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聖女達の秘密  作者: じいちゃんっ子


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第4話 サリーの幸せ

 残された時間は半年。

 それまでに、マサシという勇者が居た事を後世に伝えなくてはならない。 


 自分でも不思議だ。

 人の為に行動した事なんて一度も無かった。

 私にとって興味があるかどうか、それだけしか考えてこなかったのだから。


「…こんなものか」


 色々あった一夜が明け、朝食を済ませた私は、いつもの黒いローブを脱ぎ捨てて新しい洋服に着替える。

 鏡で自らの姿を確認、これは今回の旅で購入しておいた、とっておきの一着。

 今まで衣服に興味が全く持てなかったが、これからは違う。


「…マサシは気にいるだろうか?」


 少し不安だ。

 私はマリアみたいな整った体型ではない。

 カリーナのように健康的でもない。

 チビで幼児体型だから、似合ってるかどうかなんて自分で判断出来ない、店の店員が似合うと言ったから、それを信じるしかない。


「…化粧か」


 一応化粧品も購入したが、これは次にしたほうが良い。

 マリアにやり方を聞いたが、さっぱり理解出来なかった。

 なんでわざわざ顔に色を塗らなくてはいけないのだ?


「…さて」


 部屋を出て研究室に向かう。

 きっとマサシは先に来ているだろう、楽しみだ。


「…おはようマサシ、昨日はよく眠れたか?」


 寝られたとは思う、しっかりマサシのベッドに安眠のアロマオイルを私が全身を使って染み込ませてやったからな。


「おはようサリー、今日は少し…遅かっ…た…」


 振り返ったマサシが言葉を止める。

 驚いたのは分かったから、早く何か言ってくれ。


「似合うよサリー」


「…あ…ありがとう…」


 予想外だ。

『どうした』とか『何かあったのか』みたいな反応と思っていたのに。


「…なぜだ?」


「何が?」


「…なぜ似合うと言った?」


「なぜって…」


 私の予想を遥かに越えるなんて、悔しいではないか。

 いつもマサシは予想外の行動ばかり取る。


「その…サリーは元々可愛いからさ」


「…うぅ」


 ああもう、私を悶え死にさせるつもりなのか!


「…マリアやカリーナにもそう言うのか」


「は?」


「…あの二人が、こんな服を着たらマサシは」


 私は何を言ってる、頭がおかしくなってしまったのか?


「言わないだろうな」


「…そ、そうなのか!?」


 思わず大きな声が出てしまった。


「だって、その服が似合うのはサリーだけだろうし」


「…そうか」


 マサシよ、そういう意味じゃ無い。

 あの二人が着飾ったとして、マサシは似合うと言うかが知りたかったのに。


「…とっとと始めよう」


「そうだな」


 白衣を取り出し服の上から纏う。

 せっかく着たんだ、脱ぐ選択肢は無い。


「…全く鈍感な奴め」


 それがマサシという人間なのだろう…私が好きな…


「最初はこの壺からだな」


「…そうだ」


 マサシは研究用の棚から所蔵しておいた壺を取り出す。

 温度や湿度は完全に管理されている。なにしろ私が作った特製の棚なのだから。


「えーと、これは豆味噌で麹菌は…」


 マサシはファイルを取り出し、壺に書かれていたナンバーを確認している。


 真剣な眼差し。

 元の世界では発酵の勉強を学校でしていたらしい。


「うん、悪くない。

 8ヶ月間発酵させたからな」


 マサシは中身を木の匙で掬い、一口舐める。

 そのまま私もマサシの使った匙に残った物を舐めた。

 最初の頃は驚いていたマサシだが、私が普通の態度を貫いていたら気にしなくなった。


 でも私は今も心臓が痛くなるほどドキドキしている…


「…なるほど」


 鼻から口に広がる香り。

 味も今までより少し濃いように思う、でもマサシの嬉しそうな顔から察するに、思っていた味が出来たのだろう。

 旅の中で、各地の麹菌を集めた甲斐があった。


「これで本当の味噌汁が作れる。

 出汁もサリーが作ってくれたし」


「…ええ」


 なんだろ?

 単に魔法以外にも、いろんな研究がしたくてマサシの料理を手伝って来たけだけなのに、どうして私はここまで真剣になってしまったのか…


「…マサシは元の世界に帰りたい?」


「何を突然?」


 マサシがここまで一生懸命に異世界の味を再現しようとしているのは、やはりそういう事なのだろう。


「…教えて」


「そりゃ帰りたいさ、でも魔王を倒さないと帰れない事になってるんだろ?」


「…それは」


 そんな嘘をまだ信じてるの?

 召喚は出来ても、元の世界に戻す術式は存在しないのに。


「分かってるよサリー…」


「…何が?」


「倒しても元の世界に帰れないんだろ」


「…知ってたの?」


「なんとなくだよ」


 マサシは静かな目で私を見る。

 息が詰まり、呼吸が上手く出来ない。


「…どうしてそう思った?」


「マリアとカリーナ達の態度かな」


「…態度?」


「俺が魔王を倒したら帰れると言ったら、二人共目を逸らした」


「…そうだったのか」


 二人共嘘が苦手、それにしても迂闊な奴等だ。


「一番はサリー、君の態度で確信した」


「…まさか?」


 私まで目を逸らしたのか?


「君だけは目を伏せた」


「……!」


 だって辛かったんだ!

