじゃなくてごめんなさい。


休憩時間の終わりを知らせる鐘が鳴った。よく知るあのメロディ。きっと他にも転生者がいたに違いない。

「送るよ」

ルード兄様は教室まで私をエスコートしてくれた。廊下ですれ違った人たちからの好奇な視線。ついにオリヴィアも愛人を作った、なんて聞こえてくる。バカねぇ。婿をとる側なんだから分かるでしょ? どこのお家の子なのかをメモメモ。あら、俺もいけるかもなんて言ってるアホもいる。そんなわけないでしょ?


「ヴィ、放課後、迎えに来てもいい?」

ルード兄様ってこんなに甘いお方だったのね。お顔は厳ついけど。

「ええ。お待ちしていますわ」

ニコッと笑顔を見せると、ルード兄様はそれはそれは嬉しそうな顔をした。ほら、教室にいる女の子たちが騒めいてる。怖い、がほとんどだけど、中にはルード兄様の魅力に気付いた子がチラホラ。イケおじ、いいよね。ホントは若いけど。何気にイケボ。声フェチには堪らない声。


周囲のことなど気にしないルード兄様は再び私の左手に口付けを落として大学に戻って行った。ルード兄様、意外と隠れファンがいたんじゃないかな。本気の釣り書きも届いていたんじゃない?


「オリヴィア様、ルードヴィヒ様とお似合いですわね」

ザビーネ! なぜここに!? ってまあ、またかって感じ。

「お互いに真実の愛を見つけたということかしら」

前から思ってたけど、この人なんでこんなに偉そうなんだろう。男爵家だったよね? で、うちは侯爵家。ああ、愛されてるのは自分っていうマウンティング? 自分が優位ってことか。それとも感情が隠せない素直なお方なのかな。


結果的に黙っていたからか、ザビーネは勝ち誇った顔で私を見下した。

「お気の毒様」

ニィッと笑って肩で風を切って教室から出て行った。そうなのよ。あの子このクラスじゃないのにわざわざ来るんだよ。私に会いに来てるんだろうけど、ほぼ毎日来るからクラスメイトも慣れてきちゃったんだよ。最初は同情的に声をかけてくれた方もいたけど、今は『またか』って感じだもの。私が平気そうにしているのもあるかもだけど。


所詮は他家の婚姻。不穏な家には近付かない、なんて鉄則だよね。巻き込まれでもしたらバカバカしいもん。でも皆さんお優しいから、前世の記憶が蘇る前のオリヴィアが、初めてのザビーネの口撃にショックを受けていた時にはちゃんと慰めてくれた。ホントよく見ているのよ。平気になってからは慰めず、気分を変えられるような楽しい話題を振ってくれる。気遣いのかたまり。このクラスで過ごせて本当によかった。


あっさりとベンジャミンとの婚約は解消され、ルード兄様との婚約が整った。ルード兄様はご両親に結婚しない宣言をしていたんだそうで、ルード兄様のご両親に泣かれてしまった。ありがとうってあんなに言われたことないから申し訳なくなってしまったくらい。クソガキだった次男のダミアン兄様が結構立派になってて、跡をとるからお家は安泰。そう言えばダミアン兄様にはかなり長いこと会ってなかったわね。


ルード兄様に聞いたら、私を泣かせた事があったとかで接近禁止だったんだそう。全く気がついていなかったし、なんなら覚えてもないわ。これでやっとお許しが出たと喜んでおられたけど、私に会えて何かメリットでもあるのかな。それにしてもルード兄様の過保護っぷりがエゲツないわ。全然気付いてなかった以前のオリヴィアもある意味図太いと思うんだよね。


王立学園の冬の舞踏会、学生が気軽に社交の練習ができる場として開催される夜会なんだけど、卒業生も参加するからかなり大きな夜会なんだ。私はこの夜会で初めて婚約者としてルード兄様とデビューすることになった。親しい家門の方々には連絡済み。なんと居心地のいいあのクラスの方々は半分以上が関係者だった。以前のオリヴィアってホントに何も考えないで生きていたんだね。このクラスが快適だったのはそういうことよ。


ルード兄様は髪を短めにカット。サイドはスッキリさせて前髪を似合うように整えたら、なんということでしょう。イケおじ爆誕。『おじ』でもいいの。素敵だから。前世のダメンズライフで得た知識を今回の髪型と衣装に総動員したら、ルード兄様めっちゃかっこいい。入場を待っている間も頬を染めてルード兄様を見る人たちがいて、ふふ、気分がいいわ。私の作品を見て見て!


私を見て嬉しそうに笑うルード兄様。「キャー」なんて黄色い声も聞こえるわね。タイミング的にルード兄様のことよね? 私はルード兄様の髪の色に合わせたイブニングドレスを着ているのだけれど、ベンジャミンにもこれほどの品を贈られたことはなくて、もしかしたらルード兄様は、贈り先がないとか考えずにかなり前から準備していたのではないかと思った。


ベンジャミンはやっつけ仕事感ありありな既製品。色も適当だったから、次からは自分で用意していたのだけど、このクオリティの布は年単位じゃない?

「ねえ、ルード兄様」

「もう婚約者なんだから兄様はちょっと」

「ああ、ごめんなさい。ルー、ルード、どちらがお好み?」

「うっ。じゃ、じゃあ、『ルー』で」

「ルー、このドレスの布って」


「オリヴィア! 出てこい! お前に言いたい事がある!」

ベンジャミンが壇上のマイクを使って私を呼び出している。何やってんのよ、もう! 恥ずかしい!


