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第18話 転生大魔法使いは相変わらず騙されやすかった


「エメリーヌ、じゃあわたし街に行ってくるけど、絶対絶対、今日は学園から出ちゃだめよ?」

「しつこいわね。あなた出掛けるたびにそれ言うけど、何かあるの?」

「うっ、いやぁ……」


 実はエメリーヌの護衛として学園に入学したので、そばにいられないときは比較的安全ですぐに駆けつけられる学園内にいてほしくて~、とは当然口に出せず。

 ラヴィニアは誤魔化すように「なんでもないわ、行ってきます!」と告げて部屋を出た。


 学園島と呼ばれるここは、クローディア学園だけでなく、生徒たちが必要なものを買いそろえられるようにある程度の店がメインストリートに並んでいる。

 寮のキッチンで自炊もできるよう野菜や肉などを売る店もあるけれど、今日のラヴィニアは学園島からも出る予定だった。

 学園に入学して早数か月。

 すでにこれまでの休日を利用して、学園島内での蒼竜の目撃情報は収集した。

 しかしどれも空振りで、むしろ蒼竜なんているわけがないとお払い箱のように扱われる始末だ。

 そのたびにラヴィニアは、内心でムッとしていた。


(絶対いるわ、蒼竜は……ゼドは、絶対ここのどこかにいるもの)


 なんとなく感じるのだ。ゼドの気配を。

 特に最近はより強くそれを感じるようになり、ラヴィニアは思いきって学園島から出ることにした。

 なぜ急にゼドの気配が近くなったのかはわからないけれど、まるで早く見つけてくれと言われているみたいで、ラヴィニアはその声なき声に応えたかった。


(イギアに出るのは、初日以来ね……)


 ここは都市と呼称されるように、一国に比べれば領土も広くなく、中心にぎゅっと集めたように人の居住エリアがあり、その周りは各国との国境がある森や山などの自然が広がっている。

 魔術都市イギアが各国からの干渉を受けずに独立できているのは、街の中心も中心に立つ高い尖塔上の建物――魔塔とその主によって守られているのと同時に、森や山に棲息する魔物によってもある意味で守られているかららしい。

 イギアを手に入れるためには、まず進軍のために魔物を倒さなければならない。

 それだけでも労力なのに、魔物を倒してもまだ大陸魔術協会長――通称『魔塔の主』がいるのだ。そんなところに、労力に見合う旨味もないのに誰がわざわざ攻め入ろうとするだろうか。賢明な君主であればあるほど、攻め入ろうとは思わないはずだ。

 ただし〝外〟には良い睨みを利かせてくれる魔物だが、〝内〟に対してはただの厄介な害獣である。

 よってイギアには、魔物討伐の依頼が集まる『ギルド』が存在する。

 そのギルドには世界各国の魔物討伐の依頼が集まるようだが、イギア内の討伐が圧倒的に多い聞く。

 これまでの情報収集で得たその情報をもとに、ラヴィニアはギルドへとやってきた。


(魔物の情報が集まるここなら、きっと竜の情報もあるはず)


 ギルドの中は魔術師だけではなく、腕に覚えのある冒険者も多くいた。

 それも当然の話で、基本的に魔術師は詠唱に時間がかかる。

 その間魔物が待ってくれるはずもなく、時間稼ぎとして必要なのが前衛の存在だ。

 だから魔術師は、対戦闘の依頼を受ける場合、最低でも必ず剣士などの戦士とパーティーを組む。

 ギルドの受付近くにある大きな掲示板には、数々の依頼書が貼りつけてあった。

 それを横目に、ラヴィニアは受付にいる紫がかった黒髪の男性に話しかけた。


「こんにちは」

「あら、かわいい魔術師さん。こんにちはぁ」


 間近で見るときめ細かい肌や紅の塗られた妖艶な唇から、もしや女性だったかしらと相手の性別に悩む。

 流し目に色気がありすぎてドギマギする。

 向こうがラヴィニアを『魔術師』と勘違いしたのは、ラヴィニアが正体を隠すように顔も身体も隠す大きなフード付きのローブを羽織っているからだろう。魔術師は好き好んでローブを着る傾向にあるから、この格好を見て勘違いするのは当然である。