 あんまりではないか、勝手な理由で召喚して終わったら処分すると聞かされたのだから。


「旅が終わったら俺は殺されるのか?」


 そんな諦めの目で見ないでくれ、言葉が出なくなる。


「異世界の人間なんか、この世界じゃ雑菌みたいな存在だ、全部を腐らせていく腐敗の原因になると考えてしまうんだろう…」


 なんで壺を見てそんな事を言うんだ、マサシが雑菌な訳ないじゃないか!


「…殺させない」


「サリー…」


「…マサシを殺したり、させるものか」


「無理だ、魔王を殺したら次は俺が世界の敵になるんだから」


 確かに王国を敵に回したらそうなる、だが私に考えがある。


「…魔王を倒さなければいい」


「何を言ってる?」


「…魔王の転移をずっと続ける」


 本当は次の旅でマサシの伝説を各地に植え付けて、神格化させようと思っていた。

 そうすれば奴等も簡単にマサシへ手を出せなくなるだろうと、だが止めた。


 それでもマサシに害を成すようなら、次は私が世界を滅ぼしかねない。


「まさか今までの転移って?」


「…私がやった」


「なんで…そんな事を…」


 さすがに驚いたか。 

 魔王を転移させるなんて、今まで誰も考えなかっただろうし、私の魔法だから出来た事でもある。


「…終わらせたくなかった」


 最初の一回で止めるつもりだった。

 でも旅を続ける内に、私の人生が変わっていくのを感じて止められなくなってしまった。


 それがマサシに対する好意から来ていると理解してからは…


「世界が黙って無いだろ、あと教会も」


「…心配するな」 


 今の魔王は本来の力を発揮出来ない。

 転移直後は麻痺が残っているからで、時間が経てば力を取り戻すだろう。

 そうなればマサシと私以外の人間じゃ抑えられなくなる。

 だから、マサシを害する事は出来ない。


「自信があるんだな」


「…もちろんだ、信じてくれ」


「そっか…」  


 利用価値がなくなれば殺すのなら、価値を失わせなければいい。

 ついでに旅を続けられるなんて、最高ではないか。


「でも、みんなに悪いな」


「…みんな?」


 みんなって誰の事だ?


「サリー達、三人にだよ」


「…なぜ?」


「みんな恋人や婚約者が居るのに…」


「ちょっと待て!」


 なんで私が入るんだ?

 カリーナの婚約者は偽物だし、マリアが枢機卿の息子に言い寄らてるのも知っているが。


「私に恋人なんか居ない!

 居た事もない!!」


「いや、俺は見たんだぞ?

『結婚しよう』ってサリーを抱きしめてるところ」


「…あれか」


 思い出したぞ、あれを見ていたのか。

 あの野郎。いきなり抱きしめて、私の唇を奪おうとしたんだ。

 そうすれば、私の研究資料を全部奪えると考えたのだ。


「…アイツはただの同僚だ。

 捕まえてから、自白させて後でケシズミ…よく反省させた」


「本当か?」


「…私を信じろ」


 証明しようにも、相手は既に居ないから、どうしたものか。


「分かった信じる」


「…あっさりだな」


 拍子抜けだ、こんなに簡単に信じるのか?


「嘘を言ってる人間の目には見えない」


「…それはありがたいな」


 過去のトラウマか、詳しくは聞かない方がいいな。


「マリア達もか?」


「…それは知らん」


 言うものか。


「次の旅は?」


「…また半年後だ」


「そうか、楽しみだな」


「…うん」


 次回以降も二人を誘ってやるか。 

 ついでにマリアの手助けもしてやるとしよう。


「ありがとうサリー…」


「…マサシ?」


 いきなり抱きしめるのは止めろ、抵抗出来ないじゃないか。

 近づくマサシの顔…これが口づけというやつか…


「…マサシ」


「…サリー」


 頭がボーとする。

 初めてだったが、なんとも幸せな気持ちになるものだ。


「…部屋に来て」


「いいのか?」


「…来て欲しいの」


 この期を逃す手はない。

 もっと先へ進んで、一気に行こうではないか…



「「ちょっと待って!」」


「なんだ?」


 なんでマリアとカリーナがここに来るんだ、結界を破ったのか?


「やっぱりダメだ諦められない」


「ズルいよサリー、私が自覚してなかったからって!」


「いや、二人には恋人が…」


「そんなの居ない!」


「私もだ!」


「なんだって?」


 よくもバラしたな、計画が台無しではないか。


「…まあ落ち着け、ここはマサシの料理でも食べようじゃないか」


 残念だが、今日はここまでにしておこう。

 チャンスはいくらでもある、もう離しはしないのだから。


「賛成!」


「そうね、さっそくミソとショウユとやらを使ってね!」


「何だよそれ…」


 呆れ顔でアイテムボックスから調理器具を出すマサシ。

 あのアイテムボックスだって、私がマサシに作ってあげたんだ、凄く喜んでおった…


「二人共、マサシだけは譲らんからな」


「分かってるから」


「大丈夫よサリー、だから今だけは」


「…仕方ないな」


 二人共諦めるのに時間がいるのか、それも良いだろう負けはせん。


「何の話だ?」


 マサシよ今は黙ってて、手際がいつもより悪いぞ。


「「「マサシ早くしてよ!」」」


 何故か笑いが止まらなかった。


おしまい!

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