「なんだあいつ!」

ルード兄様改め、ルーの瞳に殺気が籠る。マズイ! 殺傷ごとはやめて!

「ルー、まずは話を聞いてみましょう。念のため、念のためね」

列の前の方々が道を開けてくれたので遠慮なく会場に入り、壇上にいるベンジャミンが見える位置まで移動した。


「出たな! 浮気者! お前が不貞を働いたと聞いた。次期ボーアマン侯爵としてお前との婚約を破棄する! ここにいる皆が証人だ! 次期ボーアマン侯爵夫人は俺が真に愛する女性、ザビーネだ!」

拍手が鳴るとでも思っているのか、ベンジャミンはポーズを決めたまましばらく動かなかった。なぜ何かが始まると思ったんだろうか。


流石にルーも私も言葉を失っていた。どこから突っ込めばいいのか分からない。ベンジャミンはチラッと私を見て、会場の人々に視線を移し、次にルーを見た。

「オリヴィア、お前そんな男と浮気するなんて俺への当てつけか? 俺みたいな美形に相手にされなくてヤケにでもなったのか? お前は俺に惚れているんだろうが、俺はお前なんか相手にしてなんかやらないからな」

ドヤ顔で私を見るベンジャミン。


ザビーネが手配したらしい男たちが、壇上からベンジャミンを引き摺り下ろそうとしている学園職員を止めていて、なかなかベンジャミンに近づけないでいる。

「情けない」

ルーはそう言って、衣装の一部だった模造刀を取り出した。


「速い!」

ルーの剣裁きは見事なもので、あっという間にザビーネの手下を倒してしまった。あ、ちゃんと生きてるよ? ザビーネが慌ててベンジャミンに駆け寄って抱き付いた。


浮気者はお前たちの方だろって感じの、悲劇のヒロインぶっている二人は互いに抱きしめ合い、支え合い、健気感を醸し出している。ついにルーの剣先がベンジャミンに向けられた。

「ひぃぃぃ」

情けない声をあげてザビーネの後ろに隠れたベンジャミン。


私は彼らの方へ歩いて行った。

「ねえ、ベンジャミン様、私たちの婚約は既に解消されています」

「嘘だ!」

「関係者でご存知ないのはベンジャミン様だけでしょうね」

「信じない! オリヴィアは俺に惚れてるから解消するわけがない!」


「ルードヴィヒ様が私の新しい婚約者ですし、私はルードヴィヒ様をお慕いしております」

「ヴィー! 本当か? 嬉しい! その言葉が俺に向けられるなんて!」

ジャンプして喜びを表現するルー。絵面が強い。剣を持ったままジャンプするのはやめなさい。でも喜ぶ姿はまるで乙女のよう。本当に可愛らしい。でも今は。


「ルー、後でゆっくりね」

ルーはコクコクと首を振って大人しくしている。頭を撫でたら尻尾が生えてきそう。ベンジャミンに目線を移すと、彼はザビーネを盾にした。

「ちょっと! なんで私を盾にするのよ! 私を守りなさいよ!」

「イヤだ! ザビーネが提案したんだから責任はお前が取れよ!」

「はあ? オリヴィアが別れたがらなくて困っているって言ったのはベンの方でしょ? 新しい男とよろしくやってんじゃないのよ! ベンが侯爵になるんでしょ? しっかりしなさいよ!」


「ザビーネ様、もしかしてご存知ないのかしら」

「何よ偉そうに! 何を知らないって言うのよ!」

「ベンジャミンは侯爵にはなれないのよ」

「はあ?」

「侯爵なのはうちの方なの。ベンジャミンは私と結婚するから侯爵代理になれるのよ。この国では女性に継承権がないから、その血筋の男の子が生まれるまでの代理」

「う、そ」

「ご存知なかったのね」

まあ、養子もありだけどそれはいっか。私はベンジャミンをビシッと指差した。


「ベンジャミン! あなた詐欺罪で捕まるわよ!」

「なんで?」

「ザビーネさんに自分が侯爵になると言ったんでしょう? 説明義務違反よ」

「え?」

舞踏会の会場に警吏が三人入ってきた。

「通報を受けてまいりました!」

警吏は同じタイミングで敬礼をして足を揃えた。

「彼です。お願いします」

「は! ご協力、感謝します!」

ベンジャミンをハムレットみたいに持ち上げると、彼らは足速に帰っていった。


壇上にポツンと残されたザビーネ。ちょうどルーに倒されていた手下たちが復活。茫然自失なザビーネをお姫様抱っこで連れ出してくれた。私とルーはカーテシーをしてから待機列に戻った。万雷の拍手に送られて。


もう一度整列して、順に入場。何事もなかったかのように夜会が始まった。婚約者との舞踏会での初めてのダンス。そう。私はベンジャミンに一度も踊ってもらえなかった。いつも会場の隅で壁になっていた。いえ、花なんて烏滸がましい。入場するのに必要なただのチケット。もぎられて捨てられる側の単なる紙。それが私だった。


「ヴィ、俺、幸せだ。前のオリヴィアも好きだったけど、今のオリヴィアのことは愛してる」

入場しながらそんなことを耳元で囁かれた私は涙を堪えるのに必死だった。今泣いたらベンジャミンのことで泣いたと思われるかもしれないから。それだけは絶対にイヤ。ルー、気付いてたんだ……。


ルーのリードで踊るダンスは楽しかった。微笑んだら微笑み返される。何か言ったら反応がもらえる。一緒に笑い、一緒に立ち向かう。そんな、どこかの誰かの人生でしかなかった人生を、ついに私も歩み始めたのだ。








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