 ただラヴィニアがこんな格好をしているのには別の訳があり、学園島で竜のことを聞き回りすぎた結果、なぜか危険人物として学園側に通報されてしまったからだ。

 担任のドゲルグに注意を受けてしまった今、同じ轍を踏むまいと正体を隠しているわけである。

 これでラヴィニアがクローディア学園の生徒とバレて、また学園に通報されたらたまったものではない。万が一にも退学なんてことになったら、伯爵に預けている子どもたちの未来が危うすぎる。

 自分が逃げるついでに助けた子どもたちだが、一度でも手を差し伸べたなら、最後まで放り出さないのが助けた者の責務だと思っている。


「依頼を受けるならぁ、ギルド登録証を見せてもらえるかしら?」

「依頼を受けに来たわけじゃないの。訊きたいことがあって」

「あら、なあに? 登録の仕方?」


 ラヴィニアは首を横に振った。


「竜の目撃情報よ」


 その瞬間、数多の視線が一斉にラヴィニアを貫いた。

 依頼書を吟味していた者も、他の者の受付をしていた者も、その他の職員も。みんながみんな、ラヴィニアに注目したのがわかる。

 性別不詳の受付の人も、品定めするかのごとく目を細めた。


「どうして竜の情報を?」

「探している竜がいるの。蒼竜なんだけど」


 どよめきが場に広がる。

 ラヴィニアは自分の何がそんなに変なことを言ったのかわからなくて、周囲の反応を訝しんだ。

 すると、隣で依頼の受理をしてもらっていた剣士風の大男が鼻で笑った。


「やめときな、嬢ちゃん。今この街で蒼竜の話題は禁句だぜ」

「……どうして?」

「新しく就いた魔塔の主様がな、蒼竜嫌いで有名なんだよ。まあ、竜なんてものは百害あって一利なしだ。いくら伝説の蒼竜様といえども、主人を失っちゃあ、ただの竜だからな。褒めたりしようものなら、おっかない冷酷な魔塔の主様にばくっと喰われちまうぜ」

「魔塔の主……」


 このイギアを守っている、大陸魔術協会の中で一番強い者が就くとされる地位。

 大男の話が本当なら、最近その代替わりがあったという。

 ラヴィニアは内心で「なるほど」と頷く。どうやらこの大男は、見た目の厳つさに反して親切のようだ。学園島で学園に通報がいったのは、おそらくそのせいでもあったようだとようやく気づいた。


(竜を探しているだけで通報って、おかしいと思ったのよね)


 なぜその新しい魔塔の主がゼドを嫌っているかはわからないけれど、竜を嫌う人間が多いのはラヴィニアもよく知っている。

 実際、ゼドが特別だっただけで、他の竜は人を襲う生き物だ。

 竜によって家族どころか故郷を壊滅させられた者もいるだろう。


「ごめんなさい、そんな状況だったって知らなかったの。教えてくれてありがとう」

「いいってことよ。ま、睨まれたくなかったら二度と話題にするなってこった。間の悪いことに、今ちょうど東の国境に出てるからなぁ」

「ちょっと」

「おっと、口が滑った。そう怖い顔すんなよ。痛い目見たほうが人間学ぶってもんだぜ?」


 窘める受付のお兄さんなのかお姉さんなのか不詳の人に、大男が品悪く笑った。

 大男の親切という印象を改める。

 でも。


(いいこと聞いたわね)


 ラヴィニアはフードの下でにんまりとした笑みを浮かべた。


「ご親切にありがとう。怖いから、東の国境には近づかないようにするわ」


 そう言ってるんるんとギルドを出ていくラヴィニアを、この場にいた者たちは唖然と見送ったのだった。







「なんだありゃ」


 ラヴィニアが去ったあと、大男が呟いた。

 

「絶対怖がってなかったわねぇ」


 受付の男の言葉に同意するように、他の面々も頷いた。


「ま、本当は西()()国境だし、いいんじゃなあい? 意外と優しい剣士様」

「はん。あんなひょろいのが前線に行ったら討伐隊の迷惑だろ」

「そうねぇ。そういうことにしておきましょ」


 この優しさがラヴィニアにとってはいわゆる『ありがた迷惑』になったことを、彼らは知らない。